君を愛せないと言われたので、夫が忘れた初恋令嬢を探します

狭山ひびき

文字の大きさ
30 / 40

失った記憶の戻し方 4

しおりを挟む
 頭の中が、霞がかかっているかのようにぼんやりする。

 誰かがわたしの名前を呼ぶ声が聞こえて、ゆっくりと瞼を持ち上げれば、見覚えのある部屋にいた。
 寝室だ。

 ぱちりぱちりと瞬きを繰り返していると、「アナスタージア!」と男性の声がする。
 耳に心地のいい低さの、けれども切羽詰まったような声に首を動かすと、そこには綺麗な人がいた。
 艶やかな金色の髪に、紺色の瞳。
 すらりと高い身長。すっと通った鼻筋に、切れ長の目。
 驚くほど顔の造形が整った人だった。
 その横には、ぼさぼさの黒髪によれよれの服を着た見覚えのある男性がいる。魔法省長官のコニーリアス・ヘイマー様だ。

 ……あら、コニーリアス様がいらっしゃるなんて。

 コニーリアス様は滅多に研究室から出てこない引きこもりらしいと、
 そんなコニーリアス様が、どうしてわたしの寝室にいるのかしら?
 だが、それよりも気になるのはコニーリアス様の隣の男性だ。

 この綺麗な人は誰だろう。どうしてわたしの寝室にいるの?

「あの、わたしは……」
「ああ、まだ起きない方がいい。君は魔法をかけられたんだ、覚えているかな?」
「魔法……?」
「ああ、覚えていないのか」

 綺麗な人が、起き上がろうとしたわたしの肩に触れそっとベッドに押し戻した。
 知らない男性に触れられたことにわたしはびくりとする。
 不安を覚えて首を巡らせれば、反対側にドロレスとセイディの姿を見つけた。二人とも目を潤ませているけれどどうしたのだろう。というか、どうして寝室にこんなに大勢の人がいて、わたしが眠っていたのを観察していたのか。

「アナスタージア夫人、いくつか確認させていただきたいことがあります。体調がすぐれないなら後日にしますが、大丈夫ですか?」
「え、ええ、大丈夫……ですけども」

 それよりも、その綺麗な人が気になる。どうして誰も紹介してくれないのだろう。
 わたしの困惑をよそに、コニーリアス様はベッドサイドの椅子に腰を下ろすと、医者がつけるカルテのようなものを片手に質問をはじめた。

「まず、君の名前を教えてほしい」

 おかしなことを訊くものだなと首を傾げつつ、わたしは答える。

「アナスタージア・ラザフォードです」
「旧姓は?」
「アナスタージア・マクニールです」
「年は?」
「十八」
「君の夫の名前は?」
「クリフ・ラザフォード様です」
「国王陛下と王妃様の名前は?」
「ギルバート陛下とイヴェット様……」

 本当に、何の質問なのだろう。こんな質疑応答に何の意味があるというのか。
 わたしの頭の中にたくさんの疑問が浮かぶが、コニーリアス様も、隣の綺麗な人もドロシアもセイディも真面目な顔をしていて、疑問をぶつけることはできなかった。

 ……みんなしてわたしを揶揄っているのかしら?

 単純な質問を繰り返したコニーリアス様は、やがて、怪訝そうな顔で「ふむ」と顎に手を当てる。
「このあたりは全部覚えているのか。もしかしたら仕立て屋を呼んだ時のことだけ忘れているのかもしれないな。そうなると、仕立て屋を呼んだ際に夫人に覚えて置かれてはまずいようなことがあったのかもしれないが……」
「奥様に男が近づいたこと以外、不審な点はありませんでした」

 セイディが答える。
 コニーリアス様たちが難しい顔で話し込みはじめたので、わたしはその前に、どうしても気になって仕方がないことを訊ねることにした。

「あの、ドロシア、教えてほしいのだけど」
「はい、奥様。何でございましょう」
「あちらの男性は、どなた?」

 その瞬間、わたしを除く全員の表情が凍り付いた。


しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さくら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

【完結】王太子妃候補の悪役令嬢は、どうしても野獣辺境伯を手に入れたい

たまこ
恋愛
公爵令嬢のアレクサンドラは優秀な王太子妃候補だと、誰も(一部関係者を除く)が認める完璧な淑女である。 王家が開く祝賀会にて、アレクサンドラは婚約者のクリストファー王太子によって婚約破棄を言い渡される。そして王太子の隣には義妹のマーガレットがにんまりと笑っていた。衆目の下、冤罪により婚約破棄されてしまったアレクサンドラを助けたのは野獣辺境伯の異名を持つアルバートだった。 しかし、この婚約破棄、どうも裏があったようで・・・。

手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです

珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。 でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。 加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。

とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】 社交界を賑わせた婚約披露の茶会。 令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。 「真実の愛を見つけたんだ」 それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。 愛よりも冷たく、そして美しく。 笑顔で地獄へお送りいたします――

私達、婚約破棄しましょう

アリス
恋愛
余命宣告を受けたエニシダは最後は自由に生きようと婚約破棄をすることを決意する。 婚約者には愛する人がいる。 彼女との幸せを願い、エニシダは残りの人生は旅をしようと家を出る。 婚約者からも家族からも愛されない彼女は最後くらい好きに生きたかった。 だが、なぜか婚約者は彼女を追いかけ……

【完結】恋が終わる、その隙に

七瀬菜々
恋愛
 秋。黄褐色に光るススキの花穂が畦道を彩る頃。  伯爵令嬢クロエ・ロレーヌは5年の婚約期間を経て、名門シルヴェスター公爵家に嫁いだ。  愛しい彼の、弟の妻としてーーー。  

【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!

たまこ
恋愛
 エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。  だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。

処理中です...