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5 おかしいわ

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(おかしいわ……)

 国境の砦まで馬車で三日、帝国側の馬車に乗り換えてからさらに三日。
 ミスティナはとある古城の一室へ案内される。
 案内した使用人は少年のようなリスの亜人で、「主人のお目通りまで、ここでお待ちください」と、にこやかに去っていった。
 窓の外は夜の帳が下りている。

(皇太子との拝謁は明日になりそうね。寝台もあるし、今のうちに休んでおいたほうがいいのだろうけれど)

 扉の外で響く使用人の足音が遠ざかる。
 ミスティナは再び自問した。

(やっぱりおかしいわ。私が帝国やこの古城に来たのは、これがはじめてよ。それなのにこの部屋にたどり着くまで、どの方向へ曲がるのか、どこに階段があるのかがわかる)

 ミスティナは部屋の隅に置かれた小卓をよけて床板を剥がすと、古い鍵を見つけた。
 それを古めかしい本棚の隙間に差し込むと、覚えのある隠し扉が現れる。
 足元に乾いた冷気が流れた。

(私はこの古城を知っている。でもどうして?)

 答えを求めるように、暗い下り階段を慣れた足取りで降りる。
 胸の動悸が強まっていく。
 視界を奪われたままでも石壁に埋め込まれたスイッチに手を触れ、魔灯であたりを照らす。

(地下の隠し書庫ね)

 この場所も覚えている。
 よく知っている気すらした。
 ぎっしりと並んだ蔵書の壁の間を、ミスティナは足どりのおもむくまま進む。

(あら、この本……)

 手に取ったのは、薬の挿絵がついている図鑑のようだった。

(昔の帝国語? ……違うわ。もっと古い神話の時代の言葉)

 文字を読めないのに直感した。
 めくってみると植物や鉱物を加工する挿絵が描かれ、薬にまつわるものだとわかる。

(この小瓶のページに描かれている花、見覚えがあるわ)

 それが密書と送られた花、パンセリラだと気づいた。
 途端にミスティナの魔力が熱を帯び、体中を巡りはじめる。
 
(どういうこと!? 記憶とともに、魔力まで溢れてくるみたい……っ、さっきまでわからなかった古い図鑑が読める? この図鑑……神話の時代の秘術書だわ!)

 そこには古代の魔術『薬術』について書かれている。

 薬術とは薬師と魔術師、ふたつの知識と技術を融合させる調合だ。
 それを習得するのは困難なため扱える者は数少ないが、生み出された薬は貴重で重宝される。
 そのため立場が不利となった多数派、薬師や魔術師などを中心に迫害運動が起こり、現在その技術は失われていた。

 しかしなぜか、今のミスティナはその中に書かれたひとつだけ、薬術の調合方法がわかった。
 そして無意識に手に持っていた一輪の花が材料になることも。

(パンセリラを使って調合材料にして、なんの薬を作れたのかは思い出せないけれど……。作れば古城に来てから現れた記憶を、すべて思い出せる気がするわ)

 そしてミスティナは、ひとつだけ取り戻した知識を頼りに薬を作った。


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