秘書と社長の秘密

廣瀬純七

文字の大きさ
11 / 17

11

「私の行きつけのレストランのプラチナチケットだ。今日、無理を言って一席空けさせた。彼氏と、最高のディナーを楽しんでこい。……昨日の穴埋めの、ほんの一部だ」

 由紀は驚いたように目を見開いたが、やがて柔らかく微笑んで、そのカードを受け取った。

「……ありがとうございます。遠慮なく、一番高いコースを頼ませていただきますね」

 二人は並んでエレベーターに乗り、一階のロビーへ降りた。 自動ドアが開くと、冷たくも清々しい早朝の空気が二人を包み込む。

「じゃあ、また明日。……いや、明後日かな」「はい。……あ、社長」

 タクシーを拾おうとした高橋を、由紀が呼び止めた。

「女子会で言われていたこと、忘れないでくださいね。ネクタイのセンス、今日のは……まあまあだと思います」

 高橋は自分のネクタイを触り、苦笑した。

「……努力するよ」

 別々のタクシーに乗り込み、二人はそれぞれの家へと向かう。 高橋は車窓から流れる朝日を眺めながら、スマートフォンを取り出した。あのアプリは、跡形もなく消えていた。

 だが、彼の胸の中には、昨日まではなかった「社員たちの体温」が確かに残っている。

 明日からの『ネクスト・コア』は、きっと少しだけ、風通しが良くなるはずだ。 高橋健一は、心地よい疲れと共に、静かに目を閉じた。

 あの不思議な体験から三日。 高橋健一は変わろうとしていた。朝は自分から社員に声をかけ、会議ではまず若手の意見に耳を傾ける。しかし、数年かけて築き上げられた「冷徹なワンマン社長」という壁は厚く、社員たちの反応は「社長、急にどうしたんだ?」「何か悪いものでも食べたのか?」という戸惑いが大半だった。

 そんな中、プロジェクト『ゼウス』に重大なトラブルが発生した。 PMの佐藤からは「軽微なバグです」と報告が上がっているが、高橋には分かっていた。あの女子会で聞いた現場の疲弊、そして隠蔽の空気。これは「軽微」などではない。

 午後二時。社長室。 高橋はデスクに置いたスマートフォンを凝視していた。三日前に消えたはずのアイコンが、数分前から再び画面に浮かび上がっていたのだ。

「……木村くん」 呼びかけると、書類を整理していた由紀が顔を上げた。彼女もまた、高橋の視線の先にあるものに気づいていた。

感想 0

あなたにおすすめの小説

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

リアルフェイスマスク

廣瀬純七
ファンタジー
リアルなフェイスマスクで女性に変身する男の話

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

ストレンジ&デイズ

廣瀬純七
青春
ある朝、高校生の男女が入れ替わる不思議なお話。

バーチャル女子高生

廣瀬純七
大衆娯楽
バーチャルの世界で女子高生になるサラリーマンの話

兄の悪戯

廣瀬純七
大衆娯楽
悪戯好きな兄が弟と妹に催眠術をかける話