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長し夜に、ひらく窓
第33話 消えた人気メニュー
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一
十一月半ばの火曜日。
お昼を避けて来たというのに、やや混雑した店内はBGMよりもざわざわとした声が目立つ。もっとも、一際大きな声を上げたのは目の前に座る友人だったわけだが。
「え? ない! ないんだけど、翔太!」
「何が?」
「何って、さっき話した看板メニューに決まってるだろ? ほら、見てみろよ!」
クルンと回転させて、こちらを向くメニュー表。良く整えられた爪の先がデザート一覧を指した。
『かぼちゃのプリン』、『林檎と紅茶のパウンドケーキ』、『バニラアイス』
読むからに美味しそうな文字が踊る。
ページはぐるりと一周、リスや紅葉した木、きのこなどの可愛らしいイラストで囲まれていた。
「ないだろ? 幸運を呼ぶ『さつまいもと栗のタルト』が!」
「あー。たしかに、ないな。文字を消した跡もないし、単純に店を間違えたんじゃないのか?」
「いや、このレトロ・アヴェで間違いないんだよ。大学内で噂になるほど人気だし、メニュー落ちするとも思えないんだけどなー」
「そう言えば、バイト先の常連客も食べたがってたな。別名、『幸運のタルト』だっけ? でも、ただのケーキだろう?」
特にこだわりのない俺がメニュー表をめくるなか、悠斗は「チッチッチ」と人差し指を振った。
「ただのケーキと侮《あなど》るなかれ! これを食べて宝くじに当たった人もいれば、プロポーズが成功した人だっているんだぞ! もちろん、彼氏彼女が出来た人もいる!」
「はあ」
「本当に、翔太はノリが悪いなー」
「別に彼女とか興味ないし、あえて言うなら半年に一回くらい、誰かに肉を驕ってもらえたら嬉しいけど。あとは、奨学金の半額免除申請が通って欲しい。まあでも、それは俺の努力次第だしな」
「……なんか、翔太の願いってさ」
「何だよ」
「いや、地に足が着いてる感じで良いと思うよ、うん」
「おまえは俺の親戚か。大体、彼女なら悠斗だって、ああ、別れたばっかりか」
「親友がオレの心をえぐってくるよー……」
こうして、くだらない話をしている間にも、カランコロンと来客を知らせる柔らかな鐘の音は鳴り続ける。「え、『幸せのタルト』、なくなっちゃなんですか?」と言って帰る客は後を絶たない。
「でもさー。本当になんで、なくなったんだろ? 材料が手に入らなくなったとか?」
「さあな。そんなに気になるなら、店主に聞いてみれば良いだろ?」
「うーん、そうだなー。とりあえず注文だけ決めて、呼ぶときに聞いてみるかな。翔太は決まった?」
「俺は、ハンバーグドリアとかぼちゃのプリン。悠斗の奢りで」
「親友が、傷心のオレに奢らせようとする……」
明らかにしょんぼりする友人。
これが初めて、いや、片手で数えるほどなら俺も慰めましただろう。だが、
「傷心って、目当てがなかったことか? それとも、一カ月足らずで彼女にフラれたことか? これで何回目だ。八回? いや、九?
大体、バイトの入りまで図書館でレポートをしようと思っていた俺を、『奢るから一緒に行こうぜ!』って引っ張って来たのはおまえだろう、悠斗?」
「そうだけどさー」
「最短記録の六時間に比べたら、持った方なんじゃないのか? 一カ月は」
「やめろ、やめろ! 追い打ちを掛けるんじゃない!」
両手で頭を抱える悠斗を俺はジッと見る。
正直に言って、悠斗の顔は悪くない。
腹立たしいが、イケメンの部類だと思う。身長は俺より高いし、コミュ力も高め。享楽主義者という難点はあれども、俺が素で話せるだけあって性格も悪くない。
ファッションセンスが壊滅ということも、多分ない。
「なんだよ、ジッと見て?」
「別に」
また、カランコロンと来客を知らせる音が鳴る。
視線を逸らすついでに扉に顔を向けると、入店した人物と目があった。たおやかに手を振る女に、俺は頭を下げる。
「知り合いか?」
「バイト先の常連」
ふわりと甘い香りが横切り、にこにこと笑う女が隣のテーブルに腰を掛けた。
「こんにちは。今日は、前とは違うイケメンを連れているのね?」
「こんにちは、美和さん。彼は、友人の」
「相澤悠斗です。初めまして」
俺が紹介する言葉を奪い、格好つけたように悠斗が笑う。
全く、女に弱いやつめ。いや、ある意味紳士なのか?
だが、そこはさすが大人の女。美和は深紅に染まる唇をゆるりと持ち上げて、艶やかに微笑んだ。
*
ハンバーグドリアを食べ終わった俺は水を飲みながら、かぼちゃプリンを待っていた。
店内はやや落ち着きを見せ始めているが、店主一人では到底切り盛り出来ないのだろう。見掛けない顔の、やたら背の高い店員がキビキビと動いている。
おかげで、『さつまいもと栗のタルト』がメニュー表から消えた理由を聞くことは叶わなかった。
「それにしても、『幸せのタルト』がないなんてねぇ。ひなちゃんも食べたがってたのになぁ。残念」
「ひなちゃん?」
「夏に話した女の子だよ。天神と会うきっかけになった」
「ああ!」
悠斗は納得したように、大きくうなずいた。
「そういえば、あのイケメンくんは元気にしてる?」
「天神なら、相変わらずですよ。今は、女子大生の依頼を調査しています」
「へえー。彼氏の浮気調査とか?」
質問がエグい。
ぱっちりとした目を大きくさせる彼女は興味津々と言った表情だ。
「そういうのではないです」
「ふぅん?」
いまいち、納得いってないご様子。俺は話題提供、もとい話題転換のために友人に話を振った。
「そうだ、悠斗。おまえ、高一に冬までは藤枝さんと話していたんだよな?」
「ああ、まあ……うん」
「なんで、話さなくなったんだ?」
十一月半ばの火曜日。
お昼を避けて来たというのに、やや混雑した店内はBGMよりもざわざわとした声が目立つ。もっとも、一際大きな声を上げたのは目の前に座る友人だったわけだが。
「え? ない! ないんだけど、翔太!」
「何が?」
「何って、さっき話した看板メニューに決まってるだろ? ほら、見てみろよ!」
クルンと回転させて、こちらを向くメニュー表。良く整えられた爪の先がデザート一覧を指した。
『かぼちゃのプリン』、『林檎と紅茶のパウンドケーキ』、『バニラアイス』
読むからに美味しそうな文字が踊る。
ページはぐるりと一周、リスや紅葉した木、きのこなどの可愛らしいイラストで囲まれていた。
「ないだろ? 幸運を呼ぶ『さつまいもと栗のタルト』が!」
「あー。たしかに、ないな。文字を消した跡もないし、単純に店を間違えたんじゃないのか?」
「いや、このレトロ・アヴェで間違いないんだよ。大学内で噂になるほど人気だし、メニュー落ちするとも思えないんだけどなー」
「そう言えば、バイト先の常連客も食べたがってたな。別名、『幸運のタルト』だっけ? でも、ただのケーキだろう?」
特にこだわりのない俺がメニュー表をめくるなか、悠斗は「チッチッチ」と人差し指を振った。
「ただのケーキと侮《あなど》るなかれ! これを食べて宝くじに当たった人もいれば、プロポーズが成功した人だっているんだぞ! もちろん、彼氏彼女が出来た人もいる!」
「はあ」
「本当に、翔太はノリが悪いなー」
「別に彼女とか興味ないし、あえて言うなら半年に一回くらい、誰かに肉を驕ってもらえたら嬉しいけど。あとは、奨学金の半額免除申請が通って欲しい。まあでも、それは俺の努力次第だしな」
「……なんか、翔太の願いってさ」
「何だよ」
「いや、地に足が着いてる感じで良いと思うよ、うん」
「おまえは俺の親戚か。大体、彼女なら悠斗だって、ああ、別れたばっかりか」
「親友がオレの心をえぐってくるよー……」
こうして、くだらない話をしている間にも、カランコロンと来客を知らせる柔らかな鐘の音は鳴り続ける。「え、『幸せのタルト』、なくなっちゃなんですか?」と言って帰る客は後を絶たない。
「でもさー。本当になんで、なくなったんだろ? 材料が手に入らなくなったとか?」
「さあな。そんなに気になるなら、店主に聞いてみれば良いだろ?」
「うーん、そうだなー。とりあえず注文だけ決めて、呼ぶときに聞いてみるかな。翔太は決まった?」
「俺は、ハンバーグドリアとかぼちゃのプリン。悠斗の奢りで」
「親友が、傷心のオレに奢らせようとする……」
明らかにしょんぼりする友人。
これが初めて、いや、片手で数えるほどなら俺も慰めましただろう。だが、
「傷心って、目当てがなかったことか? それとも、一カ月足らずで彼女にフラれたことか? これで何回目だ。八回? いや、九?
大体、バイトの入りまで図書館でレポートをしようと思っていた俺を、『奢るから一緒に行こうぜ!』って引っ張って来たのはおまえだろう、悠斗?」
「そうだけどさー」
「最短記録の六時間に比べたら、持った方なんじゃないのか? 一カ月は」
「やめろ、やめろ! 追い打ちを掛けるんじゃない!」
両手で頭を抱える悠斗を俺はジッと見る。
正直に言って、悠斗の顔は悪くない。
腹立たしいが、イケメンの部類だと思う。身長は俺より高いし、コミュ力も高め。享楽主義者という難点はあれども、俺が素で話せるだけあって性格も悪くない。
ファッションセンスが壊滅ということも、多分ない。
「なんだよ、ジッと見て?」
「別に」
また、カランコロンと来客を知らせる音が鳴る。
視線を逸らすついでに扉に顔を向けると、入店した人物と目があった。たおやかに手を振る女に、俺は頭を下げる。
「知り合いか?」
「バイト先の常連」
ふわりと甘い香りが横切り、にこにこと笑う女が隣のテーブルに腰を掛けた。
「こんにちは。今日は、前とは違うイケメンを連れているのね?」
「こんにちは、美和さん。彼は、友人の」
「相澤悠斗です。初めまして」
俺が紹介する言葉を奪い、格好つけたように悠斗が笑う。
全く、女に弱いやつめ。いや、ある意味紳士なのか?
だが、そこはさすが大人の女。美和は深紅に染まる唇をゆるりと持ち上げて、艶やかに微笑んだ。
*
ハンバーグドリアを食べ終わった俺は水を飲みながら、かぼちゃプリンを待っていた。
店内はやや落ち着きを見せ始めているが、店主一人では到底切り盛り出来ないのだろう。見掛けない顔の、やたら背の高い店員がキビキビと動いている。
おかげで、『さつまいもと栗のタルト』がメニュー表から消えた理由を聞くことは叶わなかった。
「それにしても、『幸せのタルト』がないなんてねぇ。ひなちゃんも食べたがってたのになぁ。残念」
「ひなちゃん?」
「夏に話した女の子だよ。天神と会うきっかけになった」
「ああ!」
悠斗は納得したように、大きくうなずいた。
「そういえば、あのイケメンくんは元気にしてる?」
「天神なら、相変わらずですよ。今は、女子大生の依頼を調査しています」
「へえー。彼氏の浮気調査とか?」
質問がエグい。
ぱっちりとした目を大きくさせる彼女は興味津々と言った表情だ。
「そういうのではないです」
「ふぅん?」
いまいち、納得いってないご様子。俺は話題提供、もとい話題転換のために友人に話を振った。
「そうだ、悠斗。おまえ、高一に冬までは藤枝さんと話していたんだよな?」
「ああ、まあ……うん」
「なんで、話さなくなったんだ?」
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