入れ替わり夫婦

廣瀬純七

文字の大きさ
14 / 20

夏美との再会

しおりを挟む
 朝のオフィスは、始業前のざわめきで満ちていた。コピー機が軽快に動く音、マグカップに注がれるコーヒーの香り、キーボードを打つ軽やかな音。
 隆司の姿の美咲は、スーツ姿で背筋を伸ばしながら入室したものの、胸の鼓動はドキドキと早鐘のようだった。

「よし……落ち着いて。今日は“システムエンジニアの山本隆司”なのよ、私」
 そう心で言い聞かせながらデスクに向かう途中、ふと視界に懐かしい人影が飛び込んできた。

「――あっ、夏美‼ 久しぶりー!」

 無意識に声が弾み、手までひらひらと振ってしまった。
 振り返った女性は、柔らかなショートヘアに優しい笑顔が似合う、佐藤夏美。美咲が寿退社をする前まで、ずっと机を並べて一緒に働いていた大親友だった。

 しかし夏美は「え?」とキョトンとした顔で立ち止まり、視線を美咲(のつもりで声をかけてきた隆司の姿)に向けた。

「……えっと、山本くん……どうしたの?」

 そこでようやく美咲は、自分が今は“隆司の姿”であることを思い出した。
(や、やばい! 私ったら完全に自分の顔だと思って声かけちゃった!)

 頭の中で警報が鳴り響く。慌てて笑顔を作り、口元を押さえながら必死に取り繕う。
「み、み、美咲がね! 久しぶりに夏美に会いたいなって言ってたんだよ!」

「えっ……美咲が?」
 夏美は目をぱちぱち瞬かせた。

「そ、そうそう! だから、えっと……俺が代わりに言っとこうかなって!」
「ふーん?」

 夏美の表情は疑問符でいっぱいだ。美咲は内心で冷や汗をダラダラ流しながらも、とにかくごまかし続けるしかなかった。

「ほ、ほら、夫婦だから! そういうのってあるじゃない? 伝言みたいなやつ!」

「……山本くん、朝からテンション高いね」
 夏美は困ったように笑いながらも、深くは追及せず、そのまま自分のデスクへ戻っていった。

 その背中を見送りながら、美咲は心の中で盛大にため息をついた。
(あーっ、もう! 危なかった……! これからちゃんと“隆司”になりきらないと!)

 ネクタイをぎゅっと握り直し、気持ちを切り替えようとする美咲だったが、さっきの夏美のキョトン顔が頭から離れず、顔が赤くなるのを止められなかった。

---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

夫婦交錯

山田森湖
恋愛
同じマンションの隣の部屋の同い年の夫婦。思いの交錯、運命かそれとも・・・・。 少しアダルトなラブコメ

BODY SWAP

廣瀬純七
大衆娯楽
ある日突然に体が入れ替わった純と拓也の話

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...