性別交換ノート

廣瀬純七

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帰り道

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放課後、秋の風が心地よく頬を撫でる。夕焼けが校舎の窓をオレンジ色に染め、グラウンドの隅では部活の掛け声がまだ響いていた。山本渚は鞄を片手に、いつものように幼なじみの優斗と並んで校門を出た。

二人で歩く帰り道は、昔から変わらない。小学生の頃はランドセルを背負って同じ道を帰り、中学では部活の話やテストの愚痴をこぼし合い、高校に入った今は未来のことをぼんやり語る。特別なことは何もないが、その「当たり前」が渚にとっては心地よかった。

ふと、昼間図書室で見つけたノートのことが頭をよぎる。性別が入れ替わる――そんな荒唐無稽な話を思い出すと、どうしても気になってしまう。秘密にしておけばいいのに、気安さから口に出してしまった。

「ねえ、優斗。もしさ、ある日突然、性別が変わっちゃったらどうする?」

突然の問いに、優斗は一瞬きょとんとした顔をする。夕陽に照らされて、その横顔はどこか大人びて見えた。

「性別? 俺が女になるとか?」

「そうそう」

「うーん……そんなこと考えたことないな」

首をかしげる優斗は、少し考え込んでから渚をちらりと見て、口元に笑みを浮かべた。

「じゃあさ、渚ならどうするんだ?」

反射的に聞き返されて、渚は言葉に詰まった。自分でも想像してはいたが、改めて問われると答えに困る。それでも笑いながら言った。

「私? えー……たぶん、まず鏡の前で大騒ぎすると思う」

「だろうな。朝から『キャー!』とか叫んでそう」

「ちょっと! そんな声出さないよ!」

渚が頬をふくらませると、優斗は声を上げて笑った。その笑いにつられて渚も笑ってしまう。

「でもさ、もし優斗が女になったら……たぶんすぐモテるよ。顔整ってるし、運動神経いいし」

「いやいや、モテるとか関係ないだろ」

「絶対モテるって! 入学した次の日には男子から告白されてるよ」

「そんな早く!?」

「うん。『一目惚れしました!』とか言われてさ、どうするの?」

優斗は頭をかきながら「困るな……」と苦笑する。渚は想像が膨らんで止まらなくなった。

「でさ、優斗が女子になったら、一緒にショッピング行って、服選んであげる! あーでも優斗の性格だと、スカートとか嫌がりそう」

「いや、絶対嫌だな。ズボンで通す」

「そこはちょっと楽しんでみなよ!」

渚が大げさに肩をすくめると、優斗は「じゃあ渚が男になったら?」と切り返す。

「えっ、私が?」

「そう。男になったらどうする?」

「……まず身長伸びてるか確かめたい!」

思わず即答すると、二人とも笑い転げた。

「あと、体育の授業でサッカーとかバスケとか、もっと本気でやってみたいかも」

「おー、渚が運動部に入る姿は想像できないな」

「ひどい!」

「でもなんか、渚が男だったら……すごいおしゃべりでクラスを仕切ってそう」

「え、それって今と変わらないってこと?」

「まあな」

二人の笑い声が、暮れかけた空に響いた。

やがて住宅街に入ると、道端の電灯がぽつぽつと点り始める。ふざけ半分の妄想のはずなのに、話しているうちに「もしも」が少しずつリアルに思えてくる。

(もし本当に入れ替わったら……どうなるんだろう)

渚はそんな考えを胸の奥に隠したまま、笑顔を作る。

「ねえ、優斗が女の子になったらさ、私が守ってあげるよ」

「ははっ、頼りにしてる」

優斗が軽く肩を小突いてきて、渚も仕返しのように押し返す。夕焼けに包まれた帰り道は、いつもより鮮やかに感じられた。
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