【本編完結】長し夜に、ひらく窓<天神一の日常推理 呪われた女>

ユト

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空と鳥と新しき怪異

第16話 検証時間(二)

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 天神がぽつりとこぼす。
「早川の言うとおり、フィルムが貼られていると気が付いたのは君とここに初めて来た、月曜日の朝だよ」
「そうか」

 俺は、それしか言えなかった。

「早川」
「……なんだよ」
「日曜日から今日までの四日間。詳細な天気を覚えているかい?」

 突拍子のない質問も、今に始まったことではない。

「おまえの求める詳細は、どの程度だ?」
「君の知る得る範囲で構わないよ」

 俺は了と答える代わりに目を瞑り、記憶をたぐり寄せる。

「……日曜日は、一日中雨だった。月曜日の朝は小雨になったけど、昼過ぎから翌朝までは本降り。火曜の昼から夜まで、ずっと曇り時々雨。水曜日も同じく曇りだったけど、夜には月が見えていた。木曜の今日は、見てのとおり朝から晴天だ」

 まぶたを開ければ、澄んだ光が目に入る。フリル傘をさす、スリーピースを着た美丈夫も。
 彼の横顔は苦しそうで、なのに、どこかホッとしているようにも見えた。

「天神?」
「早川。今日、空き時間はあるかい?」

 向けられた眼差しはいつもと変わらず、穏やかだった。

「解けたのか?」
「ああ」

 珍しく返ってきた答え。
 俺は満足しそうになるのを抑えて、スマートフォンを確認する。

「今日は昼休みが空いている。あとは、五限終わってから夜八時頃まで。九時からバイトだから」
「やっぱり、遅くにも働いているのか」
「夜勤の方が稼げるからな。それに、本当は朝五時までのところを二時上がりにしてもらってるから、そんなにきつくもない」

 天神は呆気に取られるような顔をした後、「立派だね」と小さく呟いた。
 立派なのだろうか。まだ、下に二人も弟妹がいるのだ。俺にとっては、普通のことをしているに過ぎない。

「ありがとう、早川。とりあえずは部屋に戻ろう」

 渡り廊下の屋根の下へと移動して傘を閉じた彼は、小講義室のコンクリート壁の奥へと消えていく。
 それを追いかけて、開けっ放しの入り口をくぐれば、天神は教室の暗幕カーテンに手を掛けていた。

「何をしているんだ?」

 応答なし。
 やっぱりこれがデフォルトか。長机の下に収まる椅子を引っ張って、俺は腰を掛けた。

 革靴がアンダンテを刻み、重たそうな両面真っ黒のカーテンを一枚ずつ引いていく。黒板側から順に繰り返すこと五回。最後の一枚をつかむ彼の手が止まった。

「おや、動かないね」
「壊れてるのか? それとも、レールが引っ掛かってる?」
「分からない。でも、強く引いたら壊してしまいそうだよ」

 曇りガラスにかかる暗幕は、裾が広がるだけで根元が動く気配はない。天神はカーテンから手を放し、上を見上げる。
 ゆらゆらとしなやかに揺れる黒布を見ているうちに、ふと思いつくことがあった。

「もしかして、カーテンが動かないから曇りガラスのフィルムを貼ったんじゃないのか?」

 満面の笑みで、天神が俺を見る。両腕を大きく広げた彼は、大きく一歩。俺に近付いた。

「理由は?」

 俺は今一度、窓を見る。

「適度なプライバシー保護とか、か?」
「素晴らしいね、早川!」

 パチパチと手を叩く乾いた音が室内に響く。天神のことだ。純粋に讃《たた》えているのだろう。どうにもソワソワして「憶測だけどな」と付け足せば、

「憶測結構! 空論! 推理! 推論! 大歓迎さ! それらは、いくつもの『普通』や『当たり前』といったものから組み上げられる希有けうなものたちだからね」

 と、恍惚こうこつとした笑みを浮かべた天神に返される。彼の普通至上主義者ぶりは、ぶれない。

「まあ、あとは小鳥くんが回復してくれるのをゆっくりと待とうじゃないか。ところで早川。君は将棋をせるかい?」
「将棋? まあ、駒の動かし方くらいなら分かるけど」
「十分だよ。では、待っている間、一局指そうじゃないか!」

 ウキウキとした表情で、彼は颯爽さっそうとチェックのエコバッグまで歩く。
 中から取り出されたのは、フィルムに包まれた折りたたみ将棋セット。

「……買ったのか?」
「トランプと迷ったのだけれどもね、ここは将棋だろうと思ったのさ。さあ、駒を並べよう!」

 椅子を反対に向けた天神は、長机を挟んで俺の前に座る。その様子が、まるで子どものようで。不覚にも、実家で暮らす弟のことを思い出した。
 玉将、金将、銀将と天神が並べるのを真似していく。

「チェスじゃないんだな」
「チェスの方が、良かったかい?」

 小さな疑問を天神が拾う。

「いや、チェスは駒の動かし方を知らない。ただ、おまえはチェスの方が似合いそうだから」
「僕は、純粋に将棋が好きなのだよ。戦略はもちろんのこと、駒の動かし方一つにも性格が出るような気がしてね」
「へえ」

 パチンと安っぽいプラスチック音が部屋に響く。歩は王将の真上から、一枚ずつ。
 並べ終わると、天神が頭を下げた。

「よろしくお願いします。早川から指して、構わないよ」
「ああ」

 戦略なんて知らない俺は、角の斜め前を開ける。天神も同じように、歩を進めた。静かに、けれども着実に駒は進んでいく。
 初めて駒同士がぶつかって、彼の薄唇がゆっくりと開いた。

「早川。君は、何か僕に言いたいことがあるのだろう?」
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