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星空の下での出会い
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バーチャルの街の広場には、優しいピアノのBGMが流れていた。人工の夜空に輝く星々と、きらびやかなショップのネオンが静かに揺れている。
ユイは人気の少ない公園のベンチに腰かけて、遠くの光を見つめていた。人の声、音、匂い――すべてが現実に似ていて、それでもほんの少しだけ幻想的だ。
「ここ、空いてますか?」
不意に声がかかった。振り向くと、短いボブカットにシンプルな白のニットワンピースを着た女性アバターが立っていた。目元に柔らかな笑みを浮かべ、どこか気だるげな雰囲気がある。
「え、うん。どうぞ」
女性はユイの隣に腰を下ろした。ゆっくりとした仕草で足を組み、空を見上げる。
「星、きれいですね。……まあ、プログラムだけど」
「そうですね。でも、本物よりも落ち着くかも」
「わかる。現実って、星を見る余裕ないですもんね」
その口調には、どこか経験者のような重みがあった。
「私、千歳(ちとせ)っていいます。ユイさん、ですよね? さっきプロフィールちらっと見えました」
「あ、うん。ユイ……です。よろしくね、千歳さん」
「さん付け、なんか照れるなぁ。同い年くらいでしょ?」
千歳は小さく笑った。どこか警戒心のない、その人懐っこさにユイは少し安心した。
二人はそのまま、ぽつりぽつりと話を交わした。現実でのことはあまり話さなかった。けれど、趣味の話、好きな音楽、VRで過ごす時間については自然と会話が弾んだ。
「……私ね、現実の自分、あんまり好きじゃないんだ」
千歳がふと、ぽつりとこぼした。
「こっちに来ると、自分が“消えてく感じ”がして、ちょっと楽になる。ユイさんは、どうしてここに?」
その問いに、ユイ――いや、拓也は言葉に詰まった。
本当のことを言うべきか、黙るべきか。
彼女もまた、“何かから逃げてここにいる”ような気がした。でも自分は、それを理解する資格があるのか……。
「……私も、少し現実の自分と距離を置きたかったの。ここでなら、自分を見つめ直せる気がして」
千歳はゆっくりと頷いた。
「そっか。じゃあ、似てるのかもね、私たち」
ふと、ユイは千歳の瞳の奥に、自分自身を重ねていた。女性の姿を借りてここにいること、それを誰にも打ち明けられず、けれど誰かに寄り添いたいという願い。
千歳の笑顔がまぶしく思えた。
そして同時に、心の奥で“ズルさ”を感じた。彼女は本気で自分を信じてくれようとしている。でも、自分は――“本当の女の子”じゃない。
それを知られたら、どうなる?
友情が壊れるかもしれない。それでも……この時間は本物だったと、信じたい。
「また、ここで会ってくれる?」
そう問いかけたユイに、千歳は少し驚いたように目を見開き、そしてにっこりと笑った。
「もちろん。またここで、星を見ましょう」
仮想空間の夜が、ふたりの間に優しく降りてきた。
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ユイは人気の少ない公園のベンチに腰かけて、遠くの光を見つめていた。人の声、音、匂い――すべてが現実に似ていて、それでもほんの少しだけ幻想的だ。
「ここ、空いてますか?」
不意に声がかかった。振り向くと、短いボブカットにシンプルな白のニットワンピースを着た女性アバターが立っていた。目元に柔らかな笑みを浮かべ、どこか気だるげな雰囲気がある。
「え、うん。どうぞ」
女性はユイの隣に腰を下ろした。ゆっくりとした仕草で足を組み、空を見上げる。
「星、きれいですね。……まあ、プログラムだけど」
「そうですね。でも、本物よりも落ち着くかも」
「わかる。現実って、星を見る余裕ないですもんね」
その口調には、どこか経験者のような重みがあった。
「私、千歳(ちとせ)っていいます。ユイさん、ですよね? さっきプロフィールちらっと見えました」
「あ、うん。ユイ……です。よろしくね、千歳さん」
「さん付け、なんか照れるなぁ。同い年くらいでしょ?」
千歳は小さく笑った。どこか警戒心のない、その人懐っこさにユイは少し安心した。
二人はそのまま、ぽつりぽつりと話を交わした。現実でのことはあまり話さなかった。けれど、趣味の話、好きな音楽、VRで過ごす時間については自然と会話が弾んだ。
「……私ね、現実の自分、あんまり好きじゃないんだ」
千歳がふと、ぽつりとこぼした。
「こっちに来ると、自分が“消えてく感じ”がして、ちょっと楽になる。ユイさんは、どうしてここに?」
その問いに、ユイ――いや、拓也は言葉に詰まった。
本当のことを言うべきか、黙るべきか。
彼女もまた、“何かから逃げてここにいる”ような気がした。でも自分は、それを理解する資格があるのか……。
「……私も、少し現実の自分と距離を置きたかったの。ここでなら、自分を見つめ直せる気がして」
千歳はゆっくりと頷いた。
「そっか。じゃあ、似てるのかもね、私たち」
ふと、ユイは千歳の瞳の奥に、自分自身を重ねていた。女性の姿を借りてここにいること、それを誰にも打ち明けられず、けれど誰かに寄り添いたいという願い。
千歳の笑顔がまぶしく思えた。
そして同時に、心の奥で“ズルさ”を感じた。彼女は本気で自分を信じてくれようとしている。でも、自分は――“本当の女の子”じゃない。
それを知られたら、どうなる?
友情が壊れるかもしれない。それでも……この時間は本物だったと、信じたい。
「また、ここで会ってくれる?」
そう問いかけたユイに、千歳は少し驚いたように目を見開き、そしてにっこりと笑った。
「もちろん。またここで、星を見ましょう」
仮想空間の夜が、ふたりの間に優しく降りてきた。
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