【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆

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28 好きな色

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 執務室のわきの長椅子に座り、ほんの少しだけ待つ。

(珍しいわね。いつもはすぐ来るのに)

 ほどなく、公爵はやってくる。
 私の向かいではなく、なぜか隣に腰を下ろした。

「忙しいのなら、後でも大丈夫ですけど」

「今終わらせた」

(あれ、声が低い。というか……少し機嫌が悪い?)

「大司教猊下に会ったそうだな」

 そう言うと、公爵は私から軽く視線をそらす。
 やっぱり不機嫌だ。
 私が面会した大司教と、仲が悪いのだろうか。

「どうして知ってるんですか?」

「確かな者から情報を得た」

 断言した。
 しかも裏社会の情報みたいな言い方。ちょっと怖いんだけど。

「猊下はエトワールに『おじいちゃん』と呼ばせているそうだな」

(えっ。公爵の「確かな者からの情報」って、エトのこと?)

「しかも、アルージュが俺に虐められていないか、などと余計な確認までしたらしい」

「猊下が……私についてそんなことを?」

「お前の好きな色まで聞き出していた」

 大司教、それほど詳しく私のことを調査しているなんて……

「完全に懐かれているようだ」

(ますます意味がわからないんですけど!?)

 ……ともかく、大司教との話の経緯は伝えておこう。

「私は猊下から、大聖女様へ献上するお菓子を依頼されました。お店の品を、本当に気に入ってくださったみたいで」

「依頼? 私的な話ではないのか」

 あ、知っている口ぶり。
 結婚前に私の身の回りを調べただろうし、当然かもしれない。

「猊下はアルージュの祖父だろう?」

「……養父の父なので、血の繋がりはありません」

 父は家族の話をほとんどしなかった。だから私も踏み込まなかった。

「顔を合わせたのは、菓子店の開店初日が初めてです」

「ではやはり、個人的にアルージュのことを気にして来たのだろうな」

 開店初日――どう見ても場違いな大司教が、店内をぎこちなく見回していた姿がよみがえる。

 私が声をかけると、彼はわずかに目を見開いた。
 あの表情は、幼い私にバレて慌てた、養父が仕掛けたサプライズのときの顔に、そっくりだった。
 思い出すと、胸の奥がくすぐったくなる。

「祖父が私のことを気にかけてくれたなんて、考えたこともありませんでした」

「……お前を気にかけているのは、彼だけじゃない」

 私は小さく頷く。公爵の言う通りだ。

「そうですね。店の従業員も頼りにしてくれます。それに! エトも四つ葉のクローバーをくれて、『おかぁしゃま、しあわせなるかな?』って言ってくれました!」

(エトの笑顔は天使なのよ!!)

 胸をときめかせていると、公爵はカップを持つ手を止める。
 月色の瞳が私をとらえた。

「俺を忘れるな」

 カップを置く音が、やけに大きく響く。

「俺が一番、お前を気にかけている」

「……? ありがとうございます」

 確かに最近は、彼がただ監視しているだけじゃなくて、安心感というか……
 そう、忠犬という言葉が浮かぶ。

「アルージュが大聖女のところへ行くなら、俺が護衛する」

「えっ。でも執務は?」

「すべて差配した」

 即答だ。さっきまで慌ただしかったのは、まさかこの準備?

「でも、大聖女様は教会で厳しく保護されています。彼女と会えるのは私だけかと」

「構わない。お前が他の男に懐かれることを、見過ごすことはできない」

 どうやら公爵は、私が祖父の大司教と距離が縮まるのを相当警戒しているようだ。
 いらない心配をかけたりはしない。

「ご安心ください。私は公爵夫人。大司教派になるつもりはありません。あなたの妻ですから」

「それなら、なおさら目が離せない」

 彼は真っ直ぐ私を見つめる。
 犬の姿ではなくても、嬉しさに尻尾がをぶんっと揺っている気がして、ふっと心がほどけた。

(ラウルドに避けられていた頃の私だったら、今はこんなに過保護な旦那様がいるなんて……信じられないわね)

「なぜ笑っている」

「旦那様が一緒なら、安心だと思っただけです」

「当然だろう。俺はお前を守る」

 不敵に微笑むその美貌からは、さっきまでの不機嫌さがすっかり消えていた。

「ところでアルージュ、好きな色は紫だな?」

「ええ。でも……どうしてわかったんですか?」

「お前はよく、エトワールの髪を愛おしそうに撫でている」

 公爵は自然な仕草で、私の赤髪に触れた。

(ということは、公爵は赤色が好きなのかしら)

 その指先はあまりに何気なくて、優しくて。
 私はそのまま受け入れていた。

(もしかして……本当の夫婦って、こんな風に触れ合うのかもしれない)

 そう思った矢先、彼が静かに呟いた。

「だが俺は、お前に紫を贈りたくない」

(ん? その宣言、どういう意味?)

 私は首を傾げる。
 贈り物をしたくない、という意味ではないはずだ。
 彼は普段から、たくさんしてくれているし。

「それって……私に別の色を贈りたい、ってことですか?」

 当たっていたらしく、公爵は柔らかく目を細めた。
 そして少し体を寄せると、私のつむじに顔を近づけてきて――温かい感触がした。
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