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君想う、心は開かずの箱のなか
第30話 祖父の暗号(一)
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「天神、おまえなら解けるんじゃねぇ?」
俺を含めた四人。合計八つの瞳がスリーピースの美丈夫に集まる。
「そうだね。しかし、その暗号は貴殿方に出されたものだろう? 僕が解いてしまっても良いのかい?」
コテンと首を傾げた天神は遠慮がちに、けれども、ヘーゼルの瞳を輝かせて尋ねた。
解けないかも知れないという発想は、ないらしい。
「だって、俺たちじゃ解けねぇもん」
「ふむ」
天神の白い手が和紙に伸びる。天井のライトに透かし、鼻に近付けた彼は「墨だね」とだけ言った。彼は楽しそうに、「どうやら紙自体に細工があるわけではなさそうだ」と続ける。
「紙自体に細工も出来るのか?」
「もちろんさ! 一番有名なのは、みかんの液体を使ったものだろうね。火で炙ると文字が浮かぶというものだよ」
子どものようにうきうきと話す天神。俺が「焦げか」と呟けば、哀れむようなヘーゼルアイとぶつかった。
「なんとも情緒のない言い方だね、早川」
「だって、炭化しただけだろう?」
「まあ、そうだね」
小さくため息を溢した天神は、咳払いをして続ける。
「そもそも暗号の種類というのは、そんなに多くはない。もちろん、少なくもないけれどね。だからこそ暗号の解読において、どこに鍵があるのかを見付けることは非常に重要なのさ」
「鍵?」
自然と南京錠に視線が移る。
「そういう物理的なものではないよ、早川。君は『たぬき暗号』というのを、聞いたことはないかい?」
「文章中から『た』を抜くと、読める文になるってやつだろう?」
「その通り。あれは、『たぬき』が鍵になっているのだよ。だから、必ずたぬきの絵だったり、たぬきを示すものだったりが描かれているのさ」
「鍵って、そういうことか」
俺と話す間も天神の目は、和紙から離れない。一文字ずつ、そっと愛しむように触れる指先。ほうっとため息を吐くように、「なんて、美しいのだろう」と言葉が零れる。
三ツ橋たちは黙って、俺と天神の会話を聞いていた。
「分かったのか?」
「いいや。ただ、アナグラムではないことは想像がついたよ」
「アナグラムって、たしか文字を組み替えるやつだよな? なんで、アナグラムじゃないと言えるんだ?」
「簡単なことさ。文章中のひらがなの頻度分析をしたニュースが以前にあってね、それによると、『い』、『ん』、『か』、『し』が最も多いのだよ。逆に少ないのは、『む』、『へ』、『ぬ』だった」
「相変わらず、妙な知識を持っていることで。だが、『し』なら沢山あるぞ?」
俺の問いに、天神は首を横に振る。七三分けされた髪が乱れる気配はない。
「使われている文字に偏りが多すぎるのさ。アルファベットと違って、日本語は四十六文字。どんなに頻度が高くても、調査では十パーセントを切っていた。つまり、この二十文字の文章中であれば、同じ文字が登場するのは精々三回が良いところなのだよ」
「そういうことか……。たしかに、『の』なんて、四回も出て来てるもんな」
「同時に、シーザー暗号と言われる、文字を数個前後にずらして文章化にしたものではないことも予想出来るね」
「これも、使用される平仮名が偏りすぎているからだな」
「素晴らしいよ、早川!」
俺の解に、にこりと微笑む男は心底楽しんでいるようだった。だが、まだ分からないことが多すぎる。暗号の鍵になるものと言っても箱に入っていたのは、金貨と銀の鍵。あとは、箱そのものくらいだろう。
三つの箱をじっと見つめる。
完全に見えて、不完全。
だからこそ、気になることがあった。
「楓貴くんと理桜さんの箱には花の絵が描かれているのに、咲工くんのは何もないんだね」
俺の疑問に、三人が同調する。
「たしかに、そうね。私のには、桜。楓貴くんのには牡丹が描いてあるのに、咲工だけは伝統模様ね。麻の葉が花に見えなくもないけれど……」
「あれ? 僕は、てっきり名前の一部が箱と関係があるのかなと思ってたよ。ほら、理桜ちゃんのには『桜』が描かれてるでしょう? 『寄木細工』の箱には、咲工の『工』が入ってるし」
「それなら、楓貴の箱が牡丹なのはおかしいだろ? 楓にするべきじゃねぇか」
「それは、そうなんだけど……。楓が見付からなかったんじゃないかな?」
「じじいがそんな中途半端なことをするとは思えねぇ」
「お祖父様を耄碌呼ばわりしたあなたが何を偉そうに。でも、私も咲工と同意見ね。一体、どういうことなのかしら?」
三人は頭を捻る。核心に近付いているのに、スルリと逃げられているようで。どうにも、つかみきれない。
隣に座る天神をチラリと見ると、彼は楽しそうに笑みを浮かべていた。
この男は観客側にいるのも好きらしい。小声で、「おまえは解けたのか?」と尋ねると、輝くヘーゼルの瞳が細められた。立てた人差し指を薄唇に当てた彼は、ただ艶然と微笑む。表情からして、答えはわかっているのは予想できた。
無駄な時間を過ごす理由が分からないまま黙っていると、突然、楓貴が閃いたように声を上げた。
「やっぱり、箱と名前は関係していたんだ!」
「うわっ、びっくりした! なんだよ、どういうことだよ、楓貴?」
「フウキグサだよ、咲工」
初めて耳にする単語。
理桜と咲工も揃って、「フウキグサ?」とオウム返しをした。
頬を紅潮させた楓貴が二人の顔を交互に見る。
「牡丹の別名だよ。富む貴い草と書いて、『富貴草』って言うんだ」
「へぇー。なるほどなぁ。じじいめ、やっぱり徹底してやがるぜ。でも、よくそんなことを知ってたな?」
楓貴は照れくさそうに片方だけ長い前髪を撫でる。
「僕さ、小学校低学年のとき、自分の名前を調べたことがあるんだよね。ちょっと珍しい音だろう、『ふうき』って? それにほら、自分の名前の由来を聞いてきましょうって課題があったの、覚えてる?
僕たちの名付け親は、おじいちゃんだろう? だから、理由を聞いたんだけど、その時に富貴草っていう花があるのをおじいちゃんにも話したんだよね。まあ、それも今思い出したんだけどさ」
「そう言えばあったな、そんな課題。たしか、誕生花に関係してるんだよな?」
「そうそう」
「本当にお祖父様らしいわ。私たちが覚えていないようなことまで、お祖父様は覚えていらっしゃるのよね」
「勘弁して欲しいぜ。ったく、俺がいつまで寝小便してたかまで、覚えてるんだからよ」
むず痒そうにする咲工を、理桜と楓貴がクスクスと笑う。本当に、仲の良い親族関係なのだろう。見ていて、とても微笑ましくなる。
「でも結局、箱に描かれている植物は関係なかったのね。だって、咲工のだけないもの」
「それは、どうかな」
「どういうこと?」
ニヤリと笑った咲工が、先ほど箱から出てきた百円玉を全員が見えるように置く。桜模様が描かれた鈍色。不思議に思っていると、彼は百円玉をひっくり返して見せた。
俺を含めた四人。合計八つの瞳がスリーピースの美丈夫に集まる。
「そうだね。しかし、その暗号は貴殿方に出されたものだろう? 僕が解いてしまっても良いのかい?」
コテンと首を傾げた天神は遠慮がちに、けれども、ヘーゼルの瞳を輝かせて尋ねた。
解けないかも知れないという発想は、ないらしい。
「だって、俺たちじゃ解けねぇもん」
「ふむ」
天神の白い手が和紙に伸びる。天井のライトに透かし、鼻に近付けた彼は「墨だね」とだけ言った。彼は楽しそうに、「どうやら紙自体に細工があるわけではなさそうだ」と続ける。
「紙自体に細工も出来るのか?」
「もちろんさ! 一番有名なのは、みかんの液体を使ったものだろうね。火で炙ると文字が浮かぶというものだよ」
子どものようにうきうきと話す天神。俺が「焦げか」と呟けば、哀れむようなヘーゼルアイとぶつかった。
「なんとも情緒のない言い方だね、早川」
「だって、炭化しただけだろう?」
「まあ、そうだね」
小さくため息を溢した天神は、咳払いをして続ける。
「そもそも暗号の種類というのは、そんなに多くはない。もちろん、少なくもないけれどね。だからこそ暗号の解読において、どこに鍵があるのかを見付けることは非常に重要なのさ」
「鍵?」
自然と南京錠に視線が移る。
「そういう物理的なものではないよ、早川。君は『たぬき暗号』というのを、聞いたことはないかい?」
「文章中から『た』を抜くと、読める文になるってやつだろう?」
「その通り。あれは、『たぬき』が鍵になっているのだよ。だから、必ずたぬきの絵だったり、たぬきを示すものだったりが描かれているのさ」
「鍵って、そういうことか」
俺と話す間も天神の目は、和紙から離れない。一文字ずつ、そっと愛しむように触れる指先。ほうっとため息を吐くように、「なんて、美しいのだろう」と言葉が零れる。
三ツ橋たちは黙って、俺と天神の会話を聞いていた。
「分かったのか?」
「いいや。ただ、アナグラムではないことは想像がついたよ」
「アナグラムって、たしか文字を組み替えるやつだよな? なんで、アナグラムじゃないと言えるんだ?」
「簡単なことさ。文章中のひらがなの頻度分析をしたニュースが以前にあってね、それによると、『い』、『ん』、『か』、『し』が最も多いのだよ。逆に少ないのは、『む』、『へ』、『ぬ』だった」
「相変わらず、妙な知識を持っていることで。だが、『し』なら沢山あるぞ?」
俺の問いに、天神は首を横に振る。七三分けされた髪が乱れる気配はない。
「使われている文字に偏りが多すぎるのさ。アルファベットと違って、日本語は四十六文字。どんなに頻度が高くても、調査では十パーセントを切っていた。つまり、この二十文字の文章中であれば、同じ文字が登場するのは精々三回が良いところなのだよ」
「そういうことか……。たしかに、『の』なんて、四回も出て来てるもんな」
「同時に、シーザー暗号と言われる、文字を数個前後にずらして文章化にしたものではないことも予想出来るね」
「これも、使用される平仮名が偏りすぎているからだな」
「素晴らしいよ、早川!」
俺の解に、にこりと微笑む男は心底楽しんでいるようだった。だが、まだ分からないことが多すぎる。暗号の鍵になるものと言っても箱に入っていたのは、金貨と銀の鍵。あとは、箱そのものくらいだろう。
三つの箱をじっと見つめる。
完全に見えて、不完全。
だからこそ、気になることがあった。
「楓貴くんと理桜さんの箱には花の絵が描かれているのに、咲工くんのは何もないんだね」
俺の疑問に、三人が同調する。
「たしかに、そうね。私のには、桜。楓貴くんのには牡丹が描いてあるのに、咲工だけは伝統模様ね。麻の葉が花に見えなくもないけれど……」
「あれ? 僕は、てっきり名前の一部が箱と関係があるのかなと思ってたよ。ほら、理桜ちゃんのには『桜』が描かれてるでしょう? 『寄木細工』の箱には、咲工の『工』が入ってるし」
「それなら、楓貴の箱が牡丹なのはおかしいだろ? 楓にするべきじゃねぇか」
「それは、そうなんだけど……。楓が見付からなかったんじゃないかな?」
「じじいがそんな中途半端なことをするとは思えねぇ」
「お祖父様を耄碌呼ばわりしたあなたが何を偉そうに。でも、私も咲工と同意見ね。一体、どういうことなのかしら?」
三人は頭を捻る。核心に近付いているのに、スルリと逃げられているようで。どうにも、つかみきれない。
隣に座る天神をチラリと見ると、彼は楽しそうに笑みを浮かべていた。
この男は観客側にいるのも好きらしい。小声で、「おまえは解けたのか?」と尋ねると、輝くヘーゼルの瞳が細められた。立てた人差し指を薄唇に当てた彼は、ただ艶然と微笑む。表情からして、答えはわかっているのは予想できた。
無駄な時間を過ごす理由が分からないまま黙っていると、突然、楓貴が閃いたように声を上げた。
「やっぱり、箱と名前は関係していたんだ!」
「うわっ、びっくりした! なんだよ、どういうことだよ、楓貴?」
「フウキグサだよ、咲工」
初めて耳にする単語。
理桜と咲工も揃って、「フウキグサ?」とオウム返しをした。
頬を紅潮させた楓貴が二人の顔を交互に見る。
「牡丹の別名だよ。富む貴い草と書いて、『富貴草』って言うんだ」
「へぇー。なるほどなぁ。じじいめ、やっぱり徹底してやがるぜ。でも、よくそんなことを知ってたな?」
楓貴は照れくさそうに片方だけ長い前髪を撫でる。
「僕さ、小学校低学年のとき、自分の名前を調べたことがあるんだよね。ちょっと珍しい音だろう、『ふうき』って? それにほら、自分の名前の由来を聞いてきましょうって課題があったの、覚えてる?
僕たちの名付け親は、おじいちゃんだろう? だから、理由を聞いたんだけど、その時に富貴草っていう花があるのをおじいちゃんにも話したんだよね。まあ、それも今思い出したんだけどさ」
「そう言えばあったな、そんな課題。たしか、誕生花に関係してるんだよな?」
「そうそう」
「本当にお祖父様らしいわ。私たちが覚えていないようなことまで、お祖父様は覚えていらっしゃるのよね」
「勘弁して欲しいぜ。ったく、俺がいつまで寝小便してたかまで、覚えてるんだからよ」
むず痒そうにする咲工を、理桜と楓貴がクスクスと笑う。本当に、仲の良い親族関係なのだろう。見ていて、とても微笑ましくなる。
「でも結局、箱に描かれている植物は関係なかったのね。だって、咲工のだけないもの」
「それは、どうかな」
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