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皇国への凱旋

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「ふわあ、凄い人達だったな」

 皇都の島津の屋敷に戻った二宮忠弥は居間のソファーに倒れ込んだ。
 このとき一二歳。
 少年と言って良い男の子だが、実は二一世紀の日本から転生してきたパイロット志望の青年だった。
 しかし、二〇二〇年に荒れ狂ったパンデミックのため航空業界就職の道を断たれた
 その心労で自らも病気に罹ってしまい、そのまま若くして亡くなった。
 そして新たな世界で二宮忠弥に生まれ変わる。
 飛行機のない世界だったが、無ければ作り出そう、と考えた忠弥は飛行機を作り出し、人類初の有人動力飛行を成功させた。

「仕方ないわよ。貴方は英雄なんだから」

 同い年の島津昴が忠弥を気遣う。
 おてんばで高飛車なお嬢様だが、忠弥のことを甲斐甲斐しく世話を焼いている。
 無理もなかった。
 忠弥は誰も成し遂げたことのない大洋横断飛行を成功させたのだ。
 皇国からラスコー共和国の首都パリシイまで二〇〇〇キロ以上の距離を同乗者である相原海軍大尉と共に飛行し成功させた。
 人類初の有人動力飛行といっても島国で起きたことだったため世界の人々の関心は低かった。
 しかし、自ら作り上げた飛行機を操って大洋を飛んで降り立ったことで忠弥の偉業は全世界に広まった。
 着陸地ラスコー共和国のみならず、旧大陸諸国で大々的に報道された。
 一躍世界的な有名人となった忠弥は各国から招待を受け応じた。
 横断に成功した士魂号と共に各国を訪問し、各地で大歓迎を受けた。
 一通り周り終えると皇国へ帰るが、すでに新聞で報道されており、各国での歓迎の事も書かれていて船から下りた瞬間から忠弥は大歓迎を受けた。
 皇国開闢以来の大英雄とまでもてはやされ、皇都の大通りを凱旋パレードするほどまでだった。

「そう、君は英雄だよ」

 昴の父親である島津義彦が気遣うようにいった。

「凱旋パレードなんて最初から計画していたことでしょう」
「そうとも言うね」

 悪びれずに義彦は認めた。
 一代で作り上げた島津財閥を率いる若き立志伝中の人物であり、それだけでも歴史に名を残しただろう。
 だが昭弥と出会い人類初の有人動力飛行という夢に感銘を受け、その夢に賭けた。
 結果は大当たり。
 初飛行どころか、その手前から島津は大いに発展した。
 原付バイクの生産で資金獲得とまねして生産した他社と技術協力を引き出し、技術者を確保。
 そのまま人類初の有人動力飛行を実現した。
 その功績を元に国政へ打って出ていき、忠弥の作ったラジオで演説して民衆の支持を得て他の候補者達と共に当選し国会に政党を作り上げ、若き政治家としても売り出している。
 今回の大洋横断飛行も大いに宣伝に使っており、今回の忠弥の名声もあって世界的な政治家になろうとしていた。
 凱旋帰国パレードも義彦が手を回して行ったことであり、自分の政党への支持をより強固にするために関係各所に手を伸ばして忠弥の帰国前から準備していた。

「明日は皇都上空で凱旋飛行だ」
「人使い荒いな」
「本当に酷い扱いです。私の家で休みませんか」

 日本人形のような長い髪を持つ少女が忠弥を労った。

「……一寸、なんで寧音が私の家にいるのよ」
「忠弥さんを介抱するためです」

 凛とした態度で岩菱寧音は昴に言った。
 皇国で一番大きな岩菱財閥総帥のただ一人の孫娘であり、新興とは言え勢いのある島津とは遅かれ早かれ競争をすることになるだろう存在だ。
 そのため、岩菱は最初、島津の航空事業を潰すあるいは、奪おうと画策した。
 しかし、義彦が皇国が手に入れた唯一の世界最先端の技術である航空技術を潰すことは出来ないと岩菱に技術の無償供与を約束。
 両者は協力し、忠弥の大洋飛行を支えた。
 そして供与を受けるために忠弥の側にやってきたのが寧音だった。

「新参者が勝手なまねをしないでよね」
「小さな島津では、十分に忠弥さんの力になれそうにはなさそうだけど」
「忠弥は私たちが最初に力を貸したのよ!」

 思いっきり大声で昴は叫ぶ。
 最初は物珍しさでやってきたおかしな田舎者と思っていたことなどすっかり忘れて強く忠弥の所有権を主張している。
 それが昴の強さでもあった。

「二人とも静かに」

 ソファーに寝ていた忠弥は起き上がり二人をなだめる。

「疲れていることは確かだけど、明日の凱旋飛行は行うよ」
「大丈夫なの?」
「帰国したばかりでしょう」
「ここが宣伝の踏ん張りどころです」

  疲れた体を押して忠弥は言う。

「飛行機が大洋を横断できることを示した今、皆さんに飛行機の姿を焼き付けて支持を集めないと。熱狂ではなく飛行機が人々の役に立つことを、遠くまで行けることを目に焼き付けて貰わないと」
「ですが、今でなくても」
「宣伝には好機というものがあります。成功して各国を回り、凱旋した上で帰国して再び空を駆け巡れば人々はずっと記憶してくれますよ」

 皇国は開国して間もなく外国の優れた技術に憧憬を抱いていた。
 同時に皇国が遅れているという劣等感を抱いていた。
 しかし、今回の忠弥の大洋横断により外国でさえ成し遂げていないことを、逸れも遅れているとされた技術の分野で凌駕した事を証明した。
 それも外国が忠弥を招きパレードを行うという厚遇をするほどの偉業を。
 人々の熱狂を目に焼き付けるためにも凱旋飛行を行いより強固にしようと忠弥は考えていた。

「明日のためにゆっくりと休みましょう」


 翌日、忠弥は予定通り皇都の空を飛んだ。
 忠弥の士魂号だけでなく、飛行協会の普及型枢機も一緒に飛び立ち、先触れと伴走機として皇都上空を駆け巡った。
 多数の航空機が編隊を組んで飛ぶのは史上初めてであり、多くの人々が空を見上げた。
 そして皇都中心近くの広い屋敷で一人の少女が人々と同じように空を見上げていた。
 他の人々と違ったのは、彼女の身分と情熱だった。
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