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25-仲間の救出

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※後半不快な表現あります
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他に見張りがいないか周囲を警戒しながら奥に進むと突き当りに鉄格子が嵌められた牢屋があった。
中を覗き込んでみると、奥の暗がりに固まって座るジャック達の姿が見える。

「ジャック、レイチェル、デリック!三人とも無事?」
「エリシア!ニロも!」

エリシアが隠蔽魔法を解除して声をかけると真っ先にレイチェルが駆け寄って来た。
しかしその顔を見て俺は思わず息を飲む。
レイチェルの頬が赤黒く腫れあがり、唇が切れている事に加えエリシアにつけられていたような手枷と右足に足枷が付けられていたから。

「レイチェルその顔っ……誰にやられたの?」

エリシアが震える声で格子の隙間からレイチェルの頬を撫でる。

「ベンジャミンとかいう貴族にだ」
「ジャックさん!ご無事で!」
「あぁ、ニロがエリシアを助けてくれたのか?」

奥から出てきたジャックにも手枷と足枷が付けられている。

「はい。俺、というよりこの子達が、ですが」
「……ほう、彼らがニロが保護した獣人の兄弟か、良い顔付だな。ところでセドリックはどうしたんだ?」
「怪我をしていたのでライネルに頼んで俺の家に転移させました。怪我は治しておいたので命に別状はないかと」
「その子が……そうか。あぁ、ニロは特殊な薬を持っていたんだったな」
「ニロ!!その薬、まだある!?」

レイチェルが突然声を上げた。

「ありますよ、レイチェルさんもどうぞ。頬の腫れが引きますから」
「違うの!私じゃなくてデリックに!」
「デリックさん?」

そう言えばさっきから全然姿を見せない。
気になって暗がりに目を凝らしよく見ると、デリックは壁に身を預けぐったりしている。

「デリックが、私を殴ったベンジャミンに反撃したんだけどっ……その仕返しにベンジャミンが腕と足をっ……」
「ライネル!先に俺を中へ転移させてくれ!マルセルは鉄格子の破壊を!」
「「分かった!!」」

俺の叫ぶような指示に二人はすぐに反応する。
ライネルと共に牢屋の内側に転移した俺は急いでデリックに駆け寄る。

「おや…………騒がしいと思ったら……ニロ……ですか」

近付いて気が付いた。
デリックの右腕と左足があらぬ方向に曲がっている。
ベンジャミンにやられたのだろう。

「デリックさん腕が!」
「これくらい……平気ですよ。う、ぐ……」

全然平気そうには見えない。
俺は急いでショルダーバッグからクッキーを取り出すとデリックの口に突っ込んだ。

「これ食べて下さい!前にレイチェルさんの怪我を治した薬です!」
「んん、うっ……」

デリックは頷くとゆっくりクッキーを咀嚼して飲み込む。
するとセドリックの時の様に患部が光だし、収まる頃には折れていた腕も足も元通りになっていた。

「やはりニロの薬は凄いですね」

痛みも引いたのかデリックの顔色が戻る。
手足の調子を確かめるように数回動かして、もう大丈夫だと微笑んでくれた。

「よかった……、次はレイチェルさんですよ。ほら、これ食べて下さい」
「私はいいよ!大した怪我じゃないし、前にも治して貰ったし!前も思ったけど、その薬売ったら絶対凄いお金になると思う!!……むぐっ」

遠慮するレイチェルの口にも容赦なくクッキーを突っ込む。

「はい、よく噛んで飲み込んでくださいね」
「むぐぐ……甘くておいしい」
「それは何よりです。ジャックさんは怪我してませんか?」
「いや俺は大丈夫だ」

見た感じ嘘ではないようだ。
俺が話している間に鉄格子はマルセルによってドロドロに溶かされエリシア達が中に入ってくる。
ジャックとレイチェルの手枷と足枷はライネルによって壊されていた。
うちの子達は仕事が早い。

「皆とまた合流出来て良かったわ。それじゃあこれからの事だけど……ベンジャミンをボッコボコにしましょうか!」

にっこりと微笑むエリシアの目は全く笑っていなかった。


―――――――――――

ベンジャミン・プラウトはわざわさ持ちこの場に込ませたビロードの椅子に腰かけ、開けたスペースにテントを張りのんびりと寛いでいた。
ここはセーフゾーンではない。しかし魔物が姿を現す気配は一向にない。
彼らがいるこの階層はベンジャミンが伯爵家の財力を使い、魔物が現れないようあちこちに魔物除けの魔法を施していたからだ。
ベンジャミンは前々からこの発見されたばかりのダンジョンでエリシアを捕まえようと企んでいた。
物資を運び、わざわざ牢屋まで作らせ、大金をちらつかせ腕に覚えのある人間を雇った。

ここまでしたのはエリシアを妻に迎える為だ。
だが、決して彼女を愛してるわけではない。

父であるプラウト伯爵に勘当されない為である。

ベンジャミンの酒癖と女癖の悪さにプラウト伯爵はほとほと呆れていた。
いくら叱責しても改善せず、それどころか悪化していくばかりだ。
このまま伯爵家に居座られたら、結婚し立派に後継ぎとして伯爵の補佐をしている長男の邪魔になる。

そう考えた伯爵は、メイデナー伯爵に頼み込んだ。
メイデナー伯爵も最初は断った、ベンジャミンの噂を耳にしていたのだから当然である。
しかしプラウト伯爵も引かなかった。
学生時代、魔物に襲われたメイデナー伯爵の命を自分が怪我をしてまで救った事を持ち出して、その借りをメイデナー家の令嬢との婚約で返して欲しいと頼み込んだのだ。
プラウト伯爵に怪我をさせた負い目を感じていたメイデナー伯爵は渋々婚約を受け入れた。

長女には既に恋人が居た為、相手のいない次女エリシアと婚約が調うとプラウト伯爵はベンジャミンにこういった。

「今後、もし何か問題を起したり女や酒に溺れメイデナー家に迷惑をかけた場合、お前を勘当し貴族籍から除籍する。今一度、自分の行動を振り返り反省しろ。そしてしっかり婚約者に尽くせ」

親として、息子の為を思い環境を整えたつもりだった。息子には厳しい言葉に聞こえたかもしれないが、その言葉には今からでも遅くないから真っ当になってくれという願いが込められていた。
だが、そんなものベンジャミンには一切届かない。

ベンジャミンは懲りずに自分を縛り付ける為の婚約を取り付けた父親を恨んだ。
そして強引な婚約であるという事など知らず、婚約しておきながら男のいる冒険者パーティーに身を置き挨拶にもこないエリシアを憎んだ。

恨んで憎んで恨んで憎んで……その果てにとうとう思考が狂った。

恨めしい父の金をこれでもかと使ってやり、憎らしい女を捕らえて妻にし自分好みに躾けてやろう、と。

金があれば何でもできる。
まだ未調査のダンジョンに罠をはる事も、エリシアの所属するパーティーをこのダンジョンに誘き出すことも。
人を雇い、ギルド職員を買収してこの環境を整えた。
エリシアに絶望を味わわせる為に仲の良さそうな男は始末した。
抵抗する他の仲間たちは魔力を封じて怪我を負わせた。
中にはまだ若い少女もいたから、エリシアの前で慰み者にしてやろう。
残りの男達はエリシアの前で一人ずつ殺せばいい。
ここで平民を一人二人殺したところで、問題にはならない。ダンジョンで死んだ者は死体が吸収されて残らないから見つかる事もないだろう。


そんな事を妄想しニヤつくベンジャミンはまだ知らない。
すぐそこに彼の悪夢が迫っていることを。
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