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失った記憶の戻し方 4
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頭の中が、霞がかかっているかのようにぼんやりする。
誰かがわたしの名前を呼ぶ声が聞こえて、ゆっくりと瞼を持ち上げれば、見覚えのある部屋にいた。
寝室だ。
ぱちりぱちりと瞬きを繰り返していると、「アナスタージア!」と男性の声がする。
耳に心地のいい低さの、けれども切羽詰まったような声に首を動かすと、そこには綺麗な人がいた。
艶やかな金色の髪に、紺色の瞳。
すらりと高い身長。すっと通った鼻筋に、切れ長の目。
驚くほど顔の造形が整った人だった。
その横には、ぼさぼさの黒髪によれよれの服を着た見覚えのある男性がいる。魔法省長官のコニーリアス・ヘイマー様だ。
……あら、コニーリアス様がいらっしゃるなんて。
コニーリアス様は滅多に研究室から出てこない引きこもりらしいと、誰かから聞いたことがある。
そんなコニーリアス様が、どうしてわたしの寝室にいるのかしら?
だが、それよりも気になるのはコニーリアス様の隣の男性だ。
この綺麗な人は誰だろう。どうしてわたしの寝室にいるの?
「あの、わたしは……」
「ああ、まだ起きない方がいい。君は魔法をかけられたんだ、覚えているかな?」
「魔法……?」
「ああ、覚えていないのか」
綺麗な人が、起き上がろうとしたわたしの肩に触れそっとベッドに押し戻した。
知らない男性に触れられたことにわたしはびくりとする。
不安を覚えて首を巡らせれば、反対側にドロレスとセイディの姿を見つけた。二人とも目を潤ませているけれどどうしたのだろう。というか、どうして寝室にこんなに大勢の人がいて、わたしが眠っていたのを観察していたのか。
「アナスタージア夫人、いくつか確認させていただきたいことがあります。体調がすぐれないなら後日にしますが、大丈夫ですか?」
「え、ええ、大丈夫……ですけども」
それよりも、その綺麗な人が気になる。どうして誰も紹介してくれないのだろう。
わたしの困惑をよそに、コニーリアス様はベッドサイドの椅子に腰を下ろすと、医者がつけるカルテのようなものを片手に質問をはじめた。
「まず、君の名前を教えてほしい」
おかしなことを訊くものだなと首を傾げつつ、わたしは答える。
「アナスタージア・ラザフォードです」
「旧姓は?」
「アナスタージア・マクニールです」
「年は?」
「十八」
「君の夫の名前は?」
「クリフ・ラザフォード様です」
「国王陛下と王妃様の名前は?」
「ギルバート陛下とイヴェット様……」
本当に、何の質問なのだろう。こんな質疑応答に何の意味があるというのか。
わたしの頭の中にたくさんの疑問が浮かぶが、コニーリアス様も、隣の綺麗な人もドロシアもセイディも真面目な顔をしていて、疑問をぶつけることはできなかった。
……みんなしてわたしを揶揄っているのかしら?
単純な質問を繰り返したコニーリアス様は、やがて、怪訝そうな顔で「ふむ」と顎に手を当てる。
「このあたりは全部覚えているのか。もしかしたら仕立て屋を呼んだ時のことだけ忘れているのかもしれないな。そうなると、仕立て屋を呼んだ際に夫人に覚えて置かれてはまずいようなことがあったのかもしれないが……」
「奥様に男が近づいたこと以外、不審な点はありませんでした」
セイディが答える。
コニーリアス様たちが難しい顔で話し込みはじめたので、わたしはその前に、どうしても気になって仕方がないことを訊ねることにした。
「あの、ドロシア、教えてほしいのだけど」
「はい、奥様。何でございましょう」
「あちらの男性は、どなた?」
その瞬間、わたしを除く全員の表情が凍り付いた。
誰かがわたしの名前を呼ぶ声が聞こえて、ゆっくりと瞼を持ち上げれば、見覚えのある部屋にいた。
寝室だ。
ぱちりぱちりと瞬きを繰り返していると、「アナスタージア!」と男性の声がする。
耳に心地のいい低さの、けれども切羽詰まったような声に首を動かすと、そこには綺麗な人がいた。
艶やかな金色の髪に、紺色の瞳。
すらりと高い身長。すっと通った鼻筋に、切れ長の目。
驚くほど顔の造形が整った人だった。
その横には、ぼさぼさの黒髪によれよれの服を着た見覚えのある男性がいる。魔法省長官のコニーリアス・ヘイマー様だ。
……あら、コニーリアス様がいらっしゃるなんて。
コニーリアス様は滅多に研究室から出てこない引きこもりらしいと、誰かから聞いたことがある。
そんなコニーリアス様が、どうしてわたしの寝室にいるのかしら?
だが、それよりも気になるのはコニーリアス様の隣の男性だ。
この綺麗な人は誰だろう。どうしてわたしの寝室にいるの?
「あの、わたしは……」
「ああ、まだ起きない方がいい。君は魔法をかけられたんだ、覚えているかな?」
「魔法……?」
「ああ、覚えていないのか」
綺麗な人が、起き上がろうとしたわたしの肩に触れそっとベッドに押し戻した。
知らない男性に触れられたことにわたしはびくりとする。
不安を覚えて首を巡らせれば、反対側にドロレスとセイディの姿を見つけた。二人とも目を潤ませているけれどどうしたのだろう。というか、どうして寝室にこんなに大勢の人がいて、わたしが眠っていたのを観察していたのか。
「アナスタージア夫人、いくつか確認させていただきたいことがあります。体調がすぐれないなら後日にしますが、大丈夫ですか?」
「え、ええ、大丈夫……ですけども」
それよりも、その綺麗な人が気になる。どうして誰も紹介してくれないのだろう。
わたしの困惑をよそに、コニーリアス様はベッドサイドの椅子に腰を下ろすと、医者がつけるカルテのようなものを片手に質問をはじめた。
「まず、君の名前を教えてほしい」
おかしなことを訊くものだなと首を傾げつつ、わたしは答える。
「アナスタージア・ラザフォードです」
「旧姓は?」
「アナスタージア・マクニールです」
「年は?」
「十八」
「君の夫の名前は?」
「クリフ・ラザフォード様です」
「国王陛下と王妃様の名前は?」
「ギルバート陛下とイヴェット様……」
本当に、何の質問なのだろう。こんな質疑応答に何の意味があるというのか。
わたしの頭の中にたくさんの疑問が浮かぶが、コニーリアス様も、隣の綺麗な人もドロシアもセイディも真面目な顔をしていて、疑問をぶつけることはできなかった。
……みんなしてわたしを揶揄っているのかしら?
単純な質問を繰り返したコニーリアス様は、やがて、怪訝そうな顔で「ふむ」と顎に手を当てる。
「このあたりは全部覚えているのか。もしかしたら仕立て屋を呼んだ時のことだけ忘れているのかもしれないな。そうなると、仕立て屋を呼んだ際に夫人に覚えて置かれてはまずいようなことがあったのかもしれないが……」
「奥様に男が近づいたこと以外、不審な点はありませんでした」
セイディが答える。
コニーリアス様たちが難しい顔で話し込みはじめたので、わたしはその前に、どうしても気になって仕方がないことを訊ねることにした。
「あの、ドロシア、教えてほしいのだけど」
「はい、奥様。何でございましょう」
「あちらの男性は、どなた?」
その瞬間、わたしを除く全員の表情が凍り付いた。
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