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あれから半年後、
高層ビルの最上階にある社長室。重苦しい沈黙の中に、高橋健一の溜息が白く消えていきました。
「……やはり、現場の連中の本音が掴めん。このままでは新プロジェクトの強行は火を見るより明らかだ」
デスクに置かれた資料を睨みつけながら、高橋は苦渋の表情を浮かべます。隣に控える秘書の木村由紀も、手元のタブレットを握りしめたまま、困惑の色を隠せませんでした。
「そうですね。反対派のリーダーである佐藤課長は、私の前では決して本心を明かしません。社長に対しても、表面上は恭順な態度を崩しませんし……」
二人の脳裏には、数週間前の「あの出来事」が浮かんでいました。正体不明のアプリによって中身が入れ替わり、互いの立場を経験したことで解決した前回の騒動。元の体に戻った瞬間、魔法が解けたかのように二人のスマホからそのアプリは消え去っていました。
「……木村くん。不謹慎なのは百も承知だが、今こそ『あれ』があればと思わないか?」「……はい。正直、私も同じことを考えていました。私が社長として佐藤課長と対峙し、社長が私の姿で現場の空気を感じ取ることができれば、この膠着状態を打破できるはずです」
高橋は深く椅子にもたれかかり、天井を仰ぎながら溜息をついた。
「……アプリがあれば潜入するのは簡単なんだけどな。私が女装して君にメイクをしてもらっても、流石にバレバレだろうし……」
真剣な顔でそんな非現実的なことを呟く社長の横で、秘書の木村由紀は手元のタブレットを操作する手を一瞬だけ止めた。彼女は眼鏡のブリッジを指先で押し上げると、感情の読めない涼しげな瞳を社長に向け、小さく口角を上げた。
「……社長って、時々本当に面白いことをおっしゃるんですね」
皮肉とも感心とも取れるその言葉に、社長は「冗談だよ」と照れくさそうに頭を掻いた。
高橋は藁にもすがる思いで、自分のスマートフォンのホーム画面を何度もスワイプしました。しかし、いくら探しても、あの奇妙なアイコンは見当たりません。
「やはり、ないか。App Storeで検索しても出てこない。まるで最初から存在しなかったかのようだ」「私の端末も同じです。バックアップも確認しましたが、形跡すら残っていません」
二人は顔を見合わせ、深い溜息をつきました。超常的な力に頼ろうとした自分たちの弱さを恥じるように、高橋が椅子に深く背を預けた、その時でした。
――ピピピピッ、ピピピピッ。
静まり返った室内に、電子音が鳴り響きました。由紀のポケットの中にあるスマートフォンのアラームです。
「失礼しました。次の会議の準備時間で……」
由紀紀が申し訳なさそうにスマホを取り出し、画面に触れてアラームを止めようとした瞬間、彼女の指が止まりました。
「……え?」「どうした、木村くん」
由紀の顔から血の気が引き、次の瞬間、驚愕で目が見開かれます。彼女は震える手で、スマホの画面を高橋の方へと向けました。
「社長……これ……」
そこには、数分前まで確かに存在しなかったはずの、あの禍々しくも懐かしいアイコンが鎮座していました。
人の形が二つ、円を描くように重なり合ったデザイン。アプリ名は――『インサイト・ミラー』。
「戻って……きたのか?」
高橋が声を震わせながら画面を覗き込みます。由紀が恐る恐るそのアイコンをタップすると、画面には以前にはなかった一文が表示されました。
『相互理解の不足を検知しました。再試行を許可します』
二人は言葉を失い、ただ光を放つスマホの画面を見つめました。窓の外では、夕刻の街が騒がしく動き始めています。
「……やるか、木村くん」「……はい、社長」
二人が同時に画面の「START」ボタンに指を伸ばした瞬間、社長室の空気が一変し、眩い光が二人を包み込んだ。
「To Be Continued…」
高層ビルの最上階にある社長室。重苦しい沈黙の中に、高橋健一の溜息が白く消えていきました。
「……やはり、現場の連中の本音が掴めん。このままでは新プロジェクトの強行は火を見るより明らかだ」
デスクに置かれた資料を睨みつけながら、高橋は苦渋の表情を浮かべます。隣に控える秘書の木村由紀も、手元のタブレットを握りしめたまま、困惑の色を隠せませんでした。
「そうですね。反対派のリーダーである佐藤課長は、私の前では決して本心を明かしません。社長に対しても、表面上は恭順な態度を崩しませんし……」
二人の脳裏には、数週間前の「あの出来事」が浮かんでいました。正体不明のアプリによって中身が入れ替わり、互いの立場を経験したことで解決した前回の騒動。元の体に戻った瞬間、魔法が解けたかのように二人のスマホからそのアプリは消え去っていました。
「……木村くん。不謹慎なのは百も承知だが、今こそ『あれ』があればと思わないか?」「……はい。正直、私も同じことを考えていました。私が社長として佐藤課長と対峙し、社長が私の姿で現場の空気を感じ取ることができれば、この膠着状態を打破できるはずです」
高橋は深く椅子にもたれかかり、天井を仰ぎながら溜息をついた。
「……アプリがあれば潜入するのは簡単なんだけどな。私が女装して君にメイクをしてもらっても、流石にバレバレだろうし……」
真剣な顔でそんな非現実的なことを呟く社長の横で、秘書の木村由紀は手元のタブレットを操作する手を一瞬だけ止めた。彼女は眼鏡のブリッジを指先で押し上げると、感情の読めない涼しげな瞳を社長に向け、小さく口角を上げた。
「……社長って、時々本当に面白いことをおっしゃるんですね」
皮肉とも感心とも取れるその言葉に、社長は「冗談だよ」と照れくさそうに頭を掻いた。
高橋は藁にもすがる思いで、自分のスマートフォンのホーム画面を何度もスワイプしました。しかし、いくら探しても、あの奇妙なアイコンは見当たりません。
「やはり、ないか。App Storeで検索しても出てこない。まるで最初から存在しなかったかのようだ」「私の端末も同じです。バックアップも確認しましたが、形跡すら残っていません」
二人は顔を見合わせ、深い溜息をつきました。超常的な力に頼ろうとした自分たちの弱さを恥じるように、高橋が椅子に深く背を預けた、その時でした。
――ピピピピッ、ピピピピッ。
静まり返った室内に、電子音が鳴り響きました。由紀のポケットの中にあるスマートフォンのアラームです。
「失礼しました。次の会議の準備時間で……」
由紀紀が申し訳なさそうにスマホを取り出し、画面に触れてアラームを止めようとした瞬間、彼女の指が止まりました。
「……え?」「どうした、木村くん」
由紀の顔から血の気が引き、次の瞬間、驚愕で目が見開かれます。彼女は震える手で、スマホの画面を高橋の方へと向けました。
「社長……これ……」
そこには、数分前まで確かに存在しなかったはずの、あの禍々しくも懐かしいアイコンが鎮座していました。
人の形が二つ、円を描くように重なり合ったデザイン。アプリ名は――『インサイト・ミラー』。
「戻って……きたのか?」
高橋が声を震わせながら画面を覗き込みます。由紀が恐る恐るそのアイコンをタップすると、画面には以前にはなかった一文が表示されました。
『相互理解の不足を検知しました。再試行を許可します』
二人は言葉を失い、ただ光を放つスマホの画面を見つめました。窓の外では、夕刻の街が騒がしく動き始めています。
「……やるか、木村くん」「……はい、社長」
二人が同時に画面の「START」ボタンに指を伸ばした瞬間、社長室の空気が一変し、眩い光が二人を包み込んだ。
「To Be Continued…」