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失った記憶の戻し方 5
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「アナスタージア、俺のことがわからないのか⁉」
誰もが凍り付いた表情をする中、真っ先に我に返ったのは、わたしが「誰?」と訊ねた綺麗な人だった。
ベッドの縁に両手をついてわたしの顔を覗き込んでくる。
思わずのけぞりながら、わたしは自分を守るように胸元に手を置いた。手のひらに伝わって来る鼓動がやけに早いが、驚いたからだろうか、それとも彼が綺麗すぎるからだろうか。
コニーリアス様も険しい顔でわたしを見る。
「アナスタージア夫人。先ほど君は自分の夫の名前を正しく答えましたが、その顔を思い出せますか?」
「え?」
夫の顔が思い出せるかなんて、不思議なことを言うものだ――わたしは笑おうとしたが、ふと、クリフ様の顔を思い出そうとしても思い出せないことに気がついた。
シルエットだけは浮かぶのに、靄がかかったように顔がわからない。声も思い出せなかった。
わたしは口元を両手で覆って何度も瞬きを繰り返した。
……どうして?
あまりの衝撃に体が震える。
思い出せない。
思い出せないのだ。
クリフ様の顔が思い出せない‼
コニーリアス様が姿勢を正し、もう一度カルテのような紙を手に取った。
「追加の質問をさせてください。クリフと結婚した理由は?」
「先王陛下がお決めになりました」
「はじめてクリフに会ったのはいつ?」
「わたしが十三歳のときで、クリフ様が十六歳のときだったと記憶しています」
「結婚式はどこで上げました?」
「王都の、大聖堂で」
「最近、クリフとどこに行きましたか?」
「ええっと……デパートの、ドール展」
「クリフの髪の色は?」
「……わかりません」
「瞳の色は?」
「わかりません」
「なるほど。これはまた厄介な……」
コニーリアス様が眉間をもんで嘆息した。
「思い出は残っているのにクリフの顔が思い出せないのですね。……クリフ。あなたと同じような状況だと言えば理解できますか?」
「そんな……」
「もしかしたら犯人は、夫人に君を忘れさせようとしたのでしょう。ですが、以前言ったと思いますが、忘却の魔法は犯罪者の更生ように作られた魔法。誰かを忘れることがあっても感情だけは忘れない。夫人にとって君の存在が何より大きかったから君を忘れたようですが、感情と思い出だけは残っている。そういう状況のようですね」
「あの……コニーリアス様。忘却の魔法って?」
どこかで聞いたことがあるような名前の魔法だが、思い出せなかった。
わたしが戸惑っていると、コニーリアス様がわたしを見て眉尻を下げ、噛んで含めるようにゆっくりと言った。
「アナスタージア夫人。あなたは魔法をかけられました。それはどうやら、あなたの記憶から、夫であるクリフ・ラザフォードの姿や声を忘れ去る魔法のようです」
わたしはゆっくりと目を見開く。
コニーリアス様は隣の綺麗な人をちらりと見てから、わたしの手を取ってクリフ様の手とつながせた。
「夫人。彼がクリフですよ。あなたの夫です。……教えたところで、思い出せないとは思いますが」
わたしは泣きそうな顔でわたしの手をきゅっと握った綺麗な人を見て、ゆるゆると目を見開く。
心の中の、顔も思い出せないクリフ様のことを、愛おしいと思う。
でも、その感情と、目の前の綺麗な人への感情が一致しない。
あるのは戸惑いと――それから、泣きそうな顔をしているこの方を傷つけてしまったことへの罪悪感。
「アナスタージア……」
綺麗な人が、震える声でわたしの名前を呼んで、わたしの手を額に押し付けた。
わたしは何も答えられない。
ただ、どうしようもなく胸が震えて。
――ぽろりと、涙が零れ落ちた。
誰もが凍り付いた表情をする中、真っ先に我に返ったのは、わたしが「誰?」と訊ねた綺麗な人だった。
ベッドの縁に両手をついてわたしの顔を覗き込んでくる。
思わずのけぞりながら、わたしは自分を守るように胸元に手を置いた。手のひらに伝わって来る鼓動がやけに早いが、驚いたからだろうか、それとも彼が綺麗すぎるからだろうか。
コニーリアス様も険しい顔でわたしを見る。
「アナスタージア夫人。先ほど君は自分の夫の名前を正しく答えましたが、その顔を思い出せますか?」
「え?」
夫の顔が思い出せるかなんて、不思議なことを言うものだ――わたしは笑おうとしたが、ふと、クリフ様の顔を思い出そうとしても思い出せないことに気がついた。
シルエットだけは浮かぶのに、靄がかかったように顔がわからない。声も思い出せなかった。
わたしは口元を両手で覆って何度も瞬きを繰り返した。
……どうして?
あまりの衝撃に体が震える。
思い出せない。
思い出せないのだ。
クリフ様の顔が思い出せない‼
コニーリアス様が姿勢を正し、もう一度カルテのような紙を手に取った。
「追加の質問をさせてください。クリフと結婚した理由は?」
「先王陛下がお決めになりました」
「はじめてクリフに会ったのはいつ?」
「わたしが十三歳のときで、クリフ様が十六歳のときだったと記憶しています」
「結婚式はどこで上げました?」
「王都の、大聖堂で」
「最近、クリフとどこに行きましたか?」
「ええっと……デパートの、ドール展」
「クリフの髪の色は?」
「……わかりません」
「瞳の色は?」
「わかりません」
「なるほど。これはまた厄介な……」
コニーリアス様が眉間をもんで嘆息した。
「思い出は残っているのにクリフの顔が思い出せないのですね。……クリフ。あなたと同じような状況だと言えば理解できますか?」
「そんな……」
「もしかしたら犯人は、夫人に君を忘れさせようとしたのでしょう。ですが、以前言ったと思いますが、忘却の魔法は犯罪者の更生ように作られた魔法。誰かを忘れることがあっても感情だけは忘れない。夫人にとって君の存在が何より大きかったから君を忘れたようですが、感情と思い出だけは残っている。そういう状況のようですね」
「あの……コニーリアス様。忘却の魔法って?」
どこかで聞いたことがあるような名前の魔法だが、思い出せなかった。
わたしが戸惑っていると、コニーリアス様がわたしを見て眉尻を下げ、噛んで含めるようにゆっくりと言った。
「アナスタージア夫人。あなたは魔法をかけられました。それはどうやら、あなたの記憶から、夫であるクリフ・ラザフォードの姿や声を忘れ去る魔法のようです」
わたしはゆっくりと目を見開く。
コニーリアス様は隣の綺麗な人をちらりと見てから、わたしの手を取ってクリフ様の手とつながせた。
「夫人。彼がクリフですよ。あなたの夫です。……教えたところで、思い出せないとは思いますが」
わたしは泣きそうな顔でわたしの手をきゅっと握った綺麗な人を見て、ゆるゆると目を見開く。
心の中の、顔も思い出せないクリフ様のことを、愛おしいと思う。
でも、その感情と、目の前の綺麗な人への感情が一致しない。
あるのは戸惑いと――それから、泣きそうな顔をしているこの方を傷つけてしまったことへの罪悪感。
「アナスタージア……」
綺麗な人が、震える声でわたしの名前を呼んで、わたしの手を額に押し付けた。
わたしは何も答えられない。
ただ、どうしようもなく胸が震えて。
――ぽろりと、涙が零れ落ちた。
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