【本編完結】長し夜に、ひらく窓<天神一の日常推理 呪われた女>

ユト

文字の大きさ
33 / 47
君想う、心は開かずの箱のなか

第31話 祖父の暗号(二)

しおりを挟む
「え?」
「どういうことなの?」

 それは、百円玉であって百円玉ではなかった。日本国、百円と刻印されてはいるものの、算用数字は一切見当たらない。
 否、見当たるはずがない。
 何故ならば、両面が桜模様になっていたのだから。

「エラーコインってやつだよ。描いてあるのは、桜だろ?」
「偽物とかじゃないの?」
「触ってみろよ」

 訝しがる彼女の手のひらに、咲工が百円玉を乗せる。理桜は両手を使い、まじまじと観察した。

「普通の百円みたい。持った感じも、桜の模様も変わらないわ」
「じじいは、偽物を嫌う。本物以外を用意するはずがねえ」
「嬉しそうだね、咲工」
「フン、まあな。とりあえず、これで俺たちの名前とじじいの贈り物には関係性があったってわけだ」

 理桜からエラーコインを返却された咲工は、満足そうに隠し部屋に戻す。

「ということは、天神くんの言う『鍵』は、僕たちの名前かもしれないということかな?」
「分かんねえ。けど、じじいならやりそうだろ?」
「そうね。でも、桜と牡丹が暗号の鍵と言われても何も思い付かないわ」
「そこは、桜と楓かも知れねぇけどな」
「どちらにしても、文中に『さくら』も『ぼたん』も『かえで』もないのは事実よ」
「そうなんだよなぁ。被ってる文字だけ抜き出しても、『しじおのき のらみのもお じのにのきお』か。全然分かんねぇな。じゃあ、ローマ字にしてみるとかどうだ?」
「やってみよう」

 楓貴がバッグからノートとペンケースを取り出して、文字を書く。

 shirajiraonokiku noraminomoo jinoninokio

「ここから、どうするの?」
「……アナグラムを組む?」
「それじゃあ、鍵の意味がないじゃない」

 理桜の期待を孕んだ眼差しは一瞬で落胆に変わる。

「『cherry blossom』、『peony』、『maple』を抜いてみる?」
「よくすぐに英語変換出来たな」
「あれ? 結構耳にしない?」
「しねえ」
「そっか。まあ、でも、被ってる文字が少なすぎることに変わりはないんだけどね」
「だなぁ」

 彼らの思考が暗礁に乗り上げたのは一目瞭然だった。まさに暗中模索。海路であれば、灯台が欲しいところだろう。
 そんなことを考えていると、スッと光が差すような声が振ってきた。

「貴殿方の誕生日を教えてくれるかな?」
 
 一筋の光明に縋るように、三人が顔を上げる。

「私と咲工は四月九日で、」
「僕が、十月二十五日だよ」
「では、お祖父様のお名前とお誕生日は?」
「お祖父様の?」

 少し躊躇った理桜の代わりに、咲工が答える。

「じじいの名前は花の菊に治ると書いて、菊治だ。誕生日は……」
「五月二十七日だね」

 彼らの解答を聞いた天神が、瞼を閉じ、精悍な顎を手で包んだ。質問の意図が読めない俺たちは、黙って彼の口が開くのを待つ。
 だがそれも、一分足らず。
 口元を綻ばせた男は、ゆっくりと切れ長の目を開けた。

「お祖父様は、とても粋人すいじんのようだね」
「何か分かったのか?」

 俺の質問に、天神は答えない。ただ、ウィンクだけを返される。「書く物をかしてくれないかな?」と楓貴からノートとペンを借りた天神は、紙に『いろは歌』を書き始めた。

 いろはにほへと
 ちりぬるをわか
 よたれそつねな
 らむうゐのおく
 やまけふこえて
 あさきゆめみし
 ゑひもせすん

 三ツ橋の祖父よりは劣るものの、俺よりも遥かに達筆な文字が踊る。
 だが、何故だろう。

 いろは歌は知っているし、見たこともあるのに、どこか違和感を覚える文字列。不思議に思っていると、「区切り方が違うわ」と理桜が違和感の正体を指摘した。
 天神は柔らかく微笑むだけで、肯定も否定もしない。

「五月二十七日が何の日か、貴殿方は知っているかな?」
「百人一首の日だろ?」

 天神の問いに平然と答えたのは咲工だった。

「素晴らしいね! では百人一首のなかで、桜と紅葉の言葉が出てくる歌は?」
「桜と紅葉を詠んだ歌?」
「なんだっけ、なんか鹿がいた気がするんだけど」
「私も思い出せないわ……」

 頬に手を当てて考え込む理桜と楓貴に、「何のためのスマホだよ」と言いながら咲工が液晶の画面を読み上げる。

「桜にまつわる歌は、六首だな。そのなかでも、桜の単語が出てくるのは三首。全部詠むか?」
「いや、五・七・五・七・七で区切られた、七音のなかに桜が入っている歌だけ詠んでもらっても構わないかい?」
「七音? それなら、『高砂たかさご尾上をのへの桜咲きにけり 外山とらまかすみ立たずもあらなむ』しかないな。これの『尾上の桜』が七音だけど。こういうことで良いのか?」
「ありがとう、それで問題ない。紅葉はどうだろうか」

 スマートフォンを片手にした楓貴が応える。

「紅葉は五首ありますね。その内、七音のなかに紅葉が入っているのは四首もあるけど、全部詠んだ方が良いですか?」
「ぜひに」
「じゃあ、一気に詠みますね。『奥山に紅葉もみじ踏み分け鳴く鹿の 声聞くときぞ秋は悲しき』。『このたびは、ぬさもとりあえず手向山たむけやま 紅葉の錦神のまにまに』。『小倉山おぐらやま峰の紅葉の心あらば 今ひとたびのみゆき待たなむ』。『山川に風のかけたるしがらみは 流れもあへぬ紅葉なりけり』」

「多いな……」と呟いた咲工の声が、俺の心の声と重なる。
「おい、天神。まさか、ここから一首絞るのか?」
「さすがだね、早川!」

 満面の笑み。頭が痛い。
 うんざりする俺に、「なにも大変な事はないのだよ」と天神は言う。

「百人一首もいろは歌も、古くから暗号が隠されていると有名でね。その謎に満ちた二つをベースに、さらに暗号を作る方法があるのだよ。それが、字変四十八と言われる座標ざひょう式暗号さ」
「座標式暗号?」

 頭上にハテナを飛ばす俺たちに、天神が丁寧に説明をしてくれる。

「座標式換字かえじ暗号と正確に言った方が分かりやすいかな? 換字暗号とは、ある文字を別の文字に置き換えることさ。有名どころだと、シャーロック・ホームズの踊る人形がそれに当たるね」
「踊る人形なら読んだことがあるわ。でも、あれはアルファベットの出現頻度から解いていたような気がするのだけど」
「踊る人形は、単文字換字だからね。一対一対応なのだよ。一方で、字変四十八は多文字換字なのさ」
「座標ってことは、X軸Y軸みたいなことか?」

 俺の質問に、天神はにっこりと微笑む。

「良い表現だね。二次関数におけるX軸Y軸が暗文、点の位置が平文。元の言葉と言うことになる。さて、お祖父様の暗号文を見てみようか」

 天神に促されるままに、俺たちは暗号文を見た。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...