3 / 22
3・もうひとりの家族
しおりを挟む
二人は馬車を停めておく小屋に立ち寄らず、城を囲う塀の外へ向かう道を黙々と進んでいた。
門を出ても、近くには草原と森くらいしかないのに、カームは歩きでどこへ行くつもりなのか。フェアルには想像もつかなかった。
「あの、カーム様」
フェアルの呼びかけに、カームは振り返る。
「カームでいい」
そこには先ほどまでの、知的な王子とも狡猾な盗賊とも思えるような冷静さはなく、あからさまに不機嫌だった。
「それに、敬語もわずらわしい。国は違うけど、フェアルは隣の領の貴族で、身分的に考えれば対等な地位のはずだ」
「ですが、付き人にしていただいたので、対等というのは……」
「それならなぜ、付き人なのに主人の考えを尊重しない。ああ、もううんざりだ。貴族は貴族という立場を利用して命令しないと、気軽に会話もできないのか」
その投げやりな口調を、フェアルには意外に思う。
カームは何でも涼しい顔でこなしているような印象だったが、身分の不自由さからくるわずらわしいことなども、あるのかもしれない。
フェアルに見上げられていることに気づくと、カームはきまり悪そうに立ち止まり、向き合った。
「悪かったな。フェアルに八つ当たりしていた。俺、貴族だからとかこうしろ、とか。まだ若いからとか、男だから、こうあるべきだ、とか。そういうの、ずっとうんざりしてて。だからつい、フェアルの父親にも、あんな態度をとってしまったけど。俺、フェアルに何かされたわけではなかったよな。ただ、気軽に話せた方が楽だって、そう頼めばよかったのに」
率直に謝ると、カームは返事を待たずに、また進み始める。
フェアルは少し早歩きをして、先を歩いていたカームの隣に並んだ。
「私、カームのこと、ちょっとだけわかった気がする」
「そんな風に言われると、俺は自分のこと、わからなくなったな」
「どうして? 思ってること、言ってくれたんだよね?」
「だからだよ」
「言ってくれたこと、嘘なの?」
「そうじゃない。だから、よくわからなくなってきた」
「変なの」
フェアルが不思議そうに首をかしげると、カームは小さく息をついた。
「フェアルのことは、もっとよくわからないけどな」
「それは、そうだよ。会ったばかりだもの」
「会ったばかりでもわかるほど、ひどい家庭環境だったみたいだな」
「そうなの?」
「自分のことだろ。あんなやつらに囲まれて、よくひねくれなかったな」
「それは、わからないけど……私のことを大好きでいてくれる相手が、いたもの。私を大切に育ててくれた乳母とか、妹が飼っていた犬も私に懐いていてね……」
そのままフェアルが黙り込んだので、カームもそれ以上聞かなかった。
城壁に沿って歩いていると、ようやく門が見えてくる。その壁際の一か所に、何かが埋められた証のように土が盛られていて、そばには少し大ぶりの石が置かれていた。
そこに書かれた文字に気づいて、フェアルは立ち止まる。
カームもつられて、足を止めた。
「どうした」
「あ、あの石に、名前……が、」
それ以上は、言葉にならなかった。みるみるうちに、フェアルの瞳に透明な液体が盛り上がり、あふれ出す。
唐突な出来事に、カームは明らかにうろたえた。
フェアルは戸惑っているカームに気づき、なんとか安心させようと、せいいっぱいの笑顔で説明しようとしたが、涙はほろほろとこぼれて、止まりそうにない。
「だいじょうぶ、私はだいじょうぶなの。ただ、リリちゃんが……」
「リリちゃん?」
「私の妹が、お父様に飼ってもらった犬なの。白くて、ふわふわで、食べることが大好きで……好きな人を見かけたら跳びついたりするのに、ごはんを取られると牙をむき出したりもするから、女の子なのにしつけがなってないって怒られるくらい、やんちゃで……。だから妹に、リリちゃんが森で迷子になったって泣かれた時、私だって心配で。森に入ったらダメだって言われていたのに、ひとりで勝手に入って……」
カームは城壁の隅にひっそりとたたずむ、動物の墓石の前に立つ。
貴族の愛犬の亡骸を埋める場所としては、彼らの居城から少し遠すぎるようにも、道のそばにある壁の端ではなく、もっと適切な場所があるようにも思えたが、それは口にしなかった。
「だけど、この墓は野生動物に荒らされない場所……城壁の内側に置くことができただろ。それはフェアルが、その犬を森から連れて帰ったからだよ」
「違うの。私はリリちゃんを見つけられなかった」
フェアルはその場にうずくまり、泣き声を殺した。
「私が森で一晩過ごして、朝帰った時、お母様がリリちゃんをだっこしていたの。私の姿を見て、お母様はショックを受けていた。そのまま、私はあの離れに連れていかれたの。あれが、リリちゃんと会った最後になってしまった。仕方がないのかもしれないけど、でも、私は……」
「おい、犬が迷子だとか言われたって、それ、本当だったのか? おまえの妹は、最初からだます気だったんじゃないのか」
門を出ても、近くには草原と森くらいしかないのに、カームは歩きでどこへ行くつもりなのか。フェアルには想像もつかなかった。
「あの、カーム様」
フェアルの呼びかけに、カームは振り返る。
「カームでいい」
そこには先ほどまでの、知的な王子とも狡猾な盗賊とも思えるような冷静さはなく、あからさまに不機嫌だった。
「それに、敬語もわずらわしい。国は違うけど、フェアルは隣の領の貴族で、身分的に考えれば対等な地位のはずだ」
「ですが、付き人にしていただいたので、対等というのは……」
「それならなぜ、付き人なのに主人の考えを尊重しない。ああ、もううんざりだ。貴族は貴族という立場を利用して命令しないと、気軽に会話もできないのか」
その投げやりな口調を、フェアルには意外に思う。
カームは何でも涼しい顔でこなしているような印象だったが、身分の不自由さからくるわずらわしいことなども、あるのかもしれない。
フェアルに見上げられていることに気づくと、カームはきまり悪そうに立ち止まり、向き合った。
「悪かったな。フェアルに八つ当たりしていた。俺、貴族だからとかこうしろ、とか。まだ若いからとか、男だから、こうあるべきだ、とか。そういうの、ずっとうんざりしてて。だからつい、フェアルの父親にも、あんな態度をとってしまったけど。俺、フェアルに何かされたわけではなかったよな。ただ、気軽に話せた方が楽だって、そう頼めばよかったのに」
率直に謝ると、カームは返事を待たずに、また進み始める。
フェアルは少し早歩きをして、先を歩いていたカームの隣に並んだ。
「私、カームのこと、ちょっとだけわかった気がする」
「そんな風に言われると、俺は自分のこと、わからなくなったな」
「どうして? 思ってること、言ってくれたんだよね?」
「だからだよ」
「言ってくれたこと、嘘なの?」
「そうじゃない。だから、よくわからなくなってきた」
「変なの」
フェアルが不思議そうに首をかしげると、カームは小さく息をついた。
「フェアルのことは、もっとよくわからないけどな」
「それは、そうだよ。会ったばかりだもの」
「会ったばかりでもわかるほど、ひどい家庭環境だったみたいだな」
「そうなの?」
「自分のことだろ。あんなやつらに囲まれて、よくひねくれなかったな」
「それは、わからないけど……私のことを大好きでいてくれる相手が、いたもの。私を大切に育ててくれた乳母とか、妹が飼っていた犬も私に懐いていてね……」
そのままフェアルが黙り込んだので、カームもそれ以上聞かなかった。
城壁に沿って歩いていると、ようやく門が見えてくる。その壁際の一か所に、何かが埋められた証のように土が盛られていて、そばには少し大ぶりの石が置かれていた。
そこに書かれた文字に気づいて、フェアルは立ち止まる。
カームもつられて、足を止めた。
「どうした」
「あ、あの石に、名前……が、」
それ以上は、言葉にならなかった。みるみるうちに、フェアルの瞳に透明な液体が盛り上がり、あふれ出す。
唐突な出来事に、カームは明らかにうろたえた。
フェアルは戸惑っているカームに気づき、なんとか安心させようと、せいいっぱいの笑顔で説明しようとしたが、涙はほろほろとこぼれて、止まりそうにない。
「だいじょうぶ、私はだいじょうぶなの。ただ、リリちゃんが……」
「リリちゃん?」
「私の妹が、お父様に飼ってもらった犬なの。白くて、ふわふわで、食べることが大好きで……好きな人を見かけたら跳びついたりするのに、ごはんを取られると牙をむき出したりもするから、女の子なのにしつけがなってないって怒られるくらい、やんちゃで……。だから妹に、リリちゃんが森で迷子になったって泣かれた時、私だって心配で。森に入ったらダメだって言われていたのに、ひとりで勝手に入って……」
カームは城壁の隅にひっそりとたたずむ、動物の墓石の前に立つ。
貴族の愛犬の亡骸を埋める場所としては、彼らの居城から少し遠すぎるようにも、道のそばにある壁の端ではなく、もっと適切な場所があるようにも思えたが、それは口にしなかった。
「だけど、この墓は野生動物に荒らされない場所……城壁の内側に置くことができただろ。それはフェアルが、その犬を森から連れて帰ったからだよ」
「違うの。私はリリちゃんを見つけられなかった」
フェアルはその場にうずくまり、泣き声を殺した。
「私が森で一晩過ごして、朝帰った時、お母様がリリちゃんをだっこしていたの。私の姿を見て、お母様はショックを受けていた。そのまま、私はあの離れに連れていかれたの。あれが、リリちゃんと会った最後になってしまった。仕方がないのかもしれないけど、でも、私は……」
「おい、犬が迷子だとか言われたって、それ、本当だったのか? おまえの妹は、最初からだます気だったんじゃないのか」
17
あなたにおすすめの小説
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
過労死して転生したので絶対に働かないと決めたのに、何をしても才能がバレる件
やんやんつけバー
ファンタジー
過労死して異世界転生。今度こそ絶対に働かないと決めたのに、何をやっても才能がバレてしまう——。農村で静かに暮らすはずが、魔力、農業、医療……気づけば誰も放っておかない。チートで穏やか系の異世界スローライフ。
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています
きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...
冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる