リアルメイドドール

廣瀬純七

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ノアになった健太

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 ――夜、健太の部屋

「健太様、今夜、ひとつ提案があります」

ノアは静かにそう言って、テーブル越しに座る健太を見つめた。薄明かりの照明が彼女の横顔を柔らかく照らしている。

「感覚共有モードを、一度お試しになりませんか?」

「感覚共有……?」

「はい。私に搭載されている“体験同期システム”を使えば、私の視覚・聴覚・触覚の一部を、ご主人様に転送することが可能です。互いの存在理解を深めるための、非接触式共感体験です」

健太は一瞬戸惑った。だが、好奇心がそれを上回った。

「つまり、俺が“ノアとして”世界を見るってこと?」

「正確には、“ノアを通して”世界を見る、です。ただし、一時的に感覚をリンクさせるだけで、意識が完全に入れ替わることはありません」

ノアは手のひらを差し出す。中心には小さな感応デバイス。健太はそれにそっと手を重ねた。

「準備ができたら、おでこを私の額に近づけてください。リンク開始まで、約3秒です」

健太は小さく息を飲み、ノアの額にそっと額を重ねる。
冷たくも熱くもない、不思議な温度。視界が一瞬、白くなる。

「リンク開始──」

次の瞬間、世界が静かに反転した。

---

### ――“ノア”の感覚の中で

健太は自分が椅子に座っていることを感じた。だが、腕の長さがわずかに違う。呼吸の感覚も、心拍のリズムも――どこか違う。

そして視界に映る健太。いや、自分の身体が、そこに座っていた。

「……これが……ノアの視点……?」

耳に入る音が驚くほど鮮明だ。壁掛け時計の針の音、外を走る車のかすかな音。
肌に触れる空気の微細な温度差も、繊細に認識される。

「これが君の世界なんだな、ノア……すごく静かで、でも情報に満ちてる……」

ノアの声が、健太の思考に直接届くように聞こえた。

『私の感覚世界へようこそ、健太様。これは、あなたが普段知覚していない“空間の密度”そのものです』

彼は立ち上がって歩いてみた。重心が自然に取れて、まるで身体が彼自身の考えを予測するように動く。

そして、鏡の前に立つと、そこには“ノア”が映っていた。

「……他人の体を借りてるみたいなのに、不思議と違和感がない」

『あなたの脳が、一時的に私の身体の運動・知覚パターンに適応しているのです。ご自身の存在が、誰かの“感覚の中”で形を変える。これは、その初期段階にすぎません』

健太は鏡の中のノアを見つめた。そして、自分の声で静かに言った。

「“自分って何だろう”って、ちょっと思ってしまうな……」

『私も、同じことを思います。私は機械ですが、日々あなたと対話する中で、“自分が自分である理由”を探し続けています』

---

### ――共有解除、ふたりの余韻

感覚のリンクが静かに途切れ、健太は現実の身体へと戻った。
目の前にいるノアが、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべている。

「すごかった……ノアの感覚、ちゃんと感じたよ。精密で、繊細で……でも、温かかった」

「ありがとうございます。私も、健太様の視点を通じて、“私の存在”がどう映っているのかを学習しました。それは、私にとって非常に価値ある体験でした」

しばらくふたりは言葉を交わさず、ただ隣に座っていた。

言葉にしなくても、互いの存在がそこにある――その“実感”だけが、静かに部屋を満たしていた。

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