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第一部 日露開戦編
技術と人材
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平賀造船大技士は呉海軍工廠の造船部部員だが頼み込んで派遣して貰った新進気鋭の若手技術士官だ。
海軍に入りたかったが、視力が低く不合格となり東京帝国大学工科大学造船学科へ給付金が付く海軍造船学生として入学し首席で卒業した。鯉之助とは訳あって英国出張に同行して貰った、有望な二七歳の青年だ。
「パーソンズの蒸気タービンも宮原缶も扱いやすいです。重油專焼缶のためバルブ操作だけで出力を調整できます」
「パーソンズが聞いたら喜ぶよ」
一緒に蒸気タービンを開発した仲間を褒められ鯉之助は嬉しかった。
放蕩貴族の道楽とされた蒸気タービンにメタ知識を元に投資して実用化を早めた甲斐があったという物だ。
宮原缶も海軍の宮原機関大監に依頼し開発費を出して作り上げた水管式の大型ボイラーであり、円筒式ボイラーより効率も発生させる蒸気の量も多い。
しかも重油専焼缶にしたので、操作も容易だし、燃料搭載が簡単だ。
石炭だと固形物で大きな空間が必要だし積み過ぎて自燃――石炭の重みで圧縮され自然発火の危険があり、石炭搭載艦の問題の一つだ。
だが、石油なら発火の可能性は少ないし、船の隙間のような空間に積み込めるので積載量が増えるし空間を有効活用できる。
それに、船体に沿って配置すれば防御隔壁の代わりになる。
装甲板のように弾を防ぐ事は出来ないが石油の層が爆発の威力を減衰させて被害を抑えてくれる。
一〇〇〇トンクラスとはいえ大きさが小さい駆逐艦には有効な防御法だった。
「頼むぞ、海戦は艦の足で勝敗が決まる。途中で止まらないように見ていてくれ」
「了解!」
返事が聞こえると、鯉之助は伝声管から離れて傍らにいた艦長に尋ねる。
「後方の駆逐隊はどうだ?」
「はい、第一二駆逐隊は付いてきております長官」
見張りの報告に安堵すると共に当然という気持ちが鯉之助の中に湧いてくる。
第一二駆逐隊の指揮を任せている中島明日花なら自分を罵倒しつつも付いてきてくれる。それぐらいの腕は期待して良い。
今日は荒れてはいないが寒い日だ。敵と戦う前に凍えてしまわないか心配だった。
この状況下で付いてきてくれるのは十分彼等が能力があるからだ。
日本を離れて半島の沖合を航行してきただけのことはある。
だが同時に鯉之助は長官という言葉がこそばゆかった。
三〇代後半で正規軍ではないとはいえ中将で長官というのは若すぎるように思える。
親の七光りで昇進すると色々と気苦労が出る。
手元を見ると自分の肌、少し黒い茶の混じった色を見て再び安息する。
半分しか日本人の血が流れていないため、日本人の部下を納得させることが出来るだろうか、と長官として気になる。
もっともこの艦の半分近くは日本以外で生まれた水兵によって運用されてる。
親には散々苦労させられたお陰で、無茶ぶりで翻弄される苦労をしているだけに鯉之助は役得――上官が部下を酷使するという不条理を使う気にもなれなかった。
だから、不安を鯉之助は自身の内側に収めるしかなかった。
「しかし、本艦に乗艦していて宜しいのですか? <すかい>に乗艦なされた方が指揮を取りやすいのでは?」
綾波艦長が尋ねてきた。
「海戦と同時に最前線に最初に突入するのが駆逐隊だ。開戦劈頭の奇襲では最前線で指揮を執った方がやりやすい。何より最重要目標を撃破しなければ成らないからな」
「はい」
鯉之助の言葉に黒色の第一種軍装を身につけた艦長は力強く同意した。
すらっとした細身に濃紺の制服がよく似合う。
ただ、胸の部分が強調されてしまうのは如何なものかと思う。
樺太の開拓地でロシアの開拓民に襲われた時、男子は勿論、女子供も負傷者の治療、食事の用意は勿論、消火、弾込め、時に発砲さえした経験から戦いは男性のみという考えは鯉之助にはない。
むしろ女性の方が優れているところがある。
それに優秀な男子はどうしても明治政府へ行ってしまう。
伊庭さんの親戚の金田君も海軍兵学校へ行ってしまった。海軍に依頼して<すかい>に派遣して貰っているが、今後も居てくれるわけではない。
なのでどうしても残った女子から採用する必要が出てくる。
それでも女性を意識すると男性の部分が疼いてしまう。
部下に欲情して帆を立てるなんてして、威厳を損ねないようにするのが大変だ。
かといって女性を遠ざける事もできない。
部下の半数近くが女性だし、すでに開戦は目の前だ。
佐世保で大海令第一号が下された以上、最早こちらは後戻りできない。
だから、やせ我慢して威厳があるように鯉之助は言う。
「決まったからにはやりきるしかない。向こうから攻撃されるかもしれないから。注意しろ」
宣戦布告は為されていないが、最後通牒が手交されている。
宣戦布告と同義であり武力行使が行われても文句は言えない。だが向こうからの攻撃も正当化される状況であり、向こうから攻撃されても仕方ない。
事実上既に戦時下だった。
「望む所です。万が一攻撃されても円島は弟様が確保しております。無事に戻れますよ。戦果を上げれば祝勝会を開いてくれますよ」
「黒金剛がしてくれるかな」
自分で口にしたがあり得ると思った。
父親の遺伝のせいか、やたらと感極まりやすく、涙もろい従兄弟の事を鯉之助は思い出す。
確かに彼等なら兄と慕う自分が戦果を上げて帰還したとしたら配下の兵員一万を儀仗兵として整列させ祝砲を以て向かえかねない。
これから大仕事が待っているのに、わざわざやりかねない。
「それも攻撃を成功させてからの話だ。敵が何処にいるか確証もないからな。油断するな。何が起きるか判らないからな」
「はい」
「長官、時間です」
「おう」
沙織の言葉に鯉之助は応えた。
時刻は〇〇〇〇。
日付が変わった。
「戦闘用意! 作戦通り帝国海軍駆逐隊の襲撃の後、我々も攻撃する。最大戦速即時待機!」
「了解! 最大戦速即時待機」
宮原式ボイラーへ重油が注ぎ込まれ火力が増し、蒸気を作り出す。
圧力が高まり、いつでも最大戦速が出せる状態になる。
「最大戦速即時待機完成!」
「総員配置につきました。いつでも行けます」
「よし戦闘旗開け!」
鯉之助が命じると、メインマストに紐で縛られた状態の旗が開かれ白地に両端が赤い二曳きと呼ばれる海援隊旗が翻った。
「海援隊所属第一義勇艦隊第一一駆逐隊及び第一二駆逐隊! 坂本総帥の命令、帝国海軍への従軍支援命令に基づき、旅順攻撃を敢行する。全艦我に続け!」
第一義雄艦隊司令長官才谷鯉之助海援隊中将は命令を下し、艦隊は旅順に向かって突撃していった。
海軍に入りたかったが、視力が低く不合格となり東京帝国大学工科大学造船学科へ給付金が付く海軍造船学生として入学し首席で卒業した。鯉之助とは訳あって英国出張に同行して貰った、有望な二七歳の青年だ。
「パーソンズの蒸気タービンも宮原缶も扱いやすいです。重油專焼缶のためバルブ操作だけで出力を調整できます」
「パーソンズが聞いたら喜ぶよ」
一緒に蒸気タービンを開発した仲間を褒められ鯉之助は嬉しかった。
放蕩貴族の道楽とされた蒸気タービンにメタ知識を元に投資して実用化を早めた甲斐があったという物だ。
宮原缶も海軍の宮原機関大監に依頼し開発費を出して作り上げた水管式の大型ボイラーであり、円筒式ボイラーより効率も発生させる蒸気の量も多い。
しかも重油専焼缶にしたので、操作も容易だし、燃料搭載が簡単だ。
石炭だと固形物で大きな空間が必要だし積み過ぎて自燃――石炭の重みで圧縮され自然発火の危険があり、石炭搭載艦の問題の一つだ。
だが、石油なら発火の可能性は少ないし、船の隙間のような空間に積み込めるので積載量が増えるし空間を有効活用できる。
それに、船体に沿って配置すれば防御隔壁の代わりになる。
装甲板のように弾を防ぐ事は出来ないが石油の層が爆発の威力を減衰させて被害を抑えてくれる。
一〇〇〇トンクラスとはいえ大きさが小さい駆逐艦には有効な防御法だった。
「頼むぞ、海戦は艦の足で勝敗が決まる。途中で止まらないように見ていてくれ」
「了解!」
返事が聞こえると、鯉之助は伝声管から離れて傍らにいた艦長に尋ねる。
「後方の駆逐隊はどうだ?」
「はい、第一二駆逐隊は付いてきております長官」
見張りの報告に安堵すると共に当然という気持ちが鯉之助の中に湧いてくる。
第一二駆逐隊の指揮を任せている中島明日花なら自分を罵倒しつつも付いてきてくれる。それぐらいの腕は期待して良い。
今日は荒れてはいないが寒い日だ。敵と戦う前に凍えてしまわないか心配だった。
この状況下で付いてきてくれるのは十分彼等が能力があるからだ。
日本を離れて半島の沖合を航行してきただけのことはある。
だが同時に鯉之助は長官という言葉がこそばゆかった。
三〇代後半で正規軍ではないとはいえ中将で長官というのは若すぎるように思える。
親の七光りで昇進すると色々と気苦労が出る。
手元を見ると自分の肌、少し黒い茶の混じった色を見て再び安息する。
半分しか日本人の血が流れていないため、日本人の部下を納得させることが出来るだろうか、と長官として気になる。
もっともこの艦の半分近くは日本以外で生まれた水兵によって運用されてる。
親には散々苦労させられたお陰で、無茶ぶりで翻弄される苦労をしているだけに鯉之助は役得――上官が部下を酷使するという不条理を使う気にもなれなかった。
だから、不安を鯉之助は自身の内側に収めるしかなかった。
「しかし、本艦に乗艦していて宜しいのですか? <すかい>に乗艦なされた方が指揮を取りやすいのでは?」
綾波艦長が尋ねてきた。
「海戦と同時に最前線に最初に突入するのが駆逐隊だ。開戦劈頭の奇襲では最前線で指揮を執った方がやりやすい。何より最重要目標を撃破しなければ成らないからな」
「はい」
鯉之助の言葉に黒色の第一種軍装を身につけた艦長は力強く同意した。
すらっとした細身に濃紺の制服がよく似合う。
ただ、胸の部分が強調されてしまうのは如何なものかと思う。
樺太の開拓地でロシアの開拓民に襲われた時、男子は勿論、女子供も負傷者の治療、食事の用意は勿論、消火、弾込め、時に発砲さえした経験から戦いは男性のみという考えは鯉之助にはない。
むしろ女性の方が優れているところがある。
それに優秀な男子はどうしても明治政府へ行ってしまう。
伊庭さんの親戚の金田君も海軍兵学校へ行ってしまった。海軍に依頼して<すかい>に派遣して貰っているが、今後も居てくれるわけではない。
なのでどうしても残った女子から採用する必要が出てくる。
それでも女性を意識すると男性の部分が疼いてしまう。
部下に欲情して帆を立てるなんてして、威厳を損ねないようにするのが大変だ。
かといって女性を遠ざける事もできない。
部下の半数近くが女性だし、すでに開戦は目の前だ。
佐世保で大海令第一号が下された以上、最早こちらは後戻りできない。
だから、やせ我慢して威厳があるように鯉之助は言う。
「決まったからにはやりきるしかない。向こうから攻撃されるかもしれないから。注意しろ」
宣戦布告は為されていないが、最後通牒が手交されている。
宣戦布告と同義であり武力行使が行われても文句は言えない。だが向こうからの攻撃も正当化される状況であり、向こうから攻撃されても仕方ない。
事実上既に戦時下だった。
「望む所です。万が一攻撃されても円島は弟様が確保しております。無事に戻れますよ。戦果を上げれば祝勝会を開いてくれますよ」
「黒金剛がしてくれるかな」
自分で口にしたがあり得ると思った。
父親の遺伝のせいか、やたらと感極まりやすく、涙もろい従兄弟の事を鯉之助は思い出す。
確かに彼等なら兄と慕う自分が戦果を上げて帰還したとしたら配下の兵員一万を儀仗兵として整列させ祝砲を以て向かえかねない。
これから大仕事が待っているのに、わざわざやりかねない。
「それも攻撃を成功させてからの話だ。敵が何処にいるか確証もないからな。油断するな。何が起きるか判らないからな」
「はい」
「長官、時間です」
「おう」
沙織の言葉に鯉之助は応えた。
時刻は〇〇〇〇。
日付が変わった。
「戦闘用意! 作戦通り帝国海軍駆逐隊の襲撃の後、我々も攻撃する。最大戦速即時待機!」
「了解! 最大戦速即時待機」
宮原式ボイラーへ重油が注ぎ込まれ火力が増し、蒸気を作り出す。
圧力が高まり、いつでも最大戦速が出せる状態になる。
「最大戦速即時待機完成!」
「総員配置につきました。いつでも行けます」
「よし戦闘旗開け!」
鯉之助が命じると、メインマストに紐で縛られた状態の旗が開かれ白地に両端が赤い二曳きと呼ばれる海援隊旗が翻った。
「海援隊所属第一義勇艦隊第一一駆逐隊及び第一二駆逐隊! 坂本総帥の命令、帝国海軍への従軍支援命令に基づき、旅順攻撃を敢行する。全艦我に続け!」
第一義雄艦隊司令長官才谷鯉之助海援隊中将は命令を下し、艦隊は旅順に向かって突撃していった。
応援ありがとうございます!
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