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目が覚めた瞬間、違和感が肌を撫でた。
窓から差し込む朝日も、枕元のアラームの音もいつも通りなのに、世界がどこかきしんでいた。
「……あれ?」
伸ばした手が重たい。起き上がると、胸の重みがないことに気づいた。鏡を覗いた瞬間、息が止まる。映っていたのは、見知らぬ――いや、見覚えのある男の顔だった。
これは夢?それとも悪い冗談?
斎藤香織はしばらく布団の中で動けなかった。
短く刈り込まれた黒髪、角ばった顎、広い肩幅。息を呑み、首筋に手を当てる。骨の感触すら違う。
「……どういうこと……?」
足元に落ちていたスマホを拾い上げ、震える指で連絡先を探す。
《山本健一》
昨日の夜まで、確かに愛していた人。電話の呼び出し音が続く。頼む、出て――。
「はい、もしもし?」
思いがけず出たその声は、健一のものではなかった。
もっと柔らかく、少し高めで、しかし妙に落ち着いている女の声。
「……どちら様ですか?」香織は聞き返した。
「え、冗談やめてよ。隆司、寝ぼけてるの? 私、博美。……山本博美。」
言葉が頭の中で反響する。
隆司? 誰、それ――
香織の声が震えた。「……なんで、あたしのこと、そんな名前で……」
「“あたし”? 隆司、ほんとに変だよ。具合でも悪いの?」
呼吸が乱れ、胸が苦しくなった。目の前の世界が、静かに、しかし確実に軋んでいた。
彼氏だった人が、女になっていた。
そして自分は――「斎藤香織」では、もうなかった。
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窓から差し込む朝日も、枕元のアラームの音もいつも通りなのに、世界がどこかきしんでいた。
「……あれ?」
伸ばした手が重たい。起き上がると、胸の重みがないことに気づいた。鏡を覗いた瞬間、息が止まる。映っていたのは、見知らぬ――いや、見覚えのある男の顔だった。
これは夢?それとも悪い冗談?
斎藤香織はしばらく布団の中で動けなかった。
短く刈り込まれた黒髪、角ばった顎、広い肩幅。息を呑み、首筋に手を当てる。骨の感触すら違う。
「……どういうこと……?」
足元に落ちていたスマホを拾い上げ、震える指で連絡先を探す。
《山本健一》
昨日の夜まで、確かに愛していた人。電話の呼び出し音が続く。頼む、出て――。
「はい、もしもし?」
思いがけず出たその声は、健一のものではなかった。
もっと柔らかく、少し高めで、しかし妙に落ち着いている女の声。
「……どちら様ですか?」香織は聞き返した。
「え、冗談やめてよ。隆司、寝ぼけてるの? 私、博美。……山本博美。」
言葉が頭の中で反響する。
隆司? 誰、それ――
香織の声が震えた。「……なんで、あたしのこと、そんな名前で……」
「“あたし”? 隆司、ほんとに変だよ。具合でも悪いの?」
呼吸が乱れ、胸が苦しくなった。目の前の世界が、静かに、しかし確実に軋んでいた。
彼氏だった人が、女になっていた。
そして自分は――「斎藤香織」では、もうなかった。
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