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09-実体化実験

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結論から言おう、シャンプーは実体化に成功した。

「こ、これは凄い……凄すぎる!」

試しに使ってみたら俺が愛用しているシャンプーと変わりのない洗い上がりだ。

もしかしてこれを量産してジャックさん達が居る街に持っていけば売れるのでは……?
エリシアさんのシャンプーへの食いつきを見るに、需要があるのは間違いない。
今度来た時にでも聞いてみるか……お小遣い程度の稼ぎにはなるかもしれない。

ただ今のところ、急ぎでお金を稼ぐ必要性はない。
電気ガス水道はただで使えるし、食べ物にも困ってないからな。
唯一問題だった消耗品、特にシャンプーは粘土から実体化することが分かったわけだしこの分ならボディソープも同じ要領で作れるだろう。
となると、あと気になるのはトイレットペーパーだ。
粘土でトイレットペーパのミニチュアを作ったことはないが、やろうと思えばできそうな気がする……。

例えば芯は厚紙を使って作り、紙の部分はひたすらに粘土を薄く伸ばして切れないギリギリの厚さで芯に巻き付けるとか……。
今度試してみるか……。

今はもう繋がらないスマホのメモ機能に『粘土でトイレットペーパーを作る』と忘れない様にメモを残す。
すぐに挑戦してみてもいいが、それより俺の作るものがどこまで実体化するのか記録を残して置きたい。

仕事で使っていたルーズリーフを取り出し、粘土で実体化するものを書き記していく。

まずは食べ物。そして今回実体化したシャンプー。
どれも粘土を材料として作ったものだ。

そこでふと疑問が生まれる。
実体化するのは果たして粘土を使ったものだけなのだろうか?もし粘土を使わずに作ったミニチュアも実体化するのなら作れるものが一気に広がる。

好奇心に負け、始めたばかりの記録もそこそこにミニチュアの製作に取り掛かる。
今回は粘土を一切使わないもので実験だ。

使うものはレジン液とレジン液を流し入れる型、シリコンモールド。

シリコンモールドとはシリコンで出来た型のこと。
様々な形のものがあり、粘土の型取りにも使える優れもの。
手芸の専門店に行けばかなりの種類が取り扱いされており小さいものだと三百円程度で購入できるが、大きいものや複雑な形のモールドは三千円くらいするものもある。

俺が使うのはミニチュア用のティーカップの型が取れるモールドだ。
我が家にマグカップはあってもティーカップはないので実体化すればまたジャックたちが来た時にもてなし用に使えると思った。

作り方は簡単。
モールドにレジン液を流し込んでライトで硬化させるだけ。
硬化したら型からはみ出した部分、バリを取ってやすりをかけ形を整え完成だ。


…………。
……。

完成して少し時間が経過したがレジンで作ったティーカップは一向に実体化しない。

やっぱ粘土を使ってないとダメなのか?

せっかく作った(といっても型に入れて硬化させただけだけど)ティーカップなので着色したレジンをカップの中に注ぎ入れ紅茶の入ったミニチュアにしてみた。

実体化しないのは残念だけとこれはこれで満足いく出来だから……良しとしよう!

紅茶だけだと少し物足りない気がしたのでティーカップの淵に粘土で作った小さなレモンの輪切りを添えてみる。
これで立派なレモンティーだ。
眺めて満足していると急にミニチュアのティーカップが淡く光り出した。
粘土の食べ物が実体化する光と同じものだ。そのまま光が収まり気が付けばティーカップは添えたレモンと一緒に実体化していた。

どうやら粘土で作ったものを添えるだけでも実体化するらしい……マジか。









――――――――――――――

ニロがすっかりミニチュア実体化の実験に夢中になっている頃。
冒険者パーティー【何でも屋】のメンバーは町に向かう道中で休憩しつつ携帯食を口にしていた。

この世界の携帯食は固めのパンと塩辛い干し肉だけだ。
パンには薬草が練り込まれており栄養価もあり日持ちもするのだが、如何せん味はあまり良くない。

「あーあ……ニロのご飯美味しかったなぁ……」

もそもそとしたパンを噛み千切りながらレイチェルが呟く。

「確かにかなり美味しかったわね、ニロって元の世界じゃ料理人か何かだったかのかしら?」
「ね!あんなに美味しいものが作れるなら王都でレストランだって開けるよ!うう、思い出したら余計今の携帯食がまずいよう……」

しょんぼりと肩を落としながらもレイチェルはパンを齧るのを止めない。
いくら固くて不味くても貴重な食料を無駄には出来ないのだ。

「レイチェル、いや、皆も分かっているとは思うがニロの事は他言無用だからな」
「えーっ!?なんで!?」

ニロの事を話すなと言うジャックにレイチェルが不満そうな声を上げる。

「私、冒険者仲間に美味しいもの食べたんだよって自慢しようと思ってたのに!」
「……レイチェル、もしお前がした自慢話が広がって、ニロに迷惑が掛かったらどうする?冒険者の中にはガラの悪い連中だっているんだ。そいつらがあの不思議な家を見つけたら?ニロの料理の腕前を知って欲しがったら?ニロを奴隷にしてでも奪おうとする可能性だってある。それくらいの価値がニロにも、あの家にもあるんだ」

彼らが暮らしているレイブン国では奴隷の売買や使役は禁じられているが、禁止していない国もある。隣国も禁止はされていない。
そして人の口に戸は立てられぬものだ。
いくら「ここだけの話だけど……誰にも言わないで」と言ったところで傍で聞き耳を立てている者がいるかもしれないし、話した相手が約束を守って黙っているとは限らない。
万が一、悪人の耳にニロの話が届けば金になるからと捕まる可能性だってある。

ニロがそんな悪党を撃退出来ればいいのだが、ジャックが見た限り彼は戦いとは無縁の世界で生きていたようだから撃退など不可能だろう。

ジャックの話を聞いてレイチェルが真剣な表情になる。

「確かに……ニロ、戦えなさそうだもんね。んん、恩人に何かあったら私も嫌だなぁ……」
「だろう、だから他言無用だ。お前たちもそれでいいな?」
「えぇ、私は構いませんよ」
「俺もだ」

仲間たちが頷くのを見てジャックは安堵の息を吐く。

(だけどもし……偶然にでもニロの家をガラの悪いヤツらが見つけたら……心配だな、やはり定期的に見に行った方がいいかもしれない)

ジャックが心配性すぎることをニロはまだ知らない。
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