ブラックホールブックス

byte

文字の大きさ
1 / 1
序章

誕生

しおりを挟む
男は苦悩していた。
家賃二万円のおんボロアパートの一室。
畳五畳ほどの真っ暗な部屋に足の低い小さな勉強机、その上に卓上灯が一つ。ボウと光っている。
辺りにはくしゃくしゃの原稿用紙の山と空のカップラーメンや缶ビール散らばっている。
伸ばしっぱなしのボサボサ髪と丸眼鏡をかけた、今にも死にそうな痩けた頬の男は机を挟み壁を向いて苦悩していた。
時折頭をカリカリと掻いてカリカリと惰性で鉛筆を進める日々。
くしゃくしゃくしゃ ポイッ
くしゃくしゃになった原稿用紙が、またひとつ床に転がる。
「良い小説が書けない。」
机に突っ伏した男はごちった。

自らが得意とする想像癖を活かして小説家を志してはみたものの、全く良いものが書けない。
想像と創造とではまるで違う。
評価されない。食べていけない。駄作が積み重なるだけ。
おまけに画力は皆無と言っていい。
仮に画力があるからといって漫画とて容易に描けるものではない。
もはや筆を取ることも億劫である。
何もせずボーっとしていつもの想像、思想にうつつを抜かしていた。

本ってなんなんだ?
本。
それはまだゲームやスマートフォンなどが存在しなかった時代から今日まで人を惹きつける大衆娯楽のひとつ。
または学ぶべき先生であり、教師である。
そして先人の日記とも言える。
頭の中の物語を写す投影物でもある。

ある人は言った。
面白い本は冒頭から面白く、読者をどんどん惹きつけ離さない沼みたいなものと。

そりゃあそうだ。
そこに合う合わないはあるものの、冒頭が面白ければ、読んでくれさえすればあとは技術で読者を惹き込むことは簡単だ。
っと思ってた時期もあったっけ……
確かに、どんなに物語が面白く魅力的な本であれ、読んでくれなければそれはただのでしかない。
最近は電子書籍があるからその限りではないが……

「面白い本か……
人を惹きつける……」
顎に手を当てて、ボソボソと言葉を零す。
ボサボサの髪も相まって非常に不気味だ。

生半可な気持ちで小説家を志したのは間違いだったか……
軽い気持ちで良い文が書けるだろうか?
逆に言えば本気で書けば良いものが書けるのか?
本はその人の人生の一部。
ものには寄るが30代の人が書いた本を読めばその筆者の約30年間が、本人にという。

「本気で……
人を惹きつける……」
要点を声に出して整理する。

「惹きつける
ひきつける
hikitukaru
ヒキツケル
惹きつける?
引き込む
hikikomu
ヒキコム
ひきこむ?……」 
気付くと筆を取っていた。
ひたすら同じ言葉を繰り返しながらガリガリと筆を進める。
幸い鉛筆なら腐るほどある。
ガリガリガリガリガリガリ
ぐぅーというお腹の音を執筆音でかき消す勢いで闇雲に書き殴る。

良い文を書くのには時間が掛かる。
人生経験も必要だ。
自分の中にある知識をフル動員して言葉を紡ぐ。
人生経験はあまり豊かとは言えない。
ならば捧げよう俺の人生そのものを。
腹が減ろうと腕が悲鳴をあげるようとも気にしない。
最期にして、最大の傑作を。
人生そのものをかける。
「かける
賭ける
架ける
駆ける
翔ける
書けるっ!!!」

______________________
_________________
____________
_______
一体どれくらいの月日が流れただろう。
畳五畳ほどの明るいオンボロアパートの一室。
ボサボサ髪の男がうつ伏せに突っ伏している足の低い勉強机。
その上には死にかけの卓上灯がピカピカと点滅していた。
手には鉛筆を握りしめ、ピクリとも動かない男
部屋の中には折れた鉛筆がごろごろごろごろ
プリッツや、ポッキーのような棒状のお菓子をカップラーメンや缶ビール、原稿用紙の屍の上に一箱分ぶちまけたようなザマである。
卓上灯が力尽き、屍になった男の顔の下には生きた原稿用紙が何枚か積み重なっていた。

ここに後に数々の読者を巻き込み恐怖のどん底に叩き落とす呪われし本の原稿が誕生した。
封印指定の危険物。 
その本は決して手に取ってはいけない。
開いてはいけない。読んだら最後、引きずり込まれてしまう。
作者の執念、怨念の塊ともいえる漆黒の本。

名を
【ブラックホールブック】
                                         と呼ぶ。

名前が解るんなら手に取る心配はないと侮るなかれ。
その本はタイトルを変え、表紙を変え、読者の読みたいという欲望を映し出す。
ある時はSF
ある時はファンタジー
ある時は推理小説
果ては官能小説まで……



あなたが何気なく手に取ったその本。

もしや【ブラックホールブック】ではありませんか?
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結】狡い人

ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。 レイラは、狡い。 レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。 双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。 口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。 そこには、人それぞれの『狡さ』があった。 そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。 恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。 2人の違いは、一体なんだったのか?

私の療養中に、婚約者と幼馴染が駆け落ちしました──。

Nao*
恋愛
素適な婚約者と近く結婚する私を病魔が襲った。 彼の為にも早く元気になろうと療養する私だったが、一通の手紙を残し彼と私の幼馴染が揃って姿を消してしまう。 どうやら私、彼と幼馴染に裏切られて居たようです──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。最終回の一部、改正してあります。)

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

私よりも姉を好きになった婚約者

神々廻
恋愛
「エミリー!お前とは婚約破棄し、お前の姉のティアと婚約する事にした!」 「ごめんなさい、エミリー.......私が悪いの、私は昔から家督を継ぐ様に言われて貴方が羨ましかったの。それでっ、私たら貴方の婚約者のアルに恋をしてしまったの.......」 「ティア、君は悪くないよ。今まで辛かったよな。だけど僕が居るからね。エミリーには僕の従兄弟でティアの元婚約者をあげるよ。それで、エミリーがティアの代わりに家督を継いで、僕の従兄と結婚する。なんて素敵なんだろう。ティアは僕のお嫁さんになって、2人で幸せな家庭を築くんだ!」 「まぁ、アルったら。家庭なんてまだ早いわよ!」 このバカップルは何を言っているの?

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...