秘書と社長の秘密

廣瀬純七

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「あ、佐藤さん。お疲れ様です」「木村さん、さっきの会議中、なんだかずっと山下くんの方を見てたけど……何か気になることでもあった? 社長に余計な報告、してないよね?」

 佐藤の目は笑っていなかった。それは、部下を守るための目ではなく、自分の保身を脅かす存在を警戒する、狡猾な政治家の目だった。

 高橋は、木村由紀として、静かに微笑んだ。 彼女がいつも見せている、あの完璧で、何も読み取らせない「秘書」の微笑みだ。

「いいえ。社長は、数字以外のものには興味がありませんから。ご安心ください

「木村さん、今日この後空いてる? 恵比寿に新しいビストロができたんだけど、女子会しよ!」

 定時を少し過ぎた頃、広報部の新山遥香が、由紀(中身は高橋)のデスクに駆け寄ってきた。 高橋は一瞬、フリーズした。 女子会。それは、45歳の独身男性として生きてきた高橋健一にとって、火星の裏側と同じくらい未知の領域だった。

「えっ、あ、いや……今日はちょっと……」「ダメだよ、先週も断ったじゃない! 木村さん、最近働きすぎ。社長が無理させてるんでしょ? 愚痴、吐き出しちゃいなよ」

 高橋は、自分の姿をした由紀(社長室でふんぞり返っているはずの彼女)の顔を思い浮かべた。 ……待てよ。これは、秘書という立場すら超えた、社員の「真の深層心理」に触れるチャンスではないか。

「……わかりました。行きましょう、新山さん」「やった! じゃあ19時に駅前ね!」 高橋は、由紀のクローゼットにあった少しタイトな膝丈のスカートに着替えて、慣れない手つきでリップを塗り直した。鏡に映る自分はどこからどう見ても完璧な秘書だが、心臓の鼓動はプレゼン前よりも激しい。

 恵比寿の路地裏にある、照明を落とした洒落たビストロ。 集まったのは、広報の遥香、デザイン課の美紀、そして営業部のサオリの三人。そこに「由紀」として高橋が加わった。

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