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機体の構造

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 たわみ翼とはライトフライヤーでも採用された翼をねじって機体を制御する方式だ。
 段ボール箱の左右の端を持ってそれぞれ反対方向へ曲げると段ボールが歪む。それを応用して翼の面をを右か左に曲げて風を受ける方向を変え、操縦するものだ。
 フライングライナーは二枚の垂直尾翼に使用している。
 確かにこれなら上手く制御できるだろう。

「しかし、体重移動の支援に付けているだけでしょう」

 ダーク氏の説明を聞いて機体の構造を見た忠弥は指摘する。

「体重移動で機体を制御する方式なのでは?」

 体重移動方式は、パイロット自身が座る位置を変えることで飛行機の重心の位置を変えて、飛行機の姿勢を制御する方式だった。
 特に動かす機構がないため簡単だが、重心を移動するために操縦者は位置をずらす必要があった。

「体重移動は大した事はない、たわみ翼だけで機体を制御すれば、操縦であり飛行であるとよいと言いたげだな」

 ダーク氏は忠弥の言葉尻を捉え自分の主張を説き始める。

「後から私の、たわみ翼だけを真似して飛行機を作り上げ、操縦しましたとでも言うのか」

「残念ながら、ダーク氏のフライングランナーと私の玉虫は機構が違います。翼全体を撓ませる、たわみ翼ではなく、翼の一部を動かす動翼です。これで上昇、下降、旋回を可能にしています」

「なに?」

 忠弥の言葉にダーク氏は眉を吊り上げ睨み付ける。しかし、忠弥は淡々と説明を始めた。

「翼の一部を分離し動かせるようにしてあります。大部分の翼は動かず、これで揚力と安定性を確保しています。そして動く部分で機体を制御し操縦性を確保しています」

 忠弥も玉虫の操縦席に移動して操縦桿を操作して見せた。操縦桿とフットレバーを動かすとエルロンが動いてみせる。

「このように体重移動せずにレバー操作だけで簡単に操縦できます」

「ふん、少し改良した程度で私のフライングランナーが世界で初めて飛行したことに変わりは無い」

「ですが操縦できないでしょう」

「バカを言うな! キチンと操縦できたぞ」

「しかし、旋回できなかったはずですよ。旋回どころか針路変更さえ不可能です」

「……どういう意味だ」

 忠弥の指摘にダーク氏は冷や汗が流れた。

「その機体、旋回しようとすると横滑り、機体の軸が進路上からズレたまま元の進路を進む現象を起こしますよね。それでは飛行は出来ませんよ」

 垂直尾翼をねじり機首を左右に向けるだけでは飛行機は旋回しない。
 ダーク氏はフライングライナーを模型飛行機、まっすぐ飛ぶことを前提にした機体を目指していたようで、殆ど操縦性、いや操縦するという発想がなかった。
 そのため安定性が高すぎるためか、機体が横滑りするだけで元の針路と機首がズレたまま、元の針路を横歩きするように進んでいくだけだ。
 旋回するには、機体を旋回方向へ少し傾ける必要があるのだ。
 初飛行の時、機体をロール、左右に傾けさせずさに旋回しようとして横滑りさせてしまったことを忠弥は思い出しながら尋ねた。

「何が言いたい?」

「機体制御が上下と左右だけです。機体をロール、首尾線を軸にして回転させる機構が無い」

 ダーク氏の操作と翼の動きから忠弥はロール方向への操作が行えないことを看破していた。

「何故、機体の傾きにこだわる。機体を傾けさせれば機体が横転して墜落するでは無いか」

 横転することで、揚力を失い墜落する事故はグライダーから度々起きており、航空研究家達は機体が横転することを防ぐ事に集中していた。
 そのため、自ら横転を行い制御するという考えに多くの先人達が思い至らず、横滑りを解決できずにいた。
 ダーク氏もその一人で横滑りを解決せずに飛行実験を行っていた。

「私の場合は、制御可能な範囲で操縦します。そして旋回するにはロール、機体の傾きが必要なのです」

「馬鹿馬鹿しい」

 ダーク氏は更に言う。

「第一君の飛行にも疑問がある。君の機体のエンジンはやたらと小さいではないか。それで飛べるのかね。私のエンジンはクランク軸の周辺に気筒を円周上に配置した特別製だ。これで軽量ながら大出力を出せる」

 航空エンジンでよく使われる星形エンジンだった。クランクの周りに気筒を配置する事でエンジンが短いわりに大出力を出せる。
 忠弥も作りたかったが、製作技術が無く短時間で実用化するために車のエンジンを応用した直列四気筒で代用していた。

「ええ、私の玉虫が非力なのは認めましょう。ですが飛行することは可能です」

「本当かね、この目で見てみないことには信じられん」

「では明後日実際に飛ばして証明して見せしましょう」

「よろしい、私も飛ばして証明しよう」

 こうして二人の実演飛行が決まった。

「……えー、では、明後日、それぞれの機体を飛ばすと言うことで」

 途中から司会を無視して二人で討論し続けたため、置き石になっていたアナウンサーが確認するように言って、討論は終了した。



「本当に飛ばすの」

 会場で忠弥を見ていた寧音は驚いていた。
 一見すると子供が大人に屁理屈を言っているように見える。
 しかし、忠弥の言葉は非常に理路整然としていて、説得力のある物だった。
 自分のしたことを決して疑っていない、自信に満ちあふれていて、自分より何倍も長く生きている大人を相手に一歩も退いていない。

「どうしてそこまで出来るの」

 寧音は自分と、自分の祖父の関係を思い出した。
 開国以来、幾多の修羅場をくぐり抜け、苦しい時期を超えてきた祖父を前に寧音は強く言えない。
 祖父の能力とそれを元に打ち立てた偉業を超える事など出来ないからだ。
 だから唯々諾々と従ってしまう。その偉業に対して経緯を抱いていることもあるが、間違っていると思った言動があっても強く言えない。せいぜい疑問を尋ねるくらいだ。
 だが、忠弥は違った。
 自分が間違っていると思ったことは、遠慮無くぶつけるし、正しいと思ったことは決して曲げない。
 自分の祖父のような年齢の大人に対して、寧音と同い年の少年が真っ向から討論し、一歩も退いていないことが驚きだった。
 討論は中止になったが、後日、実際に飛ばして確認する事になった。
 その日の事を考えると寧音は胸が熱くなった。
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