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プロローグ
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「また敗れたか」
猿の腰掛――長官席に座った男は呟いた。
肩に星を付けている――提督であるが、自分が本当に猿の腰掛に座る猿だったらどんなに良かったことか考えてしまう。
艦橋内を見渡せるよう一際高く設けられた長官席の事を昔の誰かが洒落で付けたのだろうが言い得て妙だ。
本来ならこんな思考などすべきではない、先ほどの呟きなど言語道断だ。
だが目の前の光景を見ると、嘆くしかない。
回避行動中のため、艦は右へ左へ大きく曲がる。七万トン近い巨艦のため横揺れは少ないが、曲がるときの遠心力はどうしようもない。
爆発音が横で響く。
飛行甲板の後方で爆発したらしいが問題無い。
この艦は五〇番――五〇〇キロ爆弾程度などものともしない。張られた装甲板ではじき返せる。寧ろ当てて貰いたい。
本艦には効かなくても駆逐艦程度では当たり所が悪ければ一発で轟沈してしまう。
味方に当たって沈んでしまうより、敵には本艦に通用しない無意味な攻撃を仕掛けて無駄玉を放って貰いたい。
魚雷も元は四本が同時に命中しても戦闘可能なように作られた大和型戦艦そのままの船体はびくともしない。
多少の浸水さえ対応出来れば沈まない。
他の空母も同様だ。対米関係の悪化と米海軍の増強に対応して繰り上げられた④計画で二隻同時に起工された大鳳級二隻は翔鶴級に五〇〇キロ爆弾に耐えられる装甲板を施した設計のため、米軍機の爆弾を浴びても大丈夫だ。
しかし、両艦とも回避運動中。
空を飛ぶのは米軍の飛行機だけだ。
護衛艦艇の放つ対空砲火の中に味方戦闘機が入ってこられないから当然だが、本来なら輪形陣の外側で撃墜され、内側でも護衛艦艇が撃墜し空母に被害は出ないはずだ。
だが残念な事に、対空砲火は貧弱だ。
本来大和型戦艦の対空直衛艦として世界でも稀に見る防空巡洋艦綾瀬級が放つ一二基の一〇サンチ連装高角砲でも対応出来ない。
八隻の秋月型および満月型防空駆逐艦が盛んに対空砲火を上げるが、米軍機の猛攻を前に十分な威力を発揮してはいない。
それでも目の前の第一部隊あるいは近くの第五部隊に空襲が集中するのなら良い。そうなるように長官席に座る男は仕向けた。
だが現状は非情であった。
目の前の各艦は空襲を受けながらも尚対空砲火を盛んに上げている。戦闘意欲は旺盛だ。だが今の戦いは日本海海戦のように目の前で行われていることが全てではない。
「長官、他の部隊から報告が上がりました」
コクサ――航空甲参謀で航空作戦を立案補佐する幕僚が報告に来た。
「各部隊の状況は?」
「我が第一部隊は空母に多数の被弾がありました。魚雷を避けるため爆弾を受けざるを得ませんでしたがいずれも五〇番で甲板を貫通したものはありません。非装甲区画はやられましたが発着艦に支障なし。第二部隊は翔鶴と加賀がやられ発着艦不能。空中退避後で空の格納庫だったため誘爆の恐れは無く沈みはしないでしょう。瑞鶴は無傷です。第三部隊は飛龍が集中攻撃を食らって大破炎上中。沈没は不可避で総員退艦が発せられました。雲龍は爆弾を一発受けて発着艦不能。天城は無事です。第四部隊は後方にいたため被害無し。第五部隊は敵機が我々第一部隊に向かったため空襲を受けていません」
「航空機は?」
長官席の男は尋ねた。
今の戦いは航空機の数が、出撃出来る航空機の数が勝敗を決める。
「機動艦隊全体で稼働機は半数の五〇〇でしょう。稼働機の報告は現時点で二〇〇程度。速報ですからもう少し上がりますが、戦闘機を中心に三〇〇程。マリアナの陸上に下りた機も含めても五〇〇はいかないでしょう」
「一航艦は?」
マリアナ諸島、サイパン、テニアン、グアムに点在する航空基地に展開した基地航空部隊の状況、いや作戦可能かどうか尋ねた。
通信できないため、現状を推測するしかないが、コクサはその能力に長けている。
「我々より酷いでしょう。一航艦は定数二〇〇〇機を数えますが、空襲と攻撃、そしてアスリート飛行場占領によって機材と能力の多くを失っています。稼働機は我々が下ろした艦載機を含めて一〇〇〇機でしょうか。我々の残存機は両艦隊合わせて一三〇〇機です」
淡々と報告するコクサは佐久田という海軍大佐の男だが、目に生気が無い死んだような目をしている。
艦橋内の幾人かが目の前の光景を見て同じような目をしているが、彼は七年ほど前からそんな目をしている。
海大の図演と卒業論文が海軍内で物議を醸し、卒業と同時に上海事変の最前線へ配属された。
以来中国大陸の前線で真珠湾の直前まで戦い、このような目になってしまった。
中国で泥沼のような戦闘に従事させられて諦観を抱いている。
その原因の一つが自分の無謀な重慶爆撃命令――宣伝効果、示威行為を目的に戦闘機無しで中国国民党の首都重慶を爆撃させたため、防御力が殆ど無い九六陸攻が国民党戦闘機の餌食になった。その陸攻は当時彼が参謀として着任していた第一空襲部隊の飛行機であり、自分の部下だった。
そのため部下から人殺しと呼ばれていたが気にしなかった。
むしろ闘志の無さを叱責した。その傍らでこの佐久田は内地で試験飛行中の一二試艦戦を呼び寄せ、護衛に付けた。
試験飛行中で初期故障だらけの機体が十全に機能を発揮出来るよう整備を整え、実験飛行の手配までした。出撃しないことに自分が激怒しても佐久田は、淡々と準備を進め、四度目の出撃で二七機撃墜の大戦果を上げた。
それでも佐久田は成果を自慢すること無く淡々と参謀の職を続けた。
自分はその後二航戦司令官として転属したが、佐久田は開戦直前の一〇月に南遣艦隊司令長官に任命され今はサイパンで一航艦を率いる小沢中将の引き抜きまで中国で戦い続けた。
もし佐久田が水兵で男が下士官なら海軍式の制裁を行うところだ。
だが参謀と長官であればそうも行かない。
まして規律、規則、やる気ではどうしようもないこと、正確な現状把握と対応策を迅速に纏め実行する事にかけては佐久田が一番優れており、今求められている能力だ。
闘将と言われる山口多聞だが、駐米武官時代アメリカ国内にに諜報網を作り上げた知将だ。
FBIのフーバーによって諜報網は開戦前に壊滅したが情報の重要性はよく知っている。
そしてその活用の仕方も心得ていた。
「戦闘可能か?」
「フィリピンの予備機を第四部隊経由で呼び寄せることが出来ますが明後日以降、早くても明日の昼です。問題なのは空母が少ない事です。出撃出来る機数は二五〇機前後、三〇〇は超しません」
二年ほど前日本海軍が取り入れた二直制により機動艦隊は総計一千機を搭載可能な空母群と二千機の航空機を保有している。
艦載機である二千機を二つに分けて一方が艦隊に居るとき、もう一方は補充と訓練を行う方法だが、機材と人員を大量に必要とする。三年前の開戦決定と同時に総動員を駆けなければ達成出来なかった数字だ。
だが、航空機を乗せ発艦させる空母が足りない。
第一機動艦隊四個部隊四三二機の航空機を叩き付けることでようやくアメリカの空母群一つを壊滅させる事が出来る。
今残っている空母から飛ばせる飛行機は二五〇機程度。
多数の迎撃機を上げた敵機動部隊の前には、攻撃隊など敵空母の遥か手前で撃墜されて終わりだろう。
航空戦は機数を集める事が肝心。
機体を全て一時にどれだけ投入出来るかで勝敗は決まる。
一千機の航空機があっても、発進能力が一〇〇機しかなければ、一〇〇機の集団一〇個がそれぞれ各個撃破されるだけ。
一時に何機出せるか、最大限で何機出せるかが重要だ。
「一航艦の発進能力は?」
「そちらも空襲で滑走路をやられて出撃可能な機数が少ないようです。また一週間近い迎撃戦闘で燃料がそこを尽きかけています。アスリート飛行場が占領されたこともあり航空機運用能力が落ちています。備蓄していた魚雷も保管庫が爆弾を食らって吹き飛びました。艦船攻撃能力を失ったばかりか防衛線に穴が空いて、飛行場の確保も難しい状態です」
「敵の損害は?」
「昨日の攻撃で一個空母群、今日の攻撃でもう一個を撃破出来ました。少なくても二隻の正規空母と一隻の軽空母を沈め、同数を撃破しています。航空機は一航艦も含め一〇〇〇機の撃墜を報告していますが、五〇〇機と言ったところでしょう。今空襲している機体も、間もなく日没で着艦不能となり不時着する事になり失われるでしょう。しかし、連中は後方からの補給がありますから直ぐに回復します」
アメリカ空母群は二~三隻の正規空母と一~二隻の軽空母からなり、およそ三〇〇機を搭載している。
最近の米軍は半分が戦闘機としたら、一五〇機が立ちはだかる。
それに他の空母群から増援が来る。消耗しても後方の週刊空母、毎週のように就役する護衛空母から補充出来る。
そこで佐久田が言葉を切ったのが山口には分かった。
少しは成長していた。
昔だったら負けました、勝機はありませんと口にしていた。
だが言わないのは自分を山口多聞を中将を信頼しての事だろう。
第一機動部隊が壊滅した事を理解出来る司令官だと信じているのだろう。
だがこの戦いは決戦である。この戦いに勝たなければ日本に勝ち目はない。
それに、まだ負けたわけではない、と山口は考えており闘将に相応しく闘志は失っていなかった。
無傷の大和以下の戦艦部隊で夜戦を仕掛ければ勝算はある。
夜戦を命じようとしたとき、通信室から伝令が上がってきた。
「大淀の山本長官から撤収命令です! あ号作戦は中止! 第一機動艦隊及び第一航空艦隊は撤収に移れとの事です」
木更津沖の山本長官が言うのでは仕方ない。
ミッドウェーの時、大和に乗って出てきたため無線封止を行ってしまって他の部隊へ指示が出来ず、敗北の一因となった。その教訓を生かして連合艦隊司令部は通信能力があり大型格納庫を持ち司令部を収容可能な軽巡大淀に将旗を掲げている。
更に係留ブイから通信ケーブルを伸ばすことで陸上部隊、大和田の通信隊を通じて全海軍を指揮出来る。
今回はその長所を存分に発揮してくれた。
ともかく、適切な時間に適切な命令が下った訳であり、下された山口はそれを実行するだけだ。
「第一機動艦隊全艦に通達! あ号作戦中止! 撤退に移る! 第一部隊と第五部隊及び指定された各隊は第二艦隊に集結。夜戦を決行する! コクサ! 編成を」
「宜候」
生気の無い声で佐久田は了解した。
猿の腰掛――長官席に座った男は呟いた。
肩に星を付けている――提督であるが、自分が本当に猿の腰掛に座る猿だったらどんなに良かったことか考えてしまう。
艦橋内を見渡せるよう一際高く設けられた長官席の事を昔の誰かが洒落で付けたのだろうが言い得て妙だ。
本来ならこんな思考などすべきではない、先ほどの呟きなど言語道断だ。
だが目の前の光景を見ると、嘆くしかない。
回避行動中のため、艦は右へ左へ大きく曲がる。七万トン近い巨艦のため横揺れは少ないが、曲がるときの遠心力はどうしようもない。
爆発音が横で響く。
飛行甲板の後方で爆発したらしいが問題無い。
この艦は五〇番――五〇〇キロ爆弾程度などものともしない。張られた装甲板ではじき返せる。寧ろ当てて貰いたい。
本艦には効かなくても駆逐艦程度では当たり所が悪ければ一発で轟沈してしまう。
味方に当たって沈んでしまうより、敵には本艦に通用しない無意味な攻撃を仕掛けて無駄玉を放って貰いたい。
魚雷も元は四本が同時に命中しても戦闘可能なように作られた大和型戦艦そのままの船体はびくともしない。
多少の浸水さえ対応出来れば沈まない。
他の空母も同様だ。対米関係の悪化と米海軍の増強に対応して繰り上げられた④計画で二隻同時に起工された大鳳級二隻は翔鶴級に五〇〇キロ爆弾に耐えられる装甲板を施した設計のため、米軍機の爆弾を浴びても大丈夫だ。
しかし、両艦とも回避運動中。
空を飛ぶのは米軍の飛行機だけだ。
護衛艦艇の放つ対空砲火の中に味方戦闘機が入ってこられないから当然だが、本来なら輪形陣の外側で撃墜され、内側でも護衛艦艇が撃墜し空母に被害は出ないはずだ。
だが残念な事に、対空砲火は貧弱だ。
本来大和型戦艦の対空直衛艦として世界でも稀に見る防空巡洋艦綾瀬級が放つ一二基の一〇サンチ連装高角砲でも対応出来ない。
八隻の秋月型および満月型防空駆逐艦が盛んに対空砲火を上げるが、米軍機の猛攻を前に十分な威力を発揮してはいない。
それでも目の前の第一部隊あるいは近くの第五部隊に空襲が集中するのなら良い。そうなるように長官席に座る男は仕向けた。
だが現状は非情であった。
目の前の各艦は空襲を受けながらも尚対空砲火を盛んに上げている。戦闘意欲は旺盛だ。だが今の戦いは日本海海戦のように目の前で行われていることが全てではない。
「長官、他の部隊から報告が上がりました」
コクサ――航空甲参謀で航空作戦を立案補佐する幕僚が報告に来た。
「各部隊の状況は?」
「我が第一部隊は空母に多数の被弾がありました。魚雷を避けるため爆弾を受けざるを得ませんでしたがいずれも五〇番で甲板を貫通したものはありません。非装甲区画はやられましたが発着艦に支障なし。第二部隊は翔鶴と加賀がやられ発着艦不能。空中退避後で空の格納庫だったため誘爆の恐れは無く沈みはしないでしょう。瑞鶴は無傷です。第三部隊は飛龍が集中攻撃を食らって大破炎上中。沈没は不可避で総員退艦が発せられました。雲龍は爆弾を一発受けて発着艦不能。天城は無事です。第四部隊は後方にいたため被害無し。第五部隊は敵機が我々第一部隊に向かったため空襲を受けていません」
「航空機は?」
長官席の男は尋ねた。
今の戦いは航空機の数が、出撃出来る航空機の数が勝敗を決める。
「機動艦隊全体で稼働機は半数の五〇〇でしょう。稼働機の報告は現時点で二〇〇程度。速報ですからもう少し上がりますが、戦闘機を中心に三〇〇程。マリアナの陸上に下りた機も含めても五〇〇はいかないでしょう」
「一航艦は?」
マリアナ諸島、サイパン、テニアン、グアムに点在する航空基地に展開した基地航空部隊の状況、いや作戦可能かどうか尋ねた。
通信できないため、現状を推測するしかないが、コクサはその能力に長けている。
「我々より酷いでしょう。一航艦は定数二〇〇〇機を数えますが、空襲と攻撃、そしてアスリート飛行場占領によって機材と能力の多くを失っています。稼働機は我々が下ろした艦載機を含めて一〇〇〇機でしょうか。我々の残存機は両艦隊合わせて一三〇〇機です」
淡々と報告するコクサは佐久田という海軍大佐の男だが、目に生気が無い死んだような目をしている。
艦橋内の幾人かが目の前の光景を見て同じような目をしているが、彼は七年ほど前からそんな目をしている。
海大の図演と卒業論文が海軍内で物議を醸し、卒業と同時に上海事変の最前線へ配属された。
以来中国大陸の前線で真珠湾の直前まで戦い、このような目になってしまった。
中国で泥沼のような戦闘に従事させられて諦観を抱いている。
その原因の一つが自分の無謀な重慶爆撃命令――宣伝効果、示威行為を目的に戦闘機無しで中国国民党の首都重慶を爆撃させたため、防御力が殆ど無い九六陸攻が国民党戦闘機の餌食になった。その陸攻は当時彼が参謀として着任していた第一空襲部隊の飛行機であり、自分の部下だった。
そのため部下から人殺しと呼ばれていたが気にしなかった。
むしろ闘志の無さを叱責した。その傍らでこの佐久田は内地で試験飛行中の一二試艦戦を呼び寄せ、護衛に付けた。
試験飛行中で初期故障だらけの機体が十全に機能を発揮出来るよう整備を整え、実験飛行の手配までした。出撃しないことに自分が激怒しても佐久田は、淡々と準備を進め、四度目の出撃で二七機撃墜の大戦果を上げた。
それでも佐久田は成果を自慢すること無く淡々と参謀の職を続けた。
自分はその後二航戦司令官として転属したが、佐久田は開戦直前の一〇月に南遣艦隊司令長官に任命され今はサイパンで一航艦を率いる小沢中将の引き抜きまで中国で戦い続けた。
もし佐久田が水兵で男が下士官なら海軍式の制裁を行うところだ。
だが参謀と長官であればそうも行かない。
まして規律、規則、やる気ではどうしようもないこと、正確な現状把握と対応策を迅速に纏め実行する事にかけては佐久田が一番優れており、今求められている能力だ。
闘将と言われる山口多聞だが、駐米武官時代アメリカ国内にに諜報網を作り上げた知将だ。
FBIのフーバーによって諜報網は開戦前に壊滅したが情報の重要性はよく知っている。
そしてその活用の仕方も心得ていた。
「戦闘可能か?」
「フィリピンの予備機を第四部隊経由で呼び寄せることが出来ますが明後日以降、早くても明日の昼です。問題なのは空母が少ない事です。出撃出来る機数は二五〇機前後、三〇〇は超しません」
二年ほど前日本海軍が取り入れた二直制により機動艦隊は総計一千機を搭載可能な空母群と二千機の航空機を保有している。
艦載機である二千機を二つに分けて一方が艦隊に居るとき、もう一方は補充と訓練を行う方法だが、機材と人員を大量に必要とする。三年前の開戦決定と同時に総動員を駆けなければ達成出来なかった数字だ。
だが、航空機を乗せ発艦させる空母が足りない。
第一機動艦隊四個部隊四三二機の航空機を叩き付けることでようやくアメリカの空母群一つを壊滅させる事が出来る。
今残っている空母から飛ばせる飛行機は二五〇機程度。
多数の迎撃機を上げた敵機動部隊の前には、攻撃隊など敵空母の遥か手前で撃墜されて終わりだろう。
航空戦は機数を集める事が肝心。
機体を全て一時にどれだけ投入出来るかで勝敗は決まる。
一千機の航空機があっても、発進能力が一〇〇機しかなければ、一〇〇機の集団一〇個がそれぞれ各個撃破されるだけ。
一時に何機出せるか、最大限で何機出せるかが重要だ。
「一航艦の発進能力は?」
「そちらも空襲で滑走路をやられて出撃可能な機数が少ないようです。また一週間近い迎撃戦闘で燃料がそこを尽きかけています。アスリート飛行場が占領されたこともあり航空機運用能力が落ちています。備蓄していた魚雷も保管庫が爆弾を食らって吹き飛びました。艦船攻撃能力を失ったばかりか防衛線に穴が空いて、飛行場の確保も難しい状態です」
「敵の損害は?」
「昨日の攻撃で一個空母群、今日の攻撃でもう一個を撃破出来ました。少なくても二隻の正規空母と一隻の軽空母を沈め、同数を撃破しています。航空機は一航艦も含め一〇〇〇機の撃墜を報告していますが、五〇〇機と言ったところでしょう。今空襲している機体も、間もなく日没で着艦不能となり不時着する事になり失われるでしょう。しかし、連中は後方からの補給がありますから直ぐに回復します」
アメリカ空母群は二~三隻の正規空母と一~二隻の軽空母からなり、およそ三〇〇機を搭載している。
最近の米軍は半分が戦闘機としたら、一五〇機が立ちはだかる。
それに他の空母群から増援が来る。消耗しても後方の週刊空母、毎週のように就役する護衛空母から補充出来る。
そこで佐久田が言葉を切ったのが山口には分かった。
少しは成長していた。
昔だったら負けました、勝機はありませんと口にしていた。
だが言わないのは自分を山口多聞を中将を信頼しての事だろう。
第一機動部隊が壊滅した事を理解出来る司令官だと信じているのだろう。
だがこの戦いは決戦である。この戦いに勝たなければ日本に勝ち目はない。
それに、まだ負けたわけではない、と山口は考えており闘将に相応しく闘志は失っていなかった。
無傷の大和以下の戦艦部隊で夜戦を仕掛ければ勝算はある。
夜戦を命じようとしたとき、通信室から伝令が上がってきた。
「大淀の山本長官から撤収命令です! あ号作戦は中止! 第一機動艦隊及び第一航空艦隊は撤収に移れとの事です」
木更津沖の山本長官が言うのでは仕方ない。
ミッドウェーの時、大和に乗って出てきたため無線封止を行ってしまって他の部隊へ指示が出来ず、敗北の一因となった。その教訓を生かして連合艦隊司令部は通信能力があり大型格納庫を持ち司令部を収容可能な軽巡大淀に将旗を掲げている。
更に係留ブイから通信ケーブルを伸ばすことで陸上部隊、大和田の通信隊を通じて全海軍を指揮出来る。
今回はその長所を存分に発揮してくれた。
ともかく、適切な時間に適切な命令が下った訳であり、下された山口はそれを実行するだけだ。
「第一機動艦隊全艦に通達! あ号作戦中止! 撤退に移る! 第一部隊と第五部隊及び指定された各隊は第二艦隊に集結。夜戦を決行する! コクサ! 編成を」
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