架空世紀「30サンチ砲大和」―― 一二インチの牙を持つレバイアサン達 ――

葉山宗次郎

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北大西洋上の大和

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「本当にこれが春先か」

 大和艦長松田千秋大佐は、波の高い鉛色の海と空を見て呟いた。
 公称基準排水量五万トンの戦艦でも波を受けて揺れている。
 特に海面から三〇メートル以上の高さにある第一艦橋は大きく揺れる。
 第二艦橋に移るべきかと考えたが、揺れに弱い艦長と部下に悪評が立つのも嫌だ。
 それに信頼する上官の前にいたい。

「艦の様子はどうか?」

 艦橋左の司令官席に座る第一戦隊司令官宇垣少将が松田に尋ねてきた。

「はっ、荒れていますが戦闘航海に支障ありません。艦内、異常なし」
「艦隊司令部からの情報は?」

 言葉数は少なかったが、宇垣が何を求めているか松田には分かった。

「ビスマルクの情報は入っておりません」

 数日前、スカゲラック海峡でスウェーデンのゴトランドが発見し、ノルウェーのフィヨルドに入港したのは英国軍の偵察機が見ている。
 その後、ビスマルクは出航し北海に消えていった以降の情報が全くない。
 宇垣少将が気にするのも無理はない。
 現在大和が守る船団は、カナダのハリファックスから英国へ向けてアイスランドの南方を航行中だ。
 もしビスマルクが出てくるとすればアイスランドとグリーンランドの間のデンマーク海峡から出てくるだろう。
 下手をすればビスマルクが接触してくる可能性がある

「索敵は?」
「この嵐のため、航空機は飛ばせません」

 日本から持ち込んだ赤城や加賀も、さすがにこの嵐の中で飛ばせる航空機は無く、更に南の風も波も穏やかな海域で活動している。
 発展著しく有力な航空戦力だが、北大西洋の嵐の中を飛行できる機体はない。
 だから攻撃は勿論偵察も不可能。
 小型艦も荒波に揉まれており、随伴の特型駆逐艦でさえ航行には苦労している。
 更に小さい露天艦橋のイギリス駆逐艦など、よくあれで艦橋勤務が出来るものだとあきれを通り過ぎて感心する。
 だが、やはり波に翻弄されており、船団に付いていくだけで限界だ。
 この嵐の中でも戦力を存分に発揮できるのは、大型艦、特に数万トンクラスの戦艦しかなかった。
 ドイツ海軍の襲撃に備えて、どのような船団にも戦艦の援護部隊が随伴している理由であり英国が戦艦不足の為、大和をはじめとする日本の戦艦が来援した理由だった。

「味方の行動は?」
「トーヴィー提督がフッドとプリンス・オブ・ウェールズ、アタッカーそしてヴィクトリアスに出撃命令を下しました。我々には、まだ命令はありません」

 それっきり宇垣は黙ってしまった。
 黄金仮面と呼ばれるほど表情は硬いが、松田とは良い上官と部下の関係であり、付き合いも長い。
 だから松田は、宇垣の苦渋がよく分かる。
 そもそも開戦してすぐに大和は改装されるハズだった。
 現状、確かに排水量五万トン、主砲三〇サンチ五連装三基を有する大和は世界的に見ても強力な戦力だ。
 だが、十全な状態で戦いたいと松田は思った。
 計画通り排水量七万トン、四六サンチ三連装砲三基搭載の強力な戦艦で戦いたいのは軍人なら誰でも思うし、生死が関わる事ならば人として当然だ。
 だが残念なことに本来の姿とはかけ離れた姿を大和はしている。
 艤装委員長として最初から大和に関わっている松田はその辺の事情を良く知っている。
 しかし条約を満たすために中途半端な状況で就役させ、条約明けには改装して四六サンチ砲を搭載した本来の姿にするというのは、無茶すぎる。
 将来の技術進展を考えて余裕をとっているが、現時点でも十分に装備可能なら装備して貰いたい。

「無理か」

 松田は自問自答して結局無難な結論、愚痴をこぼす以外になかった。
 軍人は戦うのが使命である、だがそれは祖国を守るためであり、戦うためではない。
 戦いは手段であり目的ではない。
 平和のために、戦争にならないようにするのが軍人の使命だ。
 海軍は、世界に通じる海を守る為、世界の各国と外交的な活動を行う。
 特に国際法の遵守は重要で、戦争を防ぐため、戦備を抑制し戦争にならないようにするのは当然のことだ。
 例え馬鹿げた条約でも守らなければならない。
 36年に結ばれた第二次ロンドン海軍軍縮条約により軍備が更に制限された結果、軍事費が削減され平和が維持されている。
 不況だった日本も金が市井に回り景気が回復して一息吐くことが出来た。

「だがあんな条約、本当に締結する必要があったのか」

 平和をもたらした第二次ロンドン海軍軍縮条約だったが、二年前に始まったこの大戦では、現在に至るまでの混乱を招いている。
 特に翻弄されているのは松田だった。
 未完成とも言えるちぐはぐな戦艦を建造させられ、指揮し運用しなければならない。

「それは敵も同じか」

 松田は現在の全ての海軍に混乱をもたらした最大の原因、第二次ロンドン海軍軍縮条約について思い返さずにはいられなかった。
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