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約束と修理
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車のエンジンを自分が直そうと忠弥は昴に提案した。
すると昴は再び笑い出した。
「おほほっ、田舎の子供の貴方が最新式の自動車を直すですって。あなた年幾つ」
「もうすぐ十になります」
「じゃあ私と同じね。小学四年生ね。あはは、そんな年齢で扱えるの」
笑われるのも無理はなかった。
二一世紀で言えば小学生が旅客機の整備をやって直すようなものだ。
子供の無邪気な言葉と受け止められても仕方ない。
「いえ、二学年飛び級して六年です」
「……田舎の学力は低いようね」
落第スレスレの成績をやっと取れている昴にとって、忠弥の飛び級は不愉快な話だった。
だから、この小生意気な同年代の男子に屈辱を与えてやろう、と考えて当然失敗するであろう修理をやらせようと昴は思った。
「良いわ、修理させて上げる。直せたら何でも言う事を聞いて上げるわ。でも直せなかったら……貴方私の奴隷になりなさい。もしも壊したら弁償もして貰うわ」
「……本当に?」
忠弥は少女に確認した。
「ええ、この島津昴、あたしは必ず約束を守るわ。だから、あなたも守りなさい。ええと」
「二宮忠弥。村の鍛冶屋の息子だよ」
「いいわ二宮忠弥。出来なかったら必ず奴隷にするから」
出来ないと決めつけて昴は無茶を言った。
もっとも昴は忠弥を本気で奴隷にするつもりは無かった。
奴隷は国の法律で禁止されているし、したとしても人前に出せない。出自も明らかで無い人間を家に入れたら家財を盗まれて出奔されるのがオチだからだ。
直せませんでした、と言ったとき散々嘲笑するのが目的であり、こんな田舎道で立ち往生している間の余興、気晴らしにしようと考えたのだ。
「はい!」
だが忠弥はそんな事など知らず、自分の目的のために奮起し、車に駆け寄ると猛然と作業を始めた。
忠弥が始めたのは点検だった。
ガソリンエンジンを回すには、良い圧縮、良い火花、良い混合気の三点が必要だ。
エンジンを回すにはこの条件が満たされているか確かめなければならない。満たしていない項目があれば、それが故障原因だ。
大学時代、機械に強くなるために自動車屋でアルバイトをしていた時、先輩の整備士さんから教えられた事を思い出しながら忠弥は作業する。
先ほど運転手はプラグを確認していた。プラグを取り出してケーブルを繋ぎ火花が出るか確認していた。
忠弥が見ていてもおかしな点は無く、良い火花が出ていた。
となると残りは良い圧縮か良い混合気だ。
「クランクを回しても良いですか?」
忠弥は運転手に頼んでクランクのレバーを付けて貰う。
思った通り、スターターは無くクランクを人力で回してから点火するタイプだ。
忠弥はクランクレバーが付くと自分で回し始めた。
「直せないから自分で回すの? でも一回転させるだけでも貴方には厳しいようね」
昴の言うとおり、忠弥が回すのは苛酷だ。
ガソリンエンジンはシリンダーの中に混合気、ガソリンと空気の混じった気体をいれて圧縮させ爆発させその膨張で回る。爆発した後の気体は排気され、新たな混合気を入れる。
このシリンダーの中に混合気を入れたあと、圧縮するためにシリンダーバルブが閉じて混合気の逃げ場所を塞ぐ。
すると自転車のタイヤへ空気をパンパンに入れたときのように混合気が圧縮され重くなる。時に逆回転を始めてしまうくらいレバーが重くなる。
だが、忠弥はレバーが重たくなるのタイミングを見ていた。同じタイミングで等間隔に重くなるのは圧縮がある証拠。シリンダー等に異常は無いはずだ。
となると残りは良い混合気となる。
忠弥はエンジンの横にあるキャブレター、ガソリンを噴射する機器に手を伸ばし、エンジンに繋がる配管を外した。
顔を近づけると何も臭わない。
「やっぱり、キャブレターが詰まっているんだ」
何度もクランクを回したのにガソリンが出て来ないのがその証拠だ。それにガソリンのゴミで内部が汚れている。忠弥はキャブレターに繋がる燃料ホースを引き抜く。漏れ出てくるガソリンを見て燃料系統に異常はなくキャブレターが原因だという事を確かめる。
そしてホースを口に咥えてガソリンを吸い込む。
「何をしているの」
昴が思わず声を掛けてきたが気にせず、というよりむせかえる程、強烈なガソリン蒸気の匂いと、口の中に溜まっているガソリンの痺れるような感覚、そして吸い込んだ時、一緒に吸ってしまったガソリン蒸気が肺の中に満たされ吐き出しそうになる衝動を抑えるだけで忠弥は精一杯だった。
そのような不快感を我慢して忠弥はキャブレターの内部に口を向けてガソリンを拭きだした。
青年海外協力隊帰りの先輩整備士さん直伝、アフリカ式キャブレター洗浄術。
碌に分解洗浄出来ないアフリカでは簡単なキャブレターの詰まりならこのやり方で直していたそうだ。
大げさに言うが、やっていることは時代劇で出てくる町医者が怪我に焼酎を吹きかけるのと同じだ。
ただ見た目が派手なので、昴は驚いていたし、ガソリンの蒸気にむせて酔っ払ったような感覚に忠弥は陥った。
「よし、これでいいだろう」
口に残ったガソリンを吐き出し、深呼吸して意識が正常であることを確認してから、忠弥は配管を元に戻した。取り付けた後、異常が無いことを確認すると忠弥はエンジンを回すように運転手に頼んだ。
運転手は半信半疑で子供のままごとに付き合うような感じだったが忠弥がクランクを回すとタイミングを合わせてキーを回してくれた。
ブブブブブオン
初めこそ息切れしたような音を出していたが、やがてガソリンエンジン特有の高い音を響かせて勢いよく回り始めた。
「よしっ!」
エンジンが回り始めたことを忠弥は喜んだ。
故障探求は整備の中でも難しい。
症状から想定される様々な原因を一つずつ潰して行く地道な作業だ。
故障の症状から推測し確認して直す。
大変な作業だが、その分達成したときは非常に嬉しい。
何時も成功するわけではないからより嬉しい。
直せると思わなかった昴と運転手など驚きのあまり、眼を点にして口を半開きにしていた。
そして忠弥は固まったままの昴に言った。
「直したよ。約束を果たして貰うよ」
昴は動揺しながら尋ねた。
「ど、どのような願いなのでしょう」
忠弥は一度大きく深呼吸してから言った。
「君のお父さんに会わせて」
すると昴は再び笑い出した。
「おほほっ、田舎の子供の貴方が最新式の自動車を直すですって。あなた年幾つ」
「もうすぐ十になります」
「じゃあ私と同じね。小学四年生ね。あはは、そんな年齢で扱えるの」
笑われるのも無理はなかった。
二一世紀で言えば小学生が旅客機の整備をやって直すようなものだ。
子供の無邪気な言葉と受け止められても仕方ない。
「いえ、二学年飛び級して六年です」
「……田舎の学力は低いようね」
落第スレスレの成績をやっと取れている昴にとって、忠弥の飛び級は不愉快な話だった。
だから、この小生意気な同年代の男子に屈辱を与えてやろう、と考えて当然失敗するであろう修理をやらせようと昴は思った。
「良いわ、修理させて上げる。直せたら何でも言う事を聞いて上げるわ。でも直せなかったら……貴方私の奴隷になりなさい。もしも壊したら弁償もして貰うわ」
「……本当に?」
忠弥は少女に確認した。
「ええ、この島津昴、あたしは必ず約束を守るわ。だから、あなたも守りなさい。ええと」
「二宮忠弥。村の鍛冶屋の息子だよ」
「いいわ二宮忠弥。出来なかったら必ず奴隷にするから」
出来ないと決めつけて昴は無茶を言った。
もっとも昴は忠弥を本気で奴隷にするつもりは無かった。
奴隷は国の法律で禁止されているし、したとしても人前に出せない。出自も明らかで無い人間を家に入れたら家財を盗まれて出奔されるのがオチだからだ。
直せませんでした、と言ったとき散々嘲笑するのが目的であり、こんな田舎道で立ち往生している間の余興、気晴らしにしようと考えたのだ。
「はい!」
だが忠弥はそんな事など知らず、自分の目的のために奮起し、車に駆け寄ると猛然と作業を始めた。
忠弥が始めたのは点検だった。
ガソリンエンジンを回すには、良い圧縮、良い火花、良い混合気の三点が必要だ。
エンジンを回すにはこの条件が満たされているか確かめなければならない。満たしていない項目があれば、それが故障原因だ。
大学時代、機械に強くなるために自動車屋でアルバイトをしていた時、先輩の整備士さんから教えられた事を思い出しながら忠弥は作業する。
先ほど運転手はプラグを確認していた。プラグを取り出してケーブルを繋ぎ火花が出るか確認していた。
忠弥が見ていてもおかしな点は無く、良い火花が出ていた。
となると残りは良い圧縮か良い混合気だ。
「クランクを回しても良いですか?」
忠弥は運転手に頼んでクランクのレバーを付けて貰う。
思った通り、スターターは無くクランクを人力で回してから点火するタイプだ。
忠弥はクランクレバーが付くと自分で回し始めた。
「直せないから自分で回すの? でも一回転させるだけでも貴方には厳しいようね」
昴の言うとおり、忠弥が回すのは苛酷だ。
ガソリンエンジンはシリンダーの中に混合気、ガソリンと空気の混じった気体をいれて圧縮させ爆発させその膨張で回る。爆発した後の気体は排気され、新たな混合気を入れる。
このシリンダーの中に混合気を入れたあと、圧縮するためにシリンダーバルブが閉じて混合気の逃げ場所を塞ぐ。
すると自転車のタイヤへ空気をパンパンに入れたときのように混合気が圧縮され重くなる。時に逆回転を始めてしまうくらいレバーが重くなる。
だが、忠弥はレバーが重たくなるのタイミングを見ていた。同じタイミングで等間隔に重くなるのは圧縮がある証拠。シリンダー等に異常は無いはずだ。
となると残りは良い混合気となる。
忠弥はエンジンの横にあるキャブレター、ガソリンを噴射する機器に手を伸ばし、エンジンに繋がる配管を外した。
顔を近づけると何も臭わない。
「やっぱり、キャブレターが詰まっているんだ」
何度もクランクを回したのにガソリンが出て来ないのがその証拠だ。それにガソリンのゴミで内部が汚れている。忠弥はキャブレターに繋がる燃料ホースを引き抜く。漏れ出てくるガソリンを見て燃料系統に異常はなくキャブレターが原因だという事を確かめる。
そしてホースを口に咥えてガソリンを吸い込む。
「何をしているの」
昴が思わず声を掛けてきたが気にせず、というよりむせかえる程、強烈なガソリン蒸気の匂いと、口の中に溜まっているガソリンの痺れるような感覚、そして吸い込んだ時、一緒に吸ってしまったガソリン蒸気が肺の中に満たされ吐き出しそうになる衝動を抑えるだけで忠弥は精一杯だった。
そのような不快感を我慢して忠弥はキャブレターの内部に口を向けてガソリンを拭きだした。
青年海外協力隊帰りの先輩整備士さん直伝、アフリカ式キャブレター洗浄術。
碌に分解洗浄出来ないアフリカでは簡単なキャブレターの詰まりならこのやり方で直していたそうだ。
大げさに言うが、やっていることは時代劇で出てくる町医者が怪我に焼酎を吹きかけるのと同じだ。
ただ見た目が派手なので、昴は驚いていたし、ガソリンの蒸気にむせて酔っ払ったような感覚に忠弥は陥った。
「よし、これでいいだろう」
口に残ったガソリンを吐き出し、深呼吸して意識が正常であることを確認してから、忠弥は配管を元に戻した。取り付けた後、異常が無いことを確認すると忠弥はエンジンを回すように運転手に頼んだ。
運転手は半信半疑で子供のままごとに付き合うような感じだったが忠弥がクランクを回すとタイミングを合わせてキーを回してくれた。
ブブブブブオン
初めこそ息切れしたような音を出していたが、やがてガソリンエンジン特有の高い音を響かせて勢いよく回り始めた。
「よしっ!」
エンジンが回り始めたことを忠弥は喜んだ。
故障探求は整備の中でも難しい。
症状から想定される様々な原因を一つずつ潰して行く地道な作業だ。
故障の症状から推測し確認して直す。
大変な作業だが、その分達成したときは非常に嬉しい。
何時も成功するわけではないからより嬉しい。
直せると思わなかった昴と運転手など驚きのあまり、眼を点にして口を半開きにしていた。
そして忠弥は固まったままの昴に言った。
「直したよ。約束を果たして貰うよ」
昴は動揺しながら尋ねた。
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