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記憶と真実 3
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記憶をつなげた後はしばらくぼんやりするだろうからと、実行する日は少し日をあけて二日後に決まった。
わたしは特に予定がないからいいのだけど、クリフ様はギルバート陛下の側近であるため、急ぎの仕事を片付けおくそうだ。
陛下からは記憶を繋げる日から三日間のお休みをいただいたという。
当日、コニーリアス様がラザフォード公爵家にやって来た。
寝室のベッドにわたしとクリフ様は並んで横になった。
魔法で記憶をつなげたあとは、半日から丸一日ほど眠りから目覚めないそうだ。
ドロシアやセイディはとても不安そうにしているけれど、コニーリアス様が再三「命にかかわるようなことにはならない」と説明してくれたので、わたしたちの決断に反対はしなかった。
「アナスタージア、手を」
クリフ様がわたしの手をそっと握る。
顔を横に向けて彼を見れば、クリフ様はふわりと微笑んだ。
「心配はいらない。忘れている記憶のかけらを思い出すだけだ。今度は何も、忘れることはないよ」
「……はい」
そうだ。今度は何も忘れない。
忘れていることを想い出したからと言って、結婚式を挙げてから今日までの日々が記憶から消えてなくなるわけではないのだ。何も不安に思うことはない。
「二人とも、準備はいいですか?」
わたしとクリフ様は、コニーリアス様に同時に頷いて見せる。
コニーリアス様がわたしとクリフ様の額にそれぞれ手をかざした。
「いきますよ。ゆっくり、目を閉じて」
額がじんわりと暖かくなる。
同時に、強い睡魔が襲ってきて――わたしは、まるで水の上を揺蕩うように意識を手放した。
☆
クリフは、城の中を歩いていた。
これが夢の中だというのはなんとなく理解できていた。
何故なら城の中を歩く自分を、もう一人の自分が俯瞰して見ているような奇妙な感じがするからだ。
(この日は……ああそうだ、結婚式の前日だ)
城を歩くクリフは思いつめたような顔をしていた。
しばらく見つめていたら、突然目の前の光景が砂嵐をかけたように曖昧になった。
どうやらここから先の記憶は忘却の魔法によって忘れてしまったものなのだろう。
そんな風に思っていると、突然目の前の景色が変わる。
城にいたはずのクリフは、街の中にいた。
いや、違う。クリフではない。これは「アナスタージア」の記憶だ。
結婚前なのだろう。アナスタージアは供もつけず一人で街を歩いていた。
春の終わり。季節的に考えて、おそらく結婚式の数日前のことだろうと思う。
結婚前の彼女は、こうして気分転換に一人で街を歩くことがあった。
歩きながら、情報を集めるのだ。アナスタージアの父親は伯爵であると同時に商人でもあるので、その娘である彼女は市場を見て回っては気づいたことを父親に報告したりしていた。
軽やかな足取りで、アナスタージアは石畳の道を進む。
しばらく店を見て回っていた彼女は、疲れたのか、王都の川沿いにある公園に足を向けた。
露店でフルーツジュースを買うと、ベンチに座って休憩を取る。
すると、アナスタージアの側に一人の男が歩いてくるのが見えた。
男の顔は見たことがあった。新興貴族の子爵家の嫡男で、クリフと一緒に出掛けたパーティーで何度かアナスタージアに話しかけてきたことがある男だ。
(……待て。この光景、知っているぞ)
目の前の光景がブレる。
視界がぼやけて、同じ場面なのに視点が変わった。
――ああ、思い出した。
(俺も、この場所にいたんだ)
あの日、クリフは午後から休みをもらっていた。
ドロシアからアナスタージアが出かけたと聞いて、彼女を探して街に降りたのだ。
そう、結婚式の二日前だった。
せっかくだからアナスタージアとデートでもと思って――彼女をあてもなく探し回ったクリフは、そう言えば歩き疲れたら、アナスタージアはいつも公園に立ち寄っていたことを思い出したのだ。
公園に向かうと案の定アナスタージアはベンチに座っていて、クリフは彼女に声をかけようと思った。
だが、かけられなかった。
その前に見覚えのある男がアナスタージアに近づき、親し気に声をかけたからだ。
クリフはその光景を少し離れたところから見ていた。
アナスタージアが浮気をしているとは思わなかったが、二人はまるで、待ち合わせをしていた恋人同士のようにクリフの目には見えたからだ。
男とアナスタージアはしばらく座って話し込んでいた。
そして唐突に、アナスタージアがぽろりと涙をこぼしたのだ。
顔を覆って泣くアナスタージアを、男が慰めるように抱きしめる。
ガンガンとクリフの頭が傷んだ。
(ああそうだ、だから――だから俺は……)
好きなの、とアナスタージアのささやきが風に乗ってクリフの耳に届く。
消えていた記憶がゆっくりと繋がる。
そう、クリフはこの次の日、コニーリアスの研究室へ向かった。
引きこもりの元師匠は、結婚式に不参加だと聞いたから……、そう。結婚式の参加者に配るために作ったワイングラスを持って、コニーリアスの元に向かったのだ。
それを渡すという理由でコニーリアスを訪ねたが、クリフの目的は別にあった。
(そうか。忘却の魔法はこのとき隙を見て覚えたんだ。そうだった。……そうだった)
クリフが忘却の魔法まで使って忘れようとしたのは――アナスタージアのことだったのだ。
クリフはアナスタージアが好きだった。
けれど、アナスタージアにはクリフ以外に想う男性がいると知って、クリフはあの時見た光景とアナスタージアへの気持ちを封印しようとしたのだ。
そうしなければ、結婚式で嫉妬のあまりアナスタージアを責めてしまう気がして。
アナスタージアを恋しく思う気持ちに蓋をして、世の中の、政略結婚で結ばれた普通の夫婦になろうと考えたのだ。
彼女を恋しく思う自分が、そのことで彼女を傷つけないために。
だけど――
(ああ、違ったんだな)
視界がまた変わる。
同じ場面だが、またアナスタージアの視界に戻ったのだろう。
ここから先は、クリフが知らないアナスタージアの記憶だ。
ぎゅっと締め付けられそうに痛い心臓を抱えてアナスタージアの記憶を見る。
彼女は顔を覆って泣きながら、言った。
「ごめんなさい。あなたの気持ちには答えられません。……ずっと、知っていたのに、ごめんなさい。わたしは、クリフ様が好きなの……」
ひゅっとクリフは息を呑む。
その直後、意識がふわりと浮上した。
消えていた記憶が繋がったから目覚めるのかもしれない。
クリフは視界が白く塗りつぶされていくのを感じながらアナスタージアを思う。
ああ、自分はなんて――馬鹿なことをしたのだろう。
わたしは特に予定がないからいいのだけど、クリフ様はギルバート陛下の側近であるため、急ぎの仕事を片付けおくそうだ。
陛下からは記憶を繋げる日から三日間のお休みをいただいたという。
当日、コニーリアス様がラザフォード公爵家にやって来た。
寝室のベッドにわたしとクリフ様は並んで横になった。
魔法で記憶をつなげたあとは、半日から丸一日ほど眠りから目覚めないそうだ。
ドロシアやセイディはとても不安そうにしているけれど、コニーリアス様が再三「命にかかわるようなことにはならない」と説明してくれたので、わたしたちの決断に反対はしなかった。
「アナスタージア、手を」
クリフ様がわたしの手をそっと握る。
顔を横に向けて彼を見れば、クリフ様はふわりと微笑んだ。
「心配はいらない。忘れている記憶のかけらを思い出すだけだ。今度は何も、忘れることはないよ」
「……はい」
そうだ。今度は何も忘れない。
忘れていることを想い出したからと言って、結婚式を挙げてから今日までの日々が記憶から消えてなくなるわけではないのだ。何も不安に思うことはない。
「二人とも、準備はいいですか?」
わたしとクリフ様は、コニーリアス様に同時に頷いて見せる。
コニーリアス様がわたしとクリフ様の額にそれぞれ手をかざした。
「いきますよ。ゆっくり、目を閉じて」
額がじんわりと暖かくなる。
同時に、強い睡魔が襲ってきて――わたしは、まるで水の上を揺蕩うように意識を手放した。
☆
クリフは、城の中を歩いていた。
これが夢の中だというのはなんとなく理解できていた。
何故なら城の中を歩く自分を、もう一人の自分が俯瞰して見ているような奇妙な感じがするからだ。
(この日は……ああそうだ、結婚式の前日だ)
城を歩くクリフは思いつめたような顔をしていた。
しばらく見つめていたら、突然目の前の光景が砂嵐をかけたように曖昧になった。
どうやらここから先の記憶は忘却の魔法によって忘れてしまったものなのだろう。
そんな風に思っていると、突然目の前の景色が変わる。
城にいたはずのクリフは、街の中にいた。
いや、違う。クリフではない。これは「アナスタージア」の記憶だ。
結婚前なのだろう。アナスタージアは供もつけず一人で街を歩いていた。
春の終わり。季節的に考えて、おそらく結婚式の数日前のことだろうと思う。
結婚前の彼女は、こうして気分転換に一人で街を歩くことがあった。
歩きながら、情報を集めるのだ。アナスタージアの父親は伯爵であると同時に商人でもあるので、その娘である彼女は市場を見て回っては気づいたことを父親に報告したりしていた。
軽やかな足取りで、アナスタージアは石畳の道を進む。
しばらく店を見て回っていた彼女は、疲れたのか、王都の川沿いにある公園に足を向けた。
露店でフルーツジュースを買うと、ベンチに座って休憩を取る。
すると、アナスタージアの側に一人の男が歩いてくるのが見えた。
男の顔は見たことがあった。新興貴族の子爵家の嫡男で、クリフと一緒に出掛けたパーティーで何度かアナスタージアに話しかけてきたことがある男だ。
(……待て。この光景、知っているぞ)
目の前の光景がブレる。
視界がぼやけて、同じ場面なのに視点が変わった。
――ああ、思い出した。
(俺も、この場所にいたんだ)
あの日、クリフは午後から休みをもらっていた。
ドロシアからアナスタージアが出かけたと聞いて、彼女を探して街に降りたのだ。
そう、結婚式の二日前だった。
せっかくだからアナスタージアとデートでもと思って――彼女をあてもなく探し回ったクリフは、そう言えば歩き疲れたら、アナスタージアはいつも公園に立ち寄っていたことを思い出したのだ。
公園に向かうと案の定アナスタージアはベンチに座っていて、クリフは彼女に声をかけようと思った。
だが、かけられなかった。
その前に見覚えのある男がアナスタージアに近づき、親し気に声をかけたからだ。
クリフはその光景を少し離れたところから見ていた。
アナスタージアが浮気をしているとは思わなかったが、二人はまるで、待ち合わせをしていた恋人同士のようにクリフの目には見えたからだ。
男とアナスタージアはしばらく座って話し込んでいた。
そして唐突に、アナスタージアがぽろりと涙をこぼしたのだ。
顔を覆って泣くアナスタージアを、男が慰めるように抱きしめる。
ガンガンとクリフの頭が傷んだ。
(ああそうだ、だから――だから俺は……)
好きなの、とアナスタージアのささやきが風に乗ってクリフの耳に届く。
消えていた記憶がゆっくりと繋がる。
そう、クリフはこの次の日、コニーリアスの研究室へ向かった。
引きこもりの元師匠は、結婚式に不参加だと聞いたから……、そう。結婚式の参加者に配るために作ったワイングラスを持って、コニーリアスの元に向かったのだ。
それを渡すという理由でコニーリアスを訪ねたが、クリフの目的は別にあった。
(そうか。忘却の魔法はこのとき隙を見て覚えたんだ。そうだった。……そうだった)
クリフが忘却の魔法まで使って忘れようとしたのは――アナスタージアのことだったのだ。
クリフはアナスタージアが好きだった。
けれど、アナスタージアにはクリフ以外に想う男性がいると知って、クリフはあの時見た光景とアナスタージアへの気持ちを封印しようとしたのだ。
そうしなければ、結婚式で嫉妬のあまりアナスタージアを責めてしまう気がして。
アナスタージアを恋しく思う気持ちに蓋をして、世の中の、政略結婚で結ばれた普通の夫婦になろうと考えたのだ。
彼女を恋しく思う自分が、そのことで彼女を傷つけないために。
だけど――
(ああ、違ったんだな)
視界がまた変わる。
同じ場面だが、またアナスタージアの視界に戻ったのだろう。
ここから先は、クリフが知らないアナスタージアの記憶だ。
ぎゅっと締め付けられそうに痛い心臓を抱えてアナスタージアの記憶を見る。
彼女は顔を覆って泣きながら、言った。
「ごめんなさい。あなたの気持ちには答えられません。……ずっと、知っていたのに、ごめんなさい。わたしは、クリフ様が好きなの……」
ひゅっとクリフは息を呑む。
その直後、意識がふわりと浮上した。
消えていた記憶が繋がったから目覚めるのかもしれない。
クリフは視界が白く塗りつぶされていくのを感じながらアナスタージアを思う。
ああ、自分はなんて――馬鹿なことをしたのだろう。
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2021/08/29
*全三十話です。執筆済みです
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