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誰もいないオフィスフロア。社長のデスクに並んで座り、二人は一晩中、社内チャットのログを見返し、現場の不満を吸い上げ、具体的な改善案をホワイトボードに書き殴った。
「……よし、これで全部だな。木村くん、君の視点は本当に鋭い。私がどれだけ数字という『結果』ばかりを見て、そこに至る『プロセス』を軽視していたか、思い知らされたよ」
由紀の姿の高橋が、疲れ果てて椅子の背もたれに体を預けた。その時、ポケットの中のスマートフォンが、これまでで最も激しく振動した。
【シンクロ率 100%:プログラムを終了します。視点を忘れないでください】
画面に表示された文字が、まばゆい光を放ち始める。
「あ……社長、光が……!」「ああ。……木村くん、本当にありがとう。君のおかげで、私はもう一度、この会社を愛せそうだ」
二人の視線が重なった瞬間、再びあの強烈な浮遊感が襲った。 意識が混濁し、自分の境界線が溶けていくような感覚。電子音が遠くで鳴り響き、視界が真っ白に塗りつぶされる。
数秒後。 重力が、正しい重さで戻ってきた。
「……っ」
高橋は、自分の大きな手を見た。節くれ立ち、少し乾燥した、45歳の男の手だ。 顔を上げると、そこにはいつものように、凛とした表情で立つ木村由紀の姿があった。
「……戻った、のか」
高橋が自分の低い声で呟くと、由紀は自分の肩や腕を確かめるように触れ、深く、深く息を吐き出した。
「……戻りましたね。……あぁ、体が軽い。社長の体、本当に岩みたいに重かったんですから」
由紀は少しだけいたずらっぽく笑い、それからいつものように完璧な一礼をした。
「お疲れ様でした、高橋社長。……いえ、健一さん」
一瞬だけ名前で呼ばれたことに、高橋は照れくさそうに鼻をこすった。
「ああ、お疲れ様。……さて、もう始発が出る時間だ。今日はこのまま解散にしよう。木村くん、君は今日、絶対に会社に来るな。これは社長命令だ。彼氏との埋め合わせに全力を尽くせ」
「……いいんですか? スケジュールが詰まっていますが」
「私がなんとかする。秘書に頼りきりの社長なんて、もう卒業だ。……それから、これ」
高橋は、デスクに置いてあった自分の財布から、一枚のカードを取り出して彼女に差し出した。
「……よし、これで全部だな。木村くん、君の視点は本当に鋭い。私がどれだけ数字という『結果』ばかりを見て、そこに至る『プロセス』を軽視していたか、思い知らされたよ」
由紀の姿の高橋が、疲れ果てて椅子の背もたれに体を預けた。その時、ポケットの中のスマートフォンが、これまでで最も激しく振動した。
【シンクロ率 100%:プログラムを終了します。視点を忘れないでください】
画面に表示された文字が、まばゆい光を放ち始める。
「あ……社長、光が……!」「ああ。……木村くん、本当にありがとう。君のおかげで、私はもう一度、この会社を愛せそうだ」
二人の視線が重なった瞬間、再びあの強烈な浮遊感が襲った。 意識が混濁し、自分の境界線が溶けていくような感覚。電子音が遠くで鳴り響き、視界が真っ白に塗りつぶされる。
数秒後。 重力が、正しい重さで戻ってきた。
「……っ」
高橋は、自分の大きな手を見た。節くれ立ち、少し乾燥した、45歳の男の手だ。 顔を上げると、そこにはいつものように、凛とした表情で立つ木村由紀の姿があった。
「……戻った、のか」
高橋が自分の低い声で呟くと、由紀は自分の肩や腕を確かめるように触れ、深く、深く息を吐き出した。
「……戻りましたね。……あぁ、体が軽い。社長の体、本当に岩みたいに重かったんですから」
由紀は少しだけいたずらっぽく笑い、それからいつものように完璧な一礼をした。
「お疲れ様でした、高橋社長。……いえ、健一さん」
一瞬だけ名前で呼ばれたことに、高橋は照れくさそうに鼻をこすった。
「ああ、お疲れ様。……さて、もう始発が出る時間だ。今日はこのまま解散にしよう。木村くん、君は今日、絶対に会社に来るな。これは社長命令だ。彼氏との埋め合わせに全力を尽くせ」
「……いいんですか? スケジュールが詰まっていますが」
「私がなんとかする。秘書に頼りきりの社長なんて、もう卒業だ。……それから、これ」
高橋は、デスクに置いてあった自分の財布から、一枚のカードを取り出して彼女に差し出した。