隠密は恋をしない

粉砂糖

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7 :アルノルトside

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私は12歳の春、王立貴族学院に入学した。まあ今日なんだけど。
必要な教養は王太子教育で修めていたが婚約者に始まり側近候補を見極めるための社会仮デビューの意味ある。

側近候補の中でもエルミッテ家の子息アウルとは両親共に仲の良い昔なじみで、
年の割に利発的で少々毒はあるが彼は気のおける友人で、幼い頃は彼の年端のいかない妹と一緒に遊んだ事もあった。
護衛も兼ねて同期として入学してくれると知った時は嬉しかった。
有り難いという気持ちと知り合いがいる安堵感。

同じ視点で物事を考えてくれるし、思考が釣り合わない相手との会話は疲れてしまうからね。

そう言うとアウルも周知の様で力強く頷いてくれた。
彼にもよくある事なんだろうなあとその苦労を心の中で労った。

互いに見てくれは整っている所もありご令嬢に囲まれるところも同じだった。

私はまだいいとしてアウルにはまだ公にしていない婚約者が既にいるらしくそれも溺愛しているとの事で
どうにかできないものかと思案はしている。いっそ本人が入学してくれたら楽なんだけど。

一度挨拶してみたいなと言ったら絞殺されそうになったので提案を破棄した記憶は新しい。

***

入学式を終え、足早に王宮へ戻る。
私の入学祝い式典の最終調整の為にも他の貴族の様にのんびりお茶をしている場合じゃなかった。

アウルと共に式典の最終確認をしているとコンコン、と扉を叩く音が聞こえて入室を許可した。

城付きの女中達は白いドレスや、化粧道具などといった「女性を着飾る一式」を持ち隣室へと運んでいく。

そのすぐ後にアウルの妹であり今夜の私の護衛であるローズマリーが怪訝そうに現れた。
形式的な挨拶はしているものの彼女はどこか疑問を抱いてるような視線をこちらに送って来る。
様子からしてこの後の作戦まで話してないだろうな。

案の定部屋で控える女中を見て彼女の眉がピクリと動く。
目敏く気づいたアウルは影混じる黒い笑みを浮かべ彼女が逃げる前に女中に明け渡した。
きっとこれが彼の婚約者だったらこんな風にはならないんだろうなあと他人事の如く書類に目を通す事にした。


「できましたよ、殿下。自信作ですわ!」


暫くして女中の満足そうな声に顔を上げた途端、世界の時間が止まった様な感覚に襲われる。
私の視線は女中によって着飾られたローズマリーにべったりと張り付いてしまった。

普段は短い髪が長く付け足され風が凪いだ様に緩く巻かれ、艶やかな黒髪に白いレースの花飾りがよく映えている。
顔を隠していた前髪は編み込まれて、吸い込まれそうな夜闇の瞳を惜しみなく光の元へさらしていた。

少し気だるそうな垂れがちな目はそれだけで色気が含まれていて、ぽってりとした桜色の小さな唇は思わず吸い付いてしまいたい程。
少女の色気を隠すように白いレースをふんだんに使ったシフォンドレスは彼女の幼さを引き出している。

…そのドレスの淡い黄色の差し色…勘違いじゃあなければ私の髪色じゃないか…?

落ち着かない気持ちを胸に横目ながらアウルを睨みつけると、彼は依然食えない笑みをこちらに見せ付けてくる。
…図られた。ほらお前の好みだろ?と言いたげなのが笑みにありありと浮かんでいた。

顔に頭に熱が集まるのが感じてどうにか落ち着かせようとするも上手くいかない。

「似合ってる」とか「どこぞのお姫様かと思ったよ」だとか普段なら言える賛辞の言葉が喉につっかえて一つも出ないなんて。

そんな彼女は一度私に対し不思議そうにのぞき込んだあとふむ、と考え込む仕草を取る。
とっさに彼女は私にとって禄でもないことを考えてそうだなと察し、兄妹の会話に耳を傾けることにした。
彼女ばかりを見つめてたらアウルに睨まれたけど。


どうやら本当にアウルから知らされてなかったみたいだ。
虫よけは別に頼んでなかったんだけど、それを言うのも無粋だし勿体ないので口を挟まない。

公にしてないけど婚約者として考えているっていう体で振る舞っていいかもしれない。
彼女の家の名前を出せばその座を狙う令嬢たちも多少牽制されるだろうし私も同調すれば尚彼女そう見えるだろう。

ファーストダンスもどうしようかと考えていたからこれは好都合。
元の任務もそうなので彼女には公私混同で式典中は私の傍にいて貰おう。

書類に目を通しながらも自分の口角が僅かに上がったが、兄妹仲良くこちらには気付く様子は無かった。

***

アウルのお膳立てもあってローズマリーは現在私の隣で優雅な笑みを浮かべて周りのご令嬢や子息の相手をしている。
まだ社交界デビュー前と言うのにしっかりと淑女らしく振る舞っている姿は流石と言うべきか。

無表情がデフォルトなローズマリーが会場に入った途端に美しい笑みを浮かべた時は驚いた。
これがまた優美な笑顔で儚さも伴い、彼女の美しさに気付いた子息たちのチラチラと視線を集める。

そして私の隣に添う事で数多のご令嬢たちの視線も独り占めだ。妬けちゃうね。
悪戯を思いついた様ににこりと笑い、隣に添う彼女に視線を落とす。


「人気者だね、ローゼ」

こっそり耳打ちするとキッと横目に睨まれた。
余計な事をするなという目だが私はそれを無視して彼女の細い腰を掻き抱いた。
突然の私の行為に若干身を固くする彼女とそれにあがる周囲のご令嬢の悲鳴。

「うふふ、殿下。お戯れはおよしになってくださいな」

持っていた扇でさりげなく腰を抱く手を叩かれるが私は離すつもりはないので手はそのままだ。
興に乗り始めた私の笑みはさらに深くなり、愛しさを乗せて目を細めさせた。

「殿下だなんてつれないね。いつもの様に“アル”でいいんだよ?」

なんていつも呼ばれてないんだけど。
にっこり笑う私の腕の中で彼女もにっこりと淑女然とした笑みを称えるがその身は微かに震えている。
羞恥か怒りか。なんでさえ彼女の感情を揺さぶれているみたいで楽しい。

「そうですわね、アル。あのね、私少し疲れてしまったので控室で休んでもいいかしら?」

言外に「冗談も程ほどにしないとこの集団の中に残すぞ」と。
周囲からすればそれは逢引きの合図なんだけど分かってるのかな?分かってないんだろうけどね。

「ああすまない、君が疲れてる事に気付かなくて。不甲斐ない私に控室までエスコートさせてくれるかい?」

彼女の手を取り、その指先にキスを落とす。はい、これで断れないよね。
口端をピクピクと引きつらせるが、周囲は彼女が断ることを許さない為彼女も大きく怒れないだろう。

「え、ええ。お願いしてもよろしゅうございますか?アル」

「喜んで。じゃあ私たちはこれで」

私の手にあった彼女の手を腕に誘導し、私達を囲っていたご令嬢たちに甘い笑みを置いていく。
満足そうに歩く私と、笑顔だけど少々殺気をこちらに差してくるローズマリーを呆れたように見るアウル達が視界端に見えたので、またニッコリと笑っておいた。

これぐらいの役得は許されるだろう?

そして控室で私はローズマリーに小声ながらお説教を頂くことになり、今後人前であんな戯れをしない様にと言われた。しないとは言えないので善処するとだけ返しておいた。
怒る彼女も依然として表情は硬いが、多少の喜怒哀楽は滲んでいるようで心の中でそっと「可愛いなあ」などと呟いたのだった。
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