バーチャル性転換システム

廣瀬純七

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現実の世界

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翌朝、いつもと変わらないアラームの音で幸一は目を覚ました。灰色のスーツを手に取り、鏡の前でネクタイを締める自分を見つめる。そこに映るのは、いつもの彼――疲れた表情の平凡なサラリーマンだった。

「現実はこんなもんか……。」  

昨夜の体験があまりにも鮮烈で、現実の自分とのギャップが耐え難く感じられる。カプセルの中で出会った、軽やかで美しく、自信に満ちた「自分」は夢だったのか。そう思うと、胸の中にぽっかりと穴が開いたような感覚が広がる。

彼は何とか気を取り直し、会社へ向かうために家を出た。

***

出社すると、オフィスにはいつものざわめきが広がっていた。キーボードを叩く音、電話の着信音、同僚たちのたわいない会話。それらは日常の音として耳に入るはずだったが、今日はどこか遠く感じられる。  

幸一は自分の席に着き、パソコンを起動した。画面にはクライアントのプレゼン資料が映し出されている。しかし、目の前の数字やグラフに集中しようとしても、どうしても昨夜の記憶が頭をよぎってしまう。

「あの時の私は、もっと堂々としていたな……。」  

彼は、カプセルの中で感じた解放感や自信を思い返していた。軽やかに歩き、周囲の人々と自然に会話を交わし、自分自身を好きだと思えたあの瞬間――それがどれほど自分を満たしていたかを思い知らされる。

そんな思考にふけっているうちに、隣の席の田中が声をかけてきた。  

「川田さん、これ午後の会議資料、確認しておいてくれる?」  

「あ、はい……後でやります。」  

田中は一瞬、不審そうな顔をしたが、特に何も言わずにその場を去った。幸一は心の中でため息をつき、再び資料に目を戻すが、やはり集中できない。

***

昼休みになり、同僚たちが誘ってくれるいつものランチにも気が乗らず、一人でオフィスに残ることにした。デスクに広げたままの資料を前にしながら、幸一はスマートフォンを取り出した。

検索バーに「ニューフレームVR」と入力し、公式サイトを開く。鮮やかな広告バナーが目に飛び込んでくる。「次の予約はこちらから」「新プランの紹介」などの文言が、彼の目に誘惑的に映った。

「もう一度、あの世界に戻りたい……。」  

彼はスマホの画面をスクロールしながら、頭の中で次回の予約を検討していた。プレゼン資料や午後の会議のことは、完全に頭の片隅へと追いやられていた。

***

午後の会議が始まると、幸一のミスは露骨に現れた。提出した資料には数字の間違いがいくつもあり、説明を求められると、まともに答えることができない。上司の鋭い視線が飛んできた。

「川田くん、どうしたんだね?最近、君らしくないミスが目立つぞ。」  

上司の言葉に、幸一は申し訳なさそうにうなだれた。他の同僚たちの視線も、冷ややかに感じる。

会議が終わった後、田中がそっと声をかけてきた。  

「大丈夫か?最近、なんか元気ないみたいだけど。」  

「いや、なんでもないんだ……。」  

適当な言葉で田中をかわしながら、幸一は心の中で、現実の自分とバーチャルの自分の間に広がる深い溝を感じていた。

***

オフィスを出た後、彼はためらうことなく「ニューフレームVR」のアプリを開き、次回の予約ボタンをタップした。

「次はもっと長く、あの世界にいたい……。」  

幸一は自分が現実から逃避していることに気づきながらも、抗うことができなかった。

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