17 / 22
17・祈り
しおりを挟む
父はバカにするような口調で声を荒げた。
「何を言っているんだ? おまえを連れ出したやつはな、オッグス家の長男ではなく、次男の方だったようだ。私はなぁ、そんな子どもと約束なんてした覚えはない」
「カームからお金を受け取りましたよね」
「だからそれがおかしいというのだ! オッグス家は、未成年のガキに、あんな大金持ち歩かせるなんて、どうかしている。ろくな大人にならん」
「あれは、カームが大切に貯めたお金です、失礼なことを言わないで」
「そもそも、お前だってあの子どもの付き人だと言いながら、私のところへ戻ってきただろう。わかっているじゃないか、あんなやつ、たいした力も、権限もないのだと」
「そんなことはありません!」
「ではなんだ。お前が使い物にならないから、捨てられたのか。私が呼びつけてやって、喜んで帰ってきたのは、行き場がなかったからだな」
別れ際に振り返らなかった、カームの背中が蘇る。
フェアルはひるんだが、否定するように叫んだ。
「そ、それはわかりませんが……ここに戻るつもりはありません!」
「なんだと! さっきから私に口答えして、いよいよ侮辱するつもりか! いい加減にしろ!」
父は感情的にフェアルを突き飛ばすと、側で待機していた使用人を怒鳴りつけた。
「おい、お前! これをいつもの離れに連れていけ!」
「は、はい」
「食事も与えるな!」
名前すら憶えられていない使用人は、慌てた様子でフェアルに駆け寄り、身体を支えてくれた。
もしこれ以上フェアルが口を開けば、父親は腹いせとして使用人を責めることが予想できたため、フェアルはおとなしく従い、慣れ親しんだ離れに戻った。
錠の降りる音を背に、暗く冷えた空間にたたずみながら、無感情に息をつく。
父は国の偉い人やお金の入る話を、断らない。
今までなら、素直に従っていた自分を、フェアルは不思議に思う。
それ以外のやり方があるということに、気づきもしなかったのだ。
しかし、父に意見が通じないことを知りながら口論になっても、結果はいつも通りだ。
自分の考えは、どうして薄っぺらいのか。
このままでは明日、ドライアドの力を利用しようとしている誰かに引き渡されることは、間違いないというのに。
一枚の青葉が、はらりと足元に落ちる。
それは自分の髪を彩る、ドライアド特有のツタから落ちたものだった。
呪われていると言われ、この離れの扉が閉まったときの、10年前の絶望的な心情が、フェアルの中に蘇ってくる。
──武器にしろ。
気弱になっているフェアルの胸の内を、カームの言葉が打った。
それをきっかけに、カームと過ごしたひとつひとつの記憶、離れから連れ出してくれたときの大人びた横顔や、未成年であることに焦りを感じているような態度、森の異変に対しての考えを述べる冷静な口ぶり、言葉も通じないアドバーグとたたき合う軽口、老木と意志疎通出来たことを喜ぶワクワクした表情、泣きじゃくるフェアルに対しての、呆れた、でも穏やかな口調……なんてことのない小さな思い出が、とめどなく流れ込んでくる。
涙があふれて止まらなくなった。
カームと共に古の森で会ったフェアルをドライアドにした老木、アドバーグと彼の帰りを喜んでいたハリネズミたち、みんなは、どうなってしまうのか。
会ったばかり、別れたばかりだというのに、もう懐かしくて、かけがえのない過去になってしまっている。
いくつもの宝物を失ってしまうような気がして、フェアルは冷たい石床にうずくまり、泣き続ける。
もし、自分が森に毒を捨てる手伝いをすることになれば、彼らはどうなるのか。
非力な自分に、どこまで拒否を通すことができるのだろう。
──過去は変えられない。もう諦めろ。
「わかってる……わかってるの」
フェアルは涙に声を震わせ、カームとかわした言葉に返事をする。
彼の言葉はいつも、辛らつにも思えた。
しかしカームがそうやって、知識と経験、能力を身につけてきたのは間違いない。
彼が森の汚染に気づくことも、ドライアドを見つけてアドバーグから事情を聞き、毒の種類を判ずることも、木の精霊と迷いの森の盟約を結べたことも、自分で動かなければ、何も変えられなかった。
フェアルはひとつしかない小窓を見上げた。
カームなら、どうするのだろう。
フェアルは大きく息を吸うと、壁に駆け寄る。
そしてポケットに手を忍ばせると、アドバーグからもらった小さな石を取り出した。
それを震える手で包み、額を冷たい壁にこすりつける。
祈りのようだった。
夕暮れのひんやりとした室内に、静寂に満ちる。
やがて小窓から、斜陽がかげりはじめた。
「何を言っているんだ? おまえを連れ出したやつはな、オッグス家の長男ではなく、次男の方だったようだ。私はなぁ、そんな子どもと約束なんてした覚えはない」
「カームからお金を受け取りましたよね」
「だからそれがおかしいというのだ! オッグス家は、未成年のガキに、あんな大金持ち歩かせるなんて、どうかしている。ろくな大人にならん」
「あれは、カームが大切に貯めたお金です、失礼なことを言わないで」
「そもそも、お前だってあの子どもの付き人だと言いながら、私のところへ戻ってきただろう。わかっているじゃないか、あんなやつ、たいした力も、権限もないのだと」
「そんなことはありません!」
「ではなんだ。お前が使い物にならないから、捨てられたのか。私が呼びつけてやって、喜んで帰ってきたのは、行き場がなかったからだな」
別れ際に振り返らなかった、カームの背中が蘇る。
フェアルはひるんだが、否定するように叫んだ。
「そ、それはわかりませんが……ここに戻るつもりはありません!」
「なんだと! さっきから私に口答えして、いよいよ侮辱するつもりか! いい加減にしろ!」
父は感情的にフェアルを突き飛ばすと、側で待機していた使用人を怒鳴りつけた。
「おい、お前! これをいつもの離れに連れていけ!」
「は、はい」
「食事も与えるな!」
名前すら憶えられていない使用人は、慌てた様子でフェアルに駆け寄り、身体を支えてくれた。
もしこれ以上フェアルが口を開けば、父親は腹いせとして使用人を責めることが予想できたため、フェアルはおとなしく従い、慣れ親しんだ離れに戻った。
錠の降りる音を背に、暗く冷えた空間にたたずみながら、無感情に息をつく。
父は国の偉い人やお金の入る話を、断らない。
今までなら、素直に従っていた自分を、フェアルは不思議に思う。
それ以外のやり方があるということに、気づきもしなかったのだ。
しかし、父に意見が通じないことを知りながら口論になっても、結果はいつも通りだ。
自分の考えは、どうして薄っぺらいのか。
このままでは明日、ドライアドの力を利用しようとしている誰かに引き渡されることは、間違いないというのに。
一枚の青葉が、はらりと足元に落ちる。
それは自分の髪を彩る、ドライアド特有のツタから落ちたものだった。
呪われていると言われ、この離れの扉が閉まったときの、10年前の絶望的な心情が、フェアルの中に蘇ってくる。
──武器にしろ。
気弱になっているフェアルの胸の内を、カームの言葉が打った。
それをきっかけに、カームと過ごしたひとつひとつの記憶、離れから連れ出してくれたときの大人びた横顔や、未成年であることに焦りを感じているような態度、森の異変に対しての考えを述べる冷静な口ぶり、言葉も通じないアドバーグとたたき合う軽口、老木と意志疎通出来たことを喜ぶワクワクした表情、泣きじゃくるフェアルに対しての、呆れた、でも穏やかな口調……なんてことのない小さな思い出が、とめどなく流れ込んでくる。
涙があふれて止まらなくなった。
カームと共に古の森で会ったフェアルをドライアドにした老木、アドバーグと彼の帰りを喜んでいたハリネズミたち、みんなは、どうなってしまうのか。
会ったばかり、別れたばかりだというのに、もう懐かしくて、かけがえのない過去になってしまっている。
いくつもの宝物を失ってしまうような気がして、フェアルは冷たい石床にうずくまり、泣き続ける。
もし、自分が森に毒を捨てる手伝いをすることになれば、彼らはどうなるのか。
非力な自分に、どこまで拒否を通すことができるのだろう。
──過去は変えられない。もう諦めろ。
「わかってる……わかってるの」
フェアルは涙に声を震わせ、カームとかわした言葉に返事をする。
彼の言葉はいつも、辛らつにも思えた。
しかしカームがそうやって、知識と経験、能力を身につけてきたのは間違いない。
彼が森の汚染に気づくことも、ドライアドを見つけてアドバーグから事情を聞き、毒の種類を判ずることも、木の精霊と迷いの森の盟約を結べたことも、自分で動かなければ、何も変えられなかった。
フェアルはひとつしかない小窓を見上げた。
カームなら、どうするのだろう。
フェアルは大きく息を吸うと、壁に駆け寄る。
そしてポケットに手を忍ばせると、アドバーグからもらった小さな石を取り出した。
それを震える手で包み、額を冷たい壁にこすりつける。
祈りのようだった。
夕暮れのひんやりとした室内に、静寂に満ちる。
やがて小窓から、斜陽がかげりはじめた。
19
あなたにおすすめの小説
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
過労死して転生したので絶対に働かないと決めたのに、何をしても才能がバレる件
やんやんつけバー
ファンタジー
過労死して異世界転生。今度こそ絶対に働かないと決めたのに、何をやっても才能がバレてしまう——。農村で静かに暮らすはずが、魔力、農業、医療……気づけば誰も放っておかない。チートで穏やか系の異世界スローライフ。
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む
家具屋ふふみに
ファンタジー
この世界には魔法が存在する。
そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。
その属性は主に6つ。
火・水・風・土・雷・そして……無。
クーリアは伯爵令嬢として生まれた。
貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。
そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。
無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。
その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。
だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。
そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。
これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。
そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。
設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m
※←このマークがある話は大体一人称。
【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています
きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...
冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる