69 / 319
第一部第三章
昭弥の姿
しおりを挟む
襲撃されてから昭弥は一旦王都に戻り、後始末の指示を出してから自室で休んでいた。
三日経って目覚めるとユリアからの呼び出しがあり、目覚めたら直ぐにお連れするようにとのことだった。
アダムスの事が頭から抜けず、気分は最悪だった。
既に夜でもあり断ろうとしたが、女王陛下がどうしてもと言うので、身だしなみを整えてから、指定された庭に向かった。
「今夜は明るいな」
現代日本の街路に比べれば暗いが、星明かりでも十分な光になる。
夜に走る鉄道の写真を撮るために、街路の無い夜道を歩いた経験もある昭弥にとっては何でもない。
ましてランプがあるのだから。
しかし、いつもの東屋に来たとき驚いた。
東屋の中に置かれたランプが建物の中と、そこに居たユリアを照らしていた。
いつもの白い肌に金色の髪、白いドレスがランプの火の揺らぎで寄り美しく彩りを与えていた。
いつまで見ていただろうか放心して時が経つのを忘れたときユリアが気が付いて、昭弥に声を掛けた。
「あ、昭弥様」
「は、はい」
柔らかく、可愛らしい声だ。
つい先日見せた、鬼神のごとき戦いぶりからは想像できない姿と声だ。
「今日はお疲れのご様子なのでお茶でねぎらおうと思いまして」
「あ、ありがとうございます」
それだけをようやく言い、昭弥は東屋に入り席に座った。
注がれた紅茶を飲むと確かに落ち着く。
だが、近くでユリアを見ると余計に美しく見えて、緊張してしまう。
「まだお疲れのようですね」
「え、いや。月が綺麗だな、と思って」
昭弥はしまったと思った。
「仕方ありません。襲撃されたのですから」
しかし、ユリアは少し、頬を膨らました。
別の意味でまずいと思い、昭弥は話題を変えた。
「犯人はわかったんですか?」
「残念ながら全員亡くなっており、聞けませんでした」
そりゃ全員殺してしまったらな。さすがに声に出せない台詞を思いついてしまい、昭弥は沈黙した。
先日息子を拘束されたオートヴィル男爵あたりが、腹いせに襲撃した可能性が高いが、証拠が無い。
「しかし、大丈夫です。宰相のアントニウスに命じて既に襲撃犯の黒幕を討伐するように指令を出し、現地に向かっております。近日中に討伐するでしょう」
「はあ、そうですか」
仇を討ってアダムスのフッカー駅長が帰ってくる訳ではないが、それで少し気が晴れた。
「あの……昭弥様」
「はい、何でしょう?」
言いにくそうにユリアが尋ねてきた。
「今回の事で、その……鉄道会社をお辞めになるのですか?」
昭弥は少し考えてから答えた。
「それも、考えました」
「!」
「もし、私が鉄道を建設しなければフッカー駅長を始め、駅員は死ぬことは無かったでしょう」
「それは違います。殺したのは逆賊であって昭弥様ではありません」
「はい、けど駅を護るよう命じていたのは私です。それに私には鉄道に関する全ての責任があり、その結果を受け入れなければなりません」
昭弥は静かに語った。
「けど、やめません。皆が幸せになると思って作った鉄道で、今回のような事が起こって全員というわけではないと知り、絶望しました。けど、それでも多くの人が幸せになっていますし。それに既に鉄道会社を始め幾つもの会社に十数万人も働いて家族を養っています。もし私がやめたら彼らの生活が保障される可能性は少ないです。彼らのためにも、もう少し働かせて貰おうと思います」
「はい、是非お願いします!」
ユリアが大きな声で、頼み込み昭弥は笑った。
「それにしても昭弥様は鉄道の知識が豊富なのですね」
「ええ、好きですから。子供の頃からずっと」
「どうしてです?」
「どうも昔から乗り物が好きだったんですよ。乗り物に乗らないと気が済まない性格みたいで。初めて乗った記憶があるのは四歳くらいかな。両親に連れられて見たこともない遠くの駅に連れて行って貰って。近所にある駅から電車、列車に乗って、降りたら知らない土地で。普通なら怖がるはずなのに、自分を知らない世界に連れて行ってくれる魔法の乗り物だと思ったんです」
恥ずかしそうに昭弥は話し始めた。
「それで、鉄道に興味を持って、乗りに行ったり写真に撮ったり、色々しました」
「あははは」
ユリアは笑った。嘲笑ではなく、可愛い子供を見るような笑顔で話した。
「素敵な子供時代ですね。でも、乗っているだけで鉄道のことが、政治や経済も含めて知ることが出来るのでしょうか?」
「乗っているうちに、どうして鉄道はここを走っているんだろう、と思うようになったんです。どうしてこのルートじゃないとダメなのかな、と。僕の家の前を通ってくれないのかな、と。そしてどうして鉄道が建設されたのか。どうして人があんなに多く利用しているのかを調べるようになって、建設や経営のこと、鉄道の技術、鉄道の歴史を調べるようになったんです。それで、何処に鉄道を建設したら儲かるかとか、便利なのか解るようになったんです」
「凄いです。そこまでやるなんて真面目なんですね」
「いや、そこまでやらないと気が済まないんですよ。自分が納得するまで調べないと気になってとことん調べて、納得してようやく満足するんです」
「それでも十分凄いです」
ユリアは正直に感嘆した。
「あの」
「はい」
「元の世界に戻りたいとは思わないのですか?」
「と、言いますと?」
「それほどの実力と知識があるのであれば、元の世界でも、こちら以上に活躍出来るのではないかと。いえ、ルテティアでは十分に活躍出来ないのではないかと思って」
慌てるユリアだったが、昭弥は少し考えてから答えた。
「いいえ、思いませんね。ここの方が良い」
「どうしてですか?」
肯定的な言葉を聞いたユリアが期待に満ちた目で尋ねた。
「元の世界では僕は落ちこぼれだからですよ」
昭弥の言葉にユリアは、固まった。
「な、何でですか!」
ユリアは、初めて腹の底から起こり、テーブルを叩いた。あまりの勢いで大理石で出来たテーブルにヒビが入ったほどだ。
「昭弥はこんなに、鉄道の知識があって王国に鉄道を敷き、豊かにして、人々を幸せにしました。どうしてそんな人が落ちこぼれなんですか!」
「だから落ちこぼれなんですよ」
昭弥はユリアを落ち着かせるように穏やかな言葉で話し始めた。
「私の世界では学校があって教育カリキュラムに従って勉強します」
「はい」
「ですが、そこに鉄道は、ほんの僅かしかありません。なので評価されないんです。カリキュラム通りにやっているか、その中でテストされ評価されるんです」
「だからといって、こんなに優れているのに」
「カリキュラムでは満遍なく良い成績を収めなくてはなりません。一部の成績が突出していても、いやだからこそ目立って、文句を言われます。特定のことしか出来ない無能と。まして、カリキュラム外の事なんて非難されこそすれ、褒められることはありません」
「でも、それは学校の事でしょう? 鉄道関連なら評価されるのでは。昭弥なら鉄道を建設すればあっという間に大会社に出来るのでは?」
「既存の鉄道会社で一杯で、儲かる路線はほぼ建設され尽くしています。なので、作る余裕などないのです。鉄道会社に就職しても、会社の駒の一つとして使われるくらいが精々です」
「でも、圧倒的な知識が」
「私の世界では、私程度の知識を持っていた人が数多く居ます。私程度、取るに足らない存在です」
「違います!」
ユリアは大声で叫んだ。
「昭弥は凄い人です! 私たちのルテティア王国を豊かに幸せにしてくれました。私も、誰もなしえなかったことをしてくれました。もうすぐ滅びようとしていたこの王国を救ってくれた救世主です! それが取るに足らない存在だなんて誰にも、昭弥にも言いません!」
「ユ、ユリアさん……」
「私決めました!」
突然ユリアは立ち上がって宣言した。
「な、何を?」
「昭弥を離しません! 向こうの世界なんかに帰しません! 帰してくれと言われても断ります! ずっとこの世界に居て貰います! もう絶対に離しません! 私たちの救世主を大事にしない世界に帰しません!」
そこまで言ってユリアは、引いている昭弥を見て正気に戻り、椅子に座った。
「あの、ユリアさん」
「は、はい」
気まずい雰囲気に昭弥は居たたまれず、話しかけた。
「どうして、私を信じたんですか。出会ったばかりの、それも異世界から来たよそ者を信じることが出来たんですか?」
「あなたが鉄道に関しては本当に情熱的で真摯な人だと信じたからです」
穏やかにユリアは話し始めた。
「あなたと初めて会ったとき、鉄道という言葉に反応して飛びつかんばかりに私の手を取りました。それはもう私を押し倒さんばかりに。私も倒されると思いました」
「いや、その節は済みませんでした」
「いいえ、でもあなたの熱い情熱は私に伝わりました。だから、あなたに任せても大丈夫だと思いました」
「ありがとうございます」
「あと、これは私の我が儘なのですが……」
躊躇いがちにユリアは尋ねた。
「鉄道に対する情熱の一部でも良いですから、私に注いでもらっても……」
「陛下!」
小さくなるユリアの声をかき消すように兵士が飛び込んできた。
「何でしょう」
穏やかな声だったが、恨みがましい目でユリアは兵士を見た。
つまらない情報だったらこの手で処刑する、とでも言っているような目だ。今はドレス姿で、剣を帯刀していないとは言え、ユリアの力なら人間の十人や二十人、纏めて素手で潰すことは可能であり、王国の人間なら全員知っている。
だが、兵士は義務感から恐怖を押しつぶし、大声で報告した。それは勲章物の行動であり事実彼は、このことで上官から勲章を授与されている。
「一大事です! 北方の貴族領が一斉に反乱を起こしました!」
「何ですって!」
先日の襲撃もあり、北方には不穏な空気が流れていた。だからこそ宰相であるアントニウスを派遣し、落ち着かせようとしたのだ。
「アントニウスは何をしていたの」
「はい! 今回の反乱の首謀者はアントニウス様です!」
「な!」
これにはユリアも絶句した。
鎮めるための責任者が、自ら反乱の首謀者となるなんて。
場合によっては武力制圧もあり得るので、一個師団の正規軍も指揮下に送っており、彼らも反乱軍になった可能性が有る。またアントニウスは公爵であり、自らも一万からなる私兵軍を持っている。
北方は大きな貴族も多く、反乱に加わる数も増えるだろう。
傭兵を雇えば、下手をすれば一〇万から二〇万の大軍となって、戦いを仕掛けてくるだろう。
「直ぐに閣議を召集して、それと宰相の地位剥奪と、反逆罪の適用を」
「申し上げます!」
別の兵士がやってきた。
「今度はどうしたのです」
「アクスムが国境を突破! 本隊は沿岸部を制圧しつつ移動中。別働隊は王都に向かっています」
「休戦協定は?」
「破ったようです。また、エフタルからも無数の騎馬集団が移動中という報告を受けています。さらに周も国境に大軍を動員しつつあり、越境も時間の問題であるとの報告が来ております」
ルテティアは戦乱の最中に放り込まれようとしていた。
三日経って目覚めるとユリアからの呼び出しがあり、目覚めたら直ぐにお連れするようにとのことだった。
アダムスの事が頭から抜けず、気分は最悪だった。
既に夜でもあり断ろうとしたが、女王陛下がどうしてもと言うので、身だしなみを整えてから、指定された庭に向かった。
「今夜は明るいな」
現代日本の街路に比べれば暗いが、星明かりでも十分な光になる。
夜に走る鉄道の写真を撮るために、街路の無い夜道を歩いた経験もある昭弥にとっては何でもない。
ましてランプがあるのだから。
しかし、いつもの東屋に来たとき驚いた。
東屋の中に置かれたランプが建物の中と、そこに居たユリアを照らしていた。
いつもの白い肌に金色の髪、白いドレスがランプの火の揺らぎで寄り美しく彩りを与えていた。
いつまで見ていただろうか放心して時が経つのを忘れたときユリアが気が付いて、昭弥に声を掛けた。
「あ、昭弥様」
「は、はい」
柔らかく、可愛らしい声だ。
つい先日見せた、鬼神のごとき戦いぶりからは想像できない姿と声だ。
「今日はお疲れのご様子なのでお茶でねぎらおうと思いまして」
「あ、ありがとうございます」
それだけをようやく言い、昭弥は東屋に入り席に座った。
注がれた紅茶を飲むと確かに落ち着く。
だが、近くでユリアを見ると余計に美しく見えて、緊張してしまう。
「まだお疲れのようですね」
「え、いや。月が綺麗だな、と思って」
昭弥はしまったと思った。
「仕方ありません。襲撃されたのですから」
しかし、ユリアは少し、頬を膨らました。
別の意味でまずいと思い、昭弥は話題を変えた。
「犯人はわかったんですか?」
「残念ながら全員亡くなっており、聞けませんでした」
そりゃ全員殺してしまったらな。さすがに声に出せない台詞を思いついてしまい、昭弥は沈黙した。
先日息子を拘束されたオートヴィル男爵あたりが、腹いせに襲撃した可能性が高いが、証拠が無い。
「しかし、大丈夫です。宰相のアントニウスに命じて既に襲撃犯の黒幕を討伐するように指令を出し、現地に向かっております。近日中に討伐するでしょう」
「はあ、そうですか」
仇を討ってアダムスのフッカー駅長が帰ってくる訳ではないが、それで少し気が晴れた。
「あの……昭弥様」
「はい、何でしょう?」
言いにくそうにユリアが尋ねてきた。
「今回の事で、その……鉄道会社をお辞めになるのですか?」
昭弥は少し考えてから答えた。
「それも、考えました」
「!」
「もし、私が鉄道を建設しなければフッカー駅長を始め、駅員は死ぬことは無かったでしょう」
「それは違います。殺したのは逆賊であって昭弥様ではありません」
「はい、けど駅を護るよう命じていたのは私です。それに私には鉄道に関する全ての責任があり、その結果を受け入れなければなりません」
昭弥は静かに語った。
「けど、やめません。皆が幸せになると思って作った鉄道で、今回のような事が起こって全員というわけではないと知り、絶望しました。けど、それでも多くの人が幸せになっていますし。それに既に鉄道会社を始め幾つもの会社に十数万人も働いて家族を養っています。もし私がやめたら彼らの生活が保障される可能性は少ないです。彼らのためにも、もう少し働かせて貰おうと思います」
「はい、是非お願いします!」
ユリアが大きな声で、頼み込み昭弥は笑った。
「それにしても昭弥様は鉄道の知識が豊富なのですね」
「ええ、好きですから。子供の頃からずっと」
「どうしてです?」
「どうも昔から乗り物が好きだったんですよ。乗り物に乗らないと気が済まない性格みたいで。初めて乗った記憶があるのは四歳くらいかな。両親に連れられて見たこともない遠くの駅に連れて行って貰って。近所にある駅から電車、列車に乗って、降りたら知らない土地で。普通なら怖がるはずなのに、自分を知らない世界に連れて行ってくれる魔法の乗り物だと思ったんです」
恥ずかしそうに昭弥は話し始めた。
「それで、鉄道に興味を持って、乗りに行ったり写真に撮ったり、色々しました」
「あははは」
ユリアは笑った。嘲笑ではなく、可愛い子供を見るような笑顔で話した。
「素敵な子供時代ですね。でも、乗っているだけで鉄道のことが、政治や経済も含めて知ることが出来るのでしょうか?」
「乗っているうちに、どうして鉄道はここを走っているんだろう、と思うようになったんです。どうしてこのルートじゃないとダメなのかな、と。僕の家の前を通ってくれないのかな、と。そしてどうして鉄道が建設されたのか。どうして人があんなに多く利用しているのかを調べるようになって、建設や経営のこと、鉄道の技術、鉄道の歴史を調べるようになったんです。それで、何処に鉄道を建設したら儲かるかとか、便利なのか解るようになったんです」
「凄いです。そこまでやるなんて真面目なんですね」
「いや、そこまでやらないと気が済まないんですよ。自分が納得するまで調べないと気になってとことん調べて、納得してようやく満足するんです」
「それでも十分凄いです」
ユリアは正直に感嘆した。
「あの」
「はい」
「元の世界に戻りたいとは思わないのですか?」
「と、言いますと?」
「それほどの実力と知識があるのであれば、元の世界でも、こちら以上に活躍出来るのではないかと。いえ、ルテティアでは十分に活躍出来ないのではないかと思って」
慌てるユリアだったが、昭弥は少し考えてから答えた。
「いいえ、思いませんね。ここの方が良い」
「どうしてですか?」
肯定的な言葉を聞いたユリアが期待に満ちた目で尋ねた。
「元の世界では僕は落ちこぼれだからですよ」
昭弥の言葉にユリアは、固まった。
「な、何でですか!」
ユリアは、初めて腹の底から起こり、テーブルを叩いた。あまりの勢いで大理石で出来たテーブルにヒビが入ったほどだ。
「昭弥はこんなに、鉄道の知識があって王国に鉄道を敷き、豊かにして、人々を幸せにしました。どうしてそんな人が落ちこぼれなんですか!」
「だから落ちこぼれなんですよ」
昭弥はユリアを落ち着かせるように穏やかな言葉で話し始めた。
「私の世界では学校があって教育カリキュラムに従って勉強します」
「はい」
「ですが、そこに鉄道は、ほんの僅かしかありません。なので評価されないんです。カリキュラム通りにやっているか、その中でテストされ評価されるんです」
「だからといって、こんなに優れているのに」
「カリキュラムでは満遍なく良い成績を収めなくてはなりません。一部の成績が突出していても、いやだからこそ目立って、文句を言われます。特定のことしか出来ない無能と。まして、カリキュラム外の事なんて非難されこそすれ、褒められることはありません」
「でも、それは学校の事でしょう? 鉄道関連なら評価されるのでは。昭弥なら鉄道を建設すればあっという間に大会社に出来るのでは?」
「既存の鉄道会社で一杯で、儲かる路線はほぼ建設され尽くしています。なので、作る余裕などないのです。鉄道会社に就職しても、会社の駒の一つとして使われるくらいが精々です」
「でも、圧倒的な知識が」
「私の世界では、私程度の知識を持っていた人が数多く居ます。私程度、取るに足らない存在です」
「違います!」
ユリアは大声で叫んだ。
「昭弥は凄い人です! 私たちのルテティア王国を豊かに幸せにしてくれました。私も、誰もなしえなかったことをしてくれました。もうすぐ滅びようとしていたこの王国を救ってくれた救世主です! それが取るに足らない存在だなんて誰にも、昭弥にも言いません!」
「ユ、ユリアさん……」
「私決めました!」
突然ユリアは立ち上がって宣言した。
「な、何を?」
「昭弥を離しません! 向こうの世界なんかに帰しません! 帰してくれと言われても断ります! ずっとこの世界に居て貰います! もう絶対に離しません! 私たちの救世主を大事にしない世界に帰しません!」
そこまで言ってユリアは、引いている昭弥を見て正気に戻り、椅子に座った。
「あの、ユリアさん」
「は、はい」
気まずい雰囲気に昭弥は居たたまれず、話しかけた。
「どうして、私を信じたんですか。出会ったばかりの、それも異世界から来たよそ者を信じることが出来たんですか?」
「あなたが鉄道に関しては本当に情熱的で真摯な人だと信じたからです」
穏やかにユリアは話し始めた。
「あなたと初めて会ったとき、鉄道という言葉に反応して飛びつかんばかりに私の手を取りました。それはもう私を押し倒さんばかりに。私も倒されると思いました」
「いや、その節は済みませんでした」
「いいえ、でもあなたの熱い情熱は私に伝わりました。だから、あなたに任せても大丈夫だと思いました」
「ありがとうございます」
「あと、これは私の我が儘なのですが……」
躊躇いがちにユリアは尋ねた。
「鉄道に対する情熱の一部でも良いですから、私に注いでもらっても……」
「陛下!」
小さくなるユリアの声をかき消すように兵士が飛び込んできた。
「何でしょう」
穏やかな声だったが、恨みがましい目でユリアは兵士を見た。
つまらない情報だったらこの手で処刑する、とでも言っているような目だ。今はドレス姿で、剣を帯刀していないとは言え、ユリアの力なら人間の十人や二十人、纏めて素手で潰すことは可能であり、王国の人間なら全員知っている。
だが、兵士は義務感から恐怖を押しつぶし、大声で報告した。それは勲章物の行動であり事実彼は、このことで上官から勲章を授与されている。
「一大事です! 北方の貴族領が一斉に反乱を起こしました!」
「何ですって!」
先日の襲撃もあり、北方には不穏な空気が流れていた。だからこそ宰相であるアントニウスを派遣し、落ち着かせようとしたのだ。
「アントニウスは何をしていたの」
「はい! 今回の反乱の首謀者はアントニウス様です!」
「な!」
これにはユリアも絶句した。
鎮めるための責任者が、自ら反乱の首謀者となるなんて。
場合によっては武力制圧もあり得るので、一個師団の正規軍も指揮下に送っており、彼らも反乱軍になった可能性が有る。またアントニウスは公爵であり、自らも一万からなる私兵軍を持っている。
北方は大きな貴族も多く、反乱に加わる数も増えるだろう。
傭兵を雇えば、下手をすれば一〇万から二〇万の大軍となって、戦いを仕掛けてくるだろう。
「直ぐに閣議を召集して、それと宰相の地位剥奪と、反逆罪の適用を」
「申し上げます!」
別の兵士がやってきた。
「今度はどうしたのです」
「アクスムが国境を突破! 本隊は沿岸部を制圧しつつ移動中。別働隊は王都に向かっています」
「休戦協定は?」
「破ったようです。また、エフタルからも無数の騎馬集団が移動中という報告を受けています。さらに周も国境に大軍を動員しつつあり、越境も時間の問題であるとの報告が来ております」
ルテティアは戦乱の最中に放り込まれようとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
【完結】おじいちゃんは元勇者
三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話…
親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。
エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…
家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上悠は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏も、寿命から静かに息を引き取ろうとする。
「助けたいなら異世界に来てくれない」と少し残念な神様と出会う。
転移先では半ば強引に、死にかけていた犬を助けたことで、能力を失いそのひっそりとスローライフを送ることになってしまうが
迷い込んだ、訪問者次々とやってきて異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる