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妨害 2
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「で、首尾は?」
次の日、クリフが登城すると、執務室でのんびりと紅茶を飲んでいた国王ギルバートがにやにや笑いながら訊ねてきた。
クリフはギルバートを軽く睨んで、そっと息をつく。
「少しくらいは意識されていると、思わなくもない」
クリフは結婚初日の失態を挽回するため、せっせとアナスタージアにアピール中だった。
アナスタージアに好きになってもらって、「離縁」という単語を撤回してもらうのだ。
当初は薄いナイトドレスに頭の中が爆発寸前になっていたが、ナイトドレスを体の線が出ないものに変えてもらってからは少し落ち着いた。
だからもう少し先に進もうと昨日「抱きしめさせてくれないだろうか」と願い出て、実際にアナスタージアを抱きしめて眠りについたのだが――あれはちょっとまずかった。
最近アナスタージアが隣にいても眠れるようになっていたのに、昨日はまったく一睡もできなかった。アナスタージアのいい香りがして、頭の中が煩悩まみれになったからだ。
「びっくりするほど遅々として進展しないな。もういっそ好きだと口に出したらどうだ」
「そうしたいのは山々だが……まだ、好きだと確信が持てない」
「ちょっと何言ってるのかわからない」
ギルバートがティーカップを置いて唖然とした顔になる。
「お前、もしかしなくても恐ろしく鈍感な方か? 本気で自分の気持ちがわからないと?」
「仕方がないだろう。いまだに胸の中には顔も思い出せない女性への感情が残っているんだ。これを何とかしない限り、アナスタージアに失礼だろう?」
「本気で意味がわからない。あのなあ、普通の人間は恋の一つや二つや三つや四つするものなんだよ。昔好きになった女がいるから次に好きになった女に失礼だとか考えていたら、それこそ何もできないだろうが! というか、相手の顔が思い出せずに感情だけ残っているのならそんな感情無視してしまえ!」
「無視しようとしても完全に無視できないから困っているんだ」
そうなのだ。
クリフも自分がアナスタージアが気になっていることくらいはわかっている。
だけど、胸の中に残る焦げ付くような感情も本物で、どうしたらいいのかわからないのだ。
まるで本命がいるのに別の女性も好きになってしまったような――そんな罪悪感でいっぱいになるのである。
「もしかしたら、俺は二人の女性をいっぺんに好きになれるような軽薄な男なのかもしれない」
「お前のくそ真面目さもここまで来れば重症だ。付き合ってられん」
「そう言わないで知恵を貸してくれ!」
ギルバートは執務机に頬杖をつくと、半眼になった。
「そもそも不思議なんだが、お前、本当に初恋相手がいるのか? アナスタージアとはじめて会った時から、お前はアナスタージアを未来の妻と認識して彼女しか見ていなかった気がするんだが、いったいどこで他の女に気を許した?」
「だからそれが思い出せないんだ!」
「自業自得だろうが。自分で自分に忘却の魔法をかけたくせに」
その通りだが、自分に忘却の魔法をかけた時の前後の記憶もなくしているので、なぜそこまで思いつめたのかもわからないのである。
「お前のしょうもない悩みよりも優先的に考えなくてはならないことがある。その話は後にして、これを確認してくれ」
ギルバートは面倒くさそうに言って、クリフに一枚の紙を手渡した。
ざっと内容を確認したクリフの眉がぐっと寄る。
「なるほど、こう来たか。まあ、何か言って来るだろうとは思ったが」
ギルバートが差し出してきた書類は、アストン侯爵をはじめとする新興貴族蔑視の古参貴族たちが真珠の輸入について抗議しているというものだった。
他国から真珠を輸入することは、国内の鉱山で採掘される鉱石の価格下落を招くことに繋がりかねない。極めて深刻な問題であり、ひいては真珠の輸入を企んでいるマクニール伯爵家をはじめとする新興貴族たちは売国奴だ。要約すればそのようなことが書いてあった。
「こんな馬鹿げたことを言い出す人間が外務大臣とか、世も末だな」
「その通りだが、その馬鹿げた意見に賛同している貴族が多いのが問題だ。アストン侯爵も必死なんだろう。お茶会でイヴェットがビアトリス・アストン侯爵令嬢を糾弾したらしいからな。それを理由に左遷されないように味方を集めているのだと思う」
「その話なら聞いた。ずいぶんとふざけたことを言ってくれたみたいだな、アストン侯爵令嬢は。うちからもその日のうちに抗議文を出しておいた」
ビアトリスはよりにもよって、クリフの妻であるアナスタージアを「伯爵令嬢」呼ばわりしたのだ。アナスタージアは何も言わなかったが、セイディからその報告を受けたときにクリフは頭に血が上って脳の血管が切れるかと思った。
(アナスタージアに無礼を働いて許されると思うなよ)
アストン侯爵家は潰す。クリフはあの日、そう心に誓った。
「隣国カンニガム大国といい関係を築きたい我が国において、このようなふざけた意見を言う馬鹿どもを重役につかせておくわけにはいかない。そうだろう、ギルバート」
「その通りだが、これだけの賛同者を集められると一気に左遷するのは難しいぞ。政治が回らなくなる」
確かに、政治の中枢にいるのは古参貴族ばかりだ。その中の半数がアストン侯爵に賛同を示しているとなると、一気に役職を奪うのは厳しい。
「アストン侯爵の賛同者たちをいくらかこちらに取り込む必要があるな」
「同時に、新興貴族たちの登用を急ごう。政治に慣れてもらわなければ、彼等を左遷したのちにあいたポストを任せられない。ゆっくり時間をかけたかったが、ここまで馬鹿ぞろいだと時間をかける方がマイナスだ。ひとまず、アストン侯爵たちの抗議に関しては、鉱石が下落するという証拠を出せと言って突っぱねておこう」
ギルバードは軽く肩を回して、そっと嘆息した。
「まあ、それで大人しくなってくれるとは、思ってはいないんだがな」
次の日、クリフが登城すると、執務室でのんびりと紅茶を飲んでいた国王ギルバートがにやにや笑いながら訊ねてきた。
クリフはギルバートを軽く睨んで、そっと息をつく。
「少しくらいは意識されていると、思わなくもない」
クリフは結婚初日の失態を挽回するため、せっせとアナスタージアにアピール中だった。
アナスタージアに好きになってもらって、「離縁」という単語を撤回してもらうのだ。
当初は薄いナイトドレスに頭の中が爆発寸前になっていたが、ナイトドレスを体の線が出ないものに変えてもらってからは少し落ち着いた。
だからもう少し先に進もうと昨日「抱きしめさせてくれないだろうか」と願い出て、実際にアナスタージアを抱きしめて眠りについたのだが――あれはちょっとまずかった。
最近アナスタージアが隣にいても眠れるようになっていたのに、昨日はまったく一睡もできなかった。アナスタージアのいい香りがして、頭の中が煩悩まみれになったからだ。
「びっくりするほど遅々として進展しないな。もういっそ好きだと口に出したらどうだ」
「そうしたいのは山々だが……まだ、好きだと確信が持てない」
「ちょっと何言ってるのかわからない」
ギルバートがティーカップを置いて唖然とした顔になる。
「お前、もしかしなくても恐ろしく鈍感な方か? 本気で自分の気持ちがわからないと?」
「仕方がないだろう。いまだに胸の中には顔も思い出せない女性への感情が残っているんだ。これを何とかしない限り、アナスタージアに失礼だろう?」
「本気で意味がわからない。あのなあ、普通の人間は恋の一つや二つや三つや四つするものなんだよ。昔好きになった女がいるから次に好きになった女に失礼だとか考えていたら、それこそ何もできないだろうが! というか、相手の顔が思い出せずに感情だけ残っているのならそんな感情無視してしまえ!」
「無視しようとしても完全に無視できないから困っているんだ」
そうなのだ。
クリフも自分がアナスタージアが気になっていることくらいはわかっている。
だけど、胸の中に残る焦げ付くような感情も本物で、どうしたらいいのかわからないのだ。
まるで本命がいるのに別の女性も好きになってしまったような――そんな罪悪感でいっぱいになるのである。
「もしかしたら、俺は二人の女性をいっぺんに好きになれるような軽薄な男なのかもしれない」
「お前のくそ真面目さもここまで来れば重症だ。付き合ってられん」
「そう言わないで知恵を貸してくれ!」
ギルバートは執務机に頬杖をつくと、半眼になった。
「そもそも不思議なんだが、お前、本当に初恋相手がいるのか? アナスタージアとはじめて会った時から、お前はアナスタージアを未来の妻と認識して彼女しか見ていなかった気がするんだが、いったいどこで他の女に気を許した?」
「だからそれが思い出せないんだ!」
「自業自得だろうが。自分で自分に忘却の魔法をかけたくせに」
その通りだが、自分に忘却の魔法をかけた時の前後の記憶もなくしているので、なぜそこまで思いつめたのかもわからないのである。
「お前のしょうもない悩みよりも優先的に考えなくてはならないことがある。その話は後にして、これを確認してくれ」
ギルバートは面倒くさそうに言って、クリフに一枚の紙を手渡した。
ざっと内容を確認したクリフの眉がぐっと寄る。
「なるほど、こう来たか。まあ、何か言って来るだろうとは思ったが」
ギルバートが差し出してきた書類は、アストン侯爵をはじめとする新興貴族蔑視の古参貴族たちが真珠の輸入について抗議しているというものだった。
他国から真珠を輸入することは、国内の鉱山で採掘される鉱石の価格下落を招くことに繋がりかねない。極めて深刻な問題であり、ひいては真珠の輸入を企んでいるマクニール伯爵家をはじめとする新興貴族たちは売国奴だ。要約すればそのようなことが書いてあった。
「こんな馬鹿げたことを言い出す人間が外務大臣とか、世も末だな」
「その通りだが、その馬鹿げた意見に賛同している貴族が多いのが問題だ。アストン侯爵も必死なんだろう。お茶会でイヴェットがビアトリス・アストン侯爵令嬢を糾弾したらしいからな。それを理由に左遷されないように味方を集めているのだと思う」
「その話なら聞いた。ずいぶんとふざけたことを言ってくれたみたいだな、アストン侯爵令嬢は。うちからもその日のうちに抗議文を出しておいた」
ビアトリスはよりにもよって、クリフの妻であるアナスタージアを「伯爵令嬢」呼ばわりしたのだ。アナスタージアは何も言わなかったが、セイディからその報告を受けたときにクリフは頭に血が上って脳の血管が切れるかと思った。
(アナスタージアに無礼を働いて許されると思うなよ)
アストン侯爵家は潰す。クリフはあの日、そう心に誓った。
「隣国カンニガム大国といい関係を築きたい我が国において、このようなふざけた意見を言う馬鹿どもを重役につかせておくわけにはいかない。そうだろう、ギルバート」
「その通りだが、これだけの賛同者を集められると一気に左遷するのは難しいぞ。政治が回らなくなる」
確かに、政治の中枢にいるのは古参貴族ばかりだ。その中の半数がアストン侯爵に賛同を示しているとなると、一気に役職を奪うのは厳しい。
「アストン侯爵の賛同者たちをいくらかこちらに取り込む必要があるな」
「同時に、新興貴族たちの登用を急ごう。政治に慣れてもらわなければ、彼等を左遷したのちにあいたポストを任せられない。ゆっくり時間をかけたかったが、ここまで馬鹿ぞろいだと時間をかける方がマイナスだ。ひとまず、アストン侯爵たちの抗議に関しては、鉱石が下落するという証拠を出せと言って突っぱねておこう」
ギルバードは軽く肩を回して、そっと嘆息した。
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