恋愛リベンジャーズ

廣瀬純七

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ヤキモチの理由

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 湯船に身を沈めた瞬間、ふうっと長い息が漏れた。

 お風呂の中は静かで、外の世界から切り離されたみたいだった。換気扇の低い音と、湯がわずかに揺れる水音だけが耳に届く。
 純の身体はすっかり温まり、肩や腰の力がゆっくり抜けていく。

 そのはずなのに――心は、昼間の光景を何度も思い出していた。

 拓也と中村陽菜が、楽しそうに話していたあの場面。

 「……」

 湯の中で膝を抱え、天井を見上げる。

 どうして、あんなに気になったんだろう。
 どうして、胸の奥がざわついたんだろう。

 「自分に対して、自分がヤキモチをやくなんて……変な話だよな」

 小さく呟くと、その言葉が湯気の中に溶けて消えた。

 考えてみれば、構図はおかしい。
 拓也と話していたのは、俺自身だ。
 ヤキモチを焼く理由なんて、本来ないはずだ。

 なのに。

 あの時、確かに「嫌だ」と思った。
 「楽しそうだな」と同時に、「それ、私の場所じゃない?」と感じてしまった。

 ――これは、どっちなんだ?

 心が、純になっているから?
 それとも、この身体が、勝手に反応しているだけ?

 湯の中で、指先を見つめる。
 白くて、細くて、男だった頃の自分とはまるで違う手。

 「……身体、なのかな」

 生理の痛みも、食べたいものの変化も、感情の揺れも。
 最近の自分は、理屈より先に身体が反応している気がする。

 男だった頃の俺なら、あんな場面を見ても、たぶん笑って流していた。
 「新入社員だし」「指導してるだけだろ」
 そう言って、深く考えなかったはずだ。

 でも、今は違う。

 心臓が先に動いて、理由は後からついてくる。

 「……でもさ」

 今度は、胸の奥から別の声が浮かぶ。

 もし全部が身体のせいなら、こんなに悩まないんじゃないか?
 「嫌だな」「モヤっとするな」で終わっている気がする。

 それなのに、俺はこうして考えている。

 あれは何だったんだろう。
 どうして嫌だったんだろう。

 それは――拓也を「特別」だと思っているからじゃないのか。

 湯船の中で、背中を浴槽に預ける。

 「……心も、変わってきてるのか」

 純の身体に入って、時間が経って。
 一緒に笑って、食事して、LINEをして、心配されて、褒められて。

 その積み重ねが、俺の中の「拓也」を、少しずつ別の存在に変えている。

 守りたい人。
 独り占めしたい人。
 他の誰かと楽しそうにしていたら、少しだけ嫌になる人。

 そんなふうに思う日が来るなんて、思ってもみなかった。

 「……純は、ずっとこうだったのかな」

 昔、純が職場で他の男と話していた時。
 俺は平気なふりをしていたけど、純はどうだったんだろう。

 こんなふうに、心の中で揺れていたのか。
 「気にしすぎかな」って、自分を責めながら。

 そう思うと、胸が少し痛くなる。

 「……ごめん」

 誰に向けた言葉なのか分からないまま、そう呟いた。

 身体と心、どっちが原因かなんて、今は分からない。
 たぶん、どちらか一方じゃない。

 純の身体が持つ感情の癖と、
 俺自身の心の変化が、静かに重なっている。

 湯船のお湯が、また小さく揺れた。

 「でも……悪くないかもな」

 ヤキモチを焼くほど、大切に思える相手がいる。
 それは、苦しいけど、どこか温かい感情だった。

 目を閉じて、深く息を吸う。

 この気持ちの正体は、まだ分からない。
 でもきっと、それを知る時間は、もう少し先にある。

 純になった俺は、湯の中で静かにそう思いながら、心と身体が溶け合っていく感覚に身を委ねていた。
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