隠密は恋をしない

粉砂糖

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9.ブローチ

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「あのね、ローゼ。これどう考えてもそういう意味だわ。」

悪い事をした子どもを諭す様な声でお嬢様が言う。
昼下がりの日差しが心地よいガゼボで優雅に紅茶を飲みながら、ベルベットの箱を見つめ、言う。

お嬢様の視線の下で正座をさせられたワタシの前で、静かにそう言うのだ。

「…ですから任務の褒美っていうパターンも…」
「いや、無いから。そもそも任務の褒賞はエルミッテ家に直接降りる様になってんでしょ」

口ごもるワタシにピシャリと言葉を被せられた。
よくご存じで…。
さすが次期当主嫁候補、が着実に嫁教育を進めていらっしゃる。

そうなのだ。
該当任務に派遣された影自身に褒賞を与えることは無く、本家に卸されるようになっている。
個人的に受け取ると管理も面倒ですし家への反映も少ない横領の可能性も否めないという初代の意向がそのまま。
管理が楽なのは事実だ。大した理由でもないそれが上手く事を為しているので重畳である。

「それに言ったでしょ。うちの国では愛しいと想ったり気になっている相手に自分の色の贈り物をするんだって。
それが彼の瞳の色で?しかも宝石で?家紋入りだって?それ王手チェックメイトじゃないのよ」

実際ゲームでも私が彼にそれを貰うシーンあったからね、とヒロイントドメの一言。
アアアアアと奇声を上げてワタシは頭を抱え倒れこんだ。

つまりだ。
それを着けて往来を跋扈しようもんなら「ワタシ王太子の寵愛受けてまーす!」と触れ回る事になる。
馬鹿か?

どこでも顔パスならぬ宝石パスとは便利なもんだなあと思った数日前の自分をぶん殴りに行きたい。
寧ろどこにも行けないわ!!!

聞く所によると我が兄はブローチでは無く銀の懐中時計だった。ワタシもそれがいい……。

陛下は殿下がこれを用意させたことに何も思わなかったのでしょうか。というか止めなかったのか。
ここ数日王家からもエルミッテ家からも何も連絡無いのが逆に怖い。
しかし陛下が知らない筈も無く一層恐怖を煽る。

更にはつい先日、分かり易くワタシを狙った刺客が送られてきた。
ジ○イくんが如くちょちょいのちょいでお帰り願いましたがお返しした後の私の滝の様な冷汗ですよ。
ちょっと口を割って貰った所宰相の娘さんからの刺客でした。

他意が無いと思って受け取ったんですが、この一件でワタシは事体を察し
お嬢様に報告という名の相談をもちかけ現在に至るわけです。
逆に頭を抱える羽目になってしまいましたが。


「どうしましょうこれ……」

艶々と輝きを放つペリドットを眺める。うーん、本当にきれいだ。

お金と職人さんの手間暇がかけられているのは分かる。
飾りとしてであっても役目を果たしてやらないと殿下の厚意も、職人さんの想いも、ブローチの存在意義も無下にすることも分かる。

…分かるんだがこれは非ッ常に複雑な気持ちだ。
せめて石を変えてほしかったと思うのは我儘だろうか。

まあ、カントレール領での着用ならある程度噂は抑えられるだろうと思う。一応田舎ですし。
しかし王都へ用事で赴くこともあるだろう。その際つけるとどうなるか?昨日の一件が日常と化すのだ。
学園なんぞ行こう物なら数多の女子学生に普通に虐められるだろうこれ。

解決策を思案するも名案は浮かばず。

「もういっそ削るか……?」
「!?」

慌てた様子を見せるお嬢様に顔を上げてにっこりと諦めに満ちた笑みを浮かべる。
こういった事態の対処は不得手だ。ならばいっそ削ってしまおう物理的排除か。
さっと腰に携帯しているナイフを取り出す。

「こちらのナイフとヤスリでちょっと王家の紋をですね」
「反逆罪で捕まりたいのかーーーッ!!」

青天、鈴の様な声とはかけ離れた少女のツッコむ声と、ワタシの頭をはたく音が屋敷に響いた。
今日もカントレール家は平和です。

---

王都から戻ってきてさらに数日、学園で勉学に励みながらもお勤め中の我が兄から手紙が届いた。
いつもの報告催促には些か早過ぎるもので、疑問に思いながらも封を切る。

読み始めて僅か経たず開けたことを後悔した。

『やあローゼ。
最近きみの所へ個人的に刺客が送られてるようだけど快適なストレス解消ライフは送っているかい?
ローゼは溜めこみがちだから兄は心配だよ。(間違いなくキャラじゃない)
刺客で存分に鬱憤を晴らしてね。
兄はローゼなら上手くやると信じているよ。(訳:何してもいいから自分を頼るな)

ところでアシュリーから聞いたんだけどウチの殿下からブローチ貰ったんだって?(笑)
着けてないみたいだよって教えてあげたら殿下が寂しそうにしてたから
さっさとつけてやって王都ちょっと散歩しておいでね。(笑)(面白がってる)
兄は何時でも可愛い妹の事を気に掛けているよ(訳:嘘、または未完遂は承知しないぞ)』

手紙を読み切ったワタシの震えが止まらない。
持つ手はガタガタしていたけどなんとか読み切ったが、内容が酷。
うすら寒いと思っていたら最後とんでもない爆弾がブッこまれていた。
ていうかお嬢様リークしやがりましたね。

(笑)はあくまでワタシの予想だがあながち間違いじゃないと思う。
この兄、妹で遊んでやがる。初めて玩具を手にした赤子の如く。無邪気に。

色々感極まってしまってお嬢様ヒロインに着けて歩いて頂くのはありなんじゃないかと思った。
根本からそれが妥当な気が…と閃いた愚策、兄がどうなるか分かっている。
あれは溺愛性質通りおっそろしいヤンデレで嫉妬深くまたそれをほぼ周囲にぶつけてくる厄介なタイプだ。

そしてその被害は事を起こした私に真っ直ぐやってくる。
何をされるかわからない。彼はつかめない所があり、その時の状況で最も本人に最大の苦痛を与えてくる。
逃げることも叶わずできる対策は余計な事をしない。その一点である。


…ハッ!兄に譲歩させつつ王子が多少満足してくれるであろう妙案があるじゃないか!
天からの導きの光の様に降りてきた策にワタシの身体にこもっていた力が少しだけ緩んだ。

そうと決まれば準備をしなくては。
まずはお嬢様に提案し、快諾のち兄へ手紙を送ってもらおう。勿論それは私が届ける。
兄はお嬢様に会えるし、王子はワタシがブローチを着けていると確認できる、名案。

それは、お忍び茶会だ。
名代に立つのはワタシだが兄と王子殿下にはこの前の一件で分かったことを報告しなければならないことがあった。
それを使えばいい。いやあどこのご時世でも灯台下暗し、横領情報詐称は溢れかえっていますよねえ。

フッフッフ、学園へ行くことにはなりますが上着を脱がなければいい話です。
それに上着を脱いだとしても私は護衛服。色合いも黒一色、そして兄似のこの顔だ。
男と間違えられてもおかしくないだろう。

女の名誉としては悲しい話だがこの屋敷で実証され済みなのである。

影の中で魔女が如く笑い声を漏らすワタシに、お嬢様から「気持ち悪いわよ」と一蹴されるのはもう少し後。
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