架空戦記 旭日旗の元に

葉山宗次郎

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負けないための戦い

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 佐久田は次長である伊藤に説明した。
 マリアナが陥落して絶対防衛圏が崩壊した日本は大騒ぎとなった。
 ついに本土が敵の攻撃にさらされる。
 日本の人口密集地帯、工業地帯である太平洋沿岸が敵の爆撃機B29の空襲を受けることになる。
 既に中国大陸奥地から北九州の八幡製鉄所を空爆されておりB29の能力は知っている。今のところ中国内陸部を発進基地にしているため、燃料弾薬の補給が続かず、空襲の機数も回数も散発的だ。
 だがマリアナは島でありアメリカまで海が続いている。
 船団で大量の燃料弾薬を供給する事が出来るので大編隊を飛ばすことが出来る。関東地方が激しい空襲に遭うという確実な暗い未来に伊藤は不安を覚え焦っていた。
 何より前哨基地であるマリアナが奪われ敵艦隊が南方からの輸送路の至近まで接近される。石油をはじめとする資源が止まれば日本は飢え死にするしかない。
 だが、無条件降伏を認めるわけには行かない。
 優位な条件を獲得するまでの戦闘継続で意見は決まっていた。
 だが、絶望的だ。
 戦力差、と言うより国力差がありすぎてまともな作戦など思いつかない。

「一部では、戦艦でマリアナに乗り付け奪回するべきだと主張する者さえいる」
「無理ですね。到達前に沈められてしまう」

 声の主のキンキン声を思い浮かべながら佐久田は言った。
 再建中の機動部隊の援護無く、圧倒的な航空戦力を持つ米軍の前にして戦艦を突っ込ませても沈んで仕舞うだけだ。
 航空援護のない戦艦がいかに脆いか、開戦劈頭のマレー沖海戦で日本軍が証明済みだ。

「しかし、このままでは他に対抗出来る手段がないのも事実だ。君が作戦を立案してくれないことにはね。どうせ滅ぶなら華々しく散ってしまおう、と考える者も出てきている」

 勝てる見込みがないのなら無条件降伏を強要されるのならいっそ華々しく死のう。
 戦後馬鹿げた考えだと一部界隈で言われたことだが、降伏して蹂躙された国々が多いのは歴史が証明している。
 降伏した場合どのような悲惨なことが、戦場以上に悲惨な事が起きかねない。
 戦闘には国際法で様々な規制や禁止事項が定められているが、統治に関してはあまり制限がない。
 中国大陸で、便衣隊相手に、彼らの残虐な行為――捕虜に対する虐待、民間人への略奪、殺傷行為を見てきた佐久田には良く分かる。戦陣訓で生きて虜囚の辱めを受けず、と唱えられたのは便衣隊の捕虜の扱い、虐待されてむごたらしく死ぬくらいなら、自決して速やかに死ぬ方が苦しみが少ないから入れたとされるくらい、勝者の敗者に対する扱いは酷い。
 米軍に国家に蹂躙されるくらいなら、戦って華々しく散ろうという考えに至るのも仕方ない。
 だが、そんな馬鹿げた事を行っても何もならない。
 戦いの過酷さに耐えられず、突撃して全身を銃弾で撃ち抜かれバラバラにされたり、砲撃の直撃を受けて消滅した人間を佐久田は幾人も見ている。
 そんな事を日本軍全体、日本全体に強要するなど佐久田には出来ない。
 無条件降伏の回避、負けないための戦いが出来るようにするのが佐久田の役目だった。
 少なくとも有利な条件を、負けた後、一方的に蹂躙されない条件をのませる程度にはかつ必要があった。

「マリアナの陥落で陸軍も危機感を共有してくれていますし、作戦立案は順調です」

 そのためバラバラだった陸海軍が共同で作戦を行うことになった。
 これまでも現地軍レベルで協力は行われていたが、大本営レベルで協力しようという構想は、マリアナの前から行われた。
 以上の理由から陸海軍の協調は順調にいっていた。

「次はフィリピンと目されていますから、陸軍も守備兵力を移動しています。スマトラから近衛歩兵第二師団をマニラへ移動させているほどですから」

 近衛師団は明治の創設以来、日本の重要な戦い、日清、日露で投入され活躍した最精鋭部隊だ。
 太平洋戦争でも緒戦でマレー電撃戦、次いで蘭印作戦で投入され、スマトラ島平定作戦に従事。
 その後は現地に駐留し、大きな戦いはなかった。
 しかし、フィリピンに米軍が来ることが予想されたため、急遽フィリピンへの移動を命じられた。
 虎の子である最精鋭部隊である近衛歩兵第二師団の投入は陸軍が本気になって防衛に当たろうとする意思の表れだった。

「それで我々の方はどうにかならないのかね?」
「幸い、空母以外の艦艇の損失は少ないので彼らを中心にします。修理、人員の補充、補給の終わった艦から順次、南方のリンガに送り込み訓練を施します」

 シンガポールとスマトラ島の間にあるリンガ諸島は、水深三〇メートルの広大な海域が広がる。
 浅いため潜水艦が侵入しにくく、停泊は勿論、実弾射撃訓練や艦隊の航行訓練も出来るほど広く、近くにはパレンバンの油田もあり燃料補給も容易。
 太平洋戦争における日本の重要な泊地として活躍していた。

「空母部隊も、艦載機の補充が終わり次第、南方へ向かわせます」
「だが、艦載機の補充が不十分なのだろう」
「仕方ありません。敵は待ってくれません。今ある部隊を仕上げて、戦いに投入するしかありません」

 佐久田の言葉に伊藤は同意した。
 戦場にその時投入できる全ての兵力を投入しなければ勝てない。
 一年後、いや一月後に戦力化される兵力をあてにするのは、愚の骨頂だ。
 だが、数が揃わない今、十月に予想される米軍のフィリピン侵攻に対して日本は劣勢な兵力で戦わざるを得ない。
 米軍は恐らく、マリアナと同じかそれ以上の規模で侵攻してくることが予想される。
 日本が劣っているというより、アメリカという国が異常なのだ。
 もしこれが英国や仏国だったら、とっくに決着は付いている。
 いや、戦争が二年以上続くはずがなかった。
 これだけの長期戦を続ける方がおかしい。
 それだけ米国の国力は異常であり、卓越していた。

「だが、空母機動部隊は十分な技量を得ることが出来るのかね?」

 伊藤の心配は空母艦載機部隊の技量だった。
 いくら艦載機を揃えられても、パイロットの技量が劣っていては、役に立たない。
 マリアナで半分近く消耗したパイロットを補うのは新人だ。
 彼らは実戦経験が少なく、頼りない。
 いきなり米軍の決戦に投入するのは躊躇われた。

「大丈夫です」

 だが佐久田は請け負った。

「彼らにはタップリと実戦を経験して貰いますから」
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