入れ替わりノート

歩美の家

夕暮れの街並みを抜け、歩美の体になった隆司は彼女の家の前に立っていた。  
（うわぁ…これが橘の家か。なんだか他人の家に勝手に入るのって緊張するな…。）  

インターホンを押さずに玄関を開けると、中から「おかえり～！」と明るい声が聞こえた。  
母親の美和子がキッチンから顔を出して手を振る。  

「あら、歩美。今日は遅かったわね。塾でも寄ってたの？」  

（塾？あいつ、塾なんて行ってるのか？）  
隆司は戸惑いつつも、曖昧に笑って誤魔化した。  
「あ、うん、ちょっと寄り道してて…。」  

「寄り道？珍しいわね、いつもは真っ直ぐ帰ってくるのに。」  
美和子は不思議そうな顔をしたが、それ以上追及はしなかった。  

リビングに入ると、妹の奈緒がテーブルで宿題をしている。彼女はちらっと隆司（歩美）を見上げ、眉をひそめた。  
「ねえお姉ちゃん、なんか最近変じゃない？」  

「えっ！？な、なんで？」  
隆司は動揺して声が裏返る。  

「なんでって、今日の朝も、靴下左右バラバラだったし、学校の話とかしても全然乗ってこないし。」  
奈緒は腕を組んでジト目で見つめる。  

「そ、そんなことないよ！ほら、ちゃんと普通じゃん！」  
隆司は慌ててテーブルの上のペンを掴み、無理やり宿題を覗き込んだ。  

「ふーん…ほんとかなぁ。」  
奈緒は納得していない様子だったが、また宿題に目を戻した。  

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夕食の時間になり、家族全員が食卓に集まると、さらに奇妙な会話が展開される。  

「歩美、今日の学校はどうだった？」  
父親の浩司が新聞をたたみながら尋ねた。  

「え？学校…？ああ、特に普通だったよ。」  
隆司は適当に答えたが、美和子が首を傾げた。  
「普通って…テスト返却の日じゃなかった？」  

（テスト！？マジか！知らねえよ！）  
隆司は一瞬硬直したが、咄嗟に思いついた言い訳を口にする。  
「あ、いや、まあまあだったから特に話すこともなくて…。」  

「まあまあ？あなた、最近勉強頑張ってたんじゃないの？」  
浩司の視線が鋭くなると、奈緒がニヤニヤしながら口を挟んだ。  
「ねえお姉ちゃん、本当は赤点取ったんじゃないの？」  

「ち、違うって！大丈夫だったから！」  
隆司は慌てて否定するが、家族全員の視線が微妙に疑いの色を帯びているのを感じた。  

その後も食事中、普段の歩美らしさとはかけ離れた隆司の振る舞いが目立った。  
味噌汁を飲むとき、彼は思わず「うめえ」と声を漏らし、家族全員が驚いた顔をする。  
「え…歩美がそんな言い方するなんて珍しいわね。いつもは『美味しい』でしょ？」  
美和子が微笑みながら言うと、隆司は箸を持つ手をピタリと止めた。  

（やべえ…つい癖が出た。）  
「えっと、なんか最近ちょっと…砕けた感じでいこうかなって思って。」  
苦し紛れにそう答えると、奈緒がくすくす笑った。  
「絶対おかしいよ、お姉ちゃん。」  

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その夜、自室に戻った隆司はベッドに倒れ込んだ。  
（あいつ、こんな家庭でよく毎日やってるな…。女子の体も家族も、全部勝手が違って本当に疲れる。）  

スマホを取り出し、朋美にメッセージを送る。  
「おい、橘の家族、マジで観察力やばいんだけど。バレるかと思った。」  

すぐに返信が返ってきた。  
「そっちこそ！隆司の妹、あんたの挙動全部チェックしてくるんだけど！？疲れる！」  

二人はお互いの状況を共有しながら、元に戻る方法を早く見つけたいと強く思うのだった。  

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