【旦那様は魔王様 外伝】魔界でいちばん大嫌い~絶対に好きになんて、ならないんだから!~

狭山ひびき

文字の大きさ
23 / 44
目に見えない愛

3

しおりを挟む
 アスヴィルがミリアム接近禁止令を言い渡されて、もうすぐ一年がたとうかという頃のことであった。

 ミリアムは窓際の揺り椅子に座って、可愛らしいピンクの花を咲かせているダリアの鉢植えを見やった。

 およそ半年前、当時、まだ芽吹いてもいなかったこの鉢植えは、一枚のカードとともにミリアムの部屋の前においてあった。

 ――ダリアの花言葉は華麗というらしい。ミリアムにぴったりだから、もらってほしい。背丈の低い種類のものだから窓際にでも置いてくれるとうれしく思う。愛をこめて。 アスヴィル

 つき返そうかとも思ったのだが、花には罪はないと思いなおし、窓際において世話を続けていると、ついこの前、花を咲かせたのだ。

「ふふ、かわいい……」

 ミリアムは手を伸ばし、指先でダリアの花に触れる。

 今では、部屋の中にこもりがちになったミリアムの心を慰めてくれる、数少ないものの一つだった。

 アスヴィルは相変わらず日課のようにミリアムへの愛を叫んでいるが、「愛している」と言われるたびにミリアムの心が沈んでいくことに、おそらく彼は気づいていないだろう。

 飽きもせず、おおよそ一年も叫び続けたその根性は認めるが、ミリアムは彼のその叫びを、一度として信じられたことはなった。

 愛していると言われるたびに、その愛が薄っぺらくて軽いものに感じてしまう。

「ミリアム様、気分転換にお庭に行きませんか?」

 ダリアを見つめていると、いつの間にか近くにやってきたメイドのリザがそんなことを言った。

 彼女の顔を見ると、微笑んではいるものの、瞳が心配そうに陰っている。

(リザにも心配かけちゃってるのよね……)

 ミリアムの元気がないことで、リザは、ミリアムの気を紛らわせようと、いろいろなことを提案してくれるのだが、いつも気がのらないと断ってばかりだった。

 しかし、さすがに申し訳ない気持ちになって、ミリアムは小さく笑うと、揺り椅子から立ち上がった。

「そうね。たまには、庭に降りるのもいいわね」

 リザはパッと顔を輝かせた。

「はい! 今、薔薇園の薔薇がきれいに咲いているんですよ!」

「そうなの? じゃあ、薔薇園へ行きましょうか」

 リザの提案を受け入れて薔薇園に向かうと、確かにリザの言う通り、色とりどりの薔薇が咲き誇っており、あたりはむせ返るほどの薔薇の香りに満ちていた。

 薔薇がきれいに咲くころは、いつもミリアムは薔薇園の前でティータイムを楽しんだりするのだが、今年はそんなことにも気がつかないくらい部屋に閉じこもっていたらしい。

(わたしらしくないわよね……)

 ミリアム自身でも自分らしくないとわかってるのだが、どうしても気持ちが沈んでしまうのだ。

 大好きなお菓子も喉を通らないし、毎日のように読んでいた恋愛小説も読めない。庭の花を見ることが大好きだったはずなのに、咲いていることにすら気づいていなかった。本当に、どうかしていると思う。

 ミリアムは薔薇の花に顔を近づけて香りをかぎながら、そっと目を閉じた。――途端。

 ――ミリアム!

 脳裏のうりにパッと浮かび上がったシルバーグレーの髪の男の顔に、ミリアムはハッとして目を開く。

 アスヴィルのことを考えないようにしているのに、眠る前や、ぼーっとしているときなど、ふとした瞬間にアスヴィルの顔が浮かんでくるのだ。

(もういや……)

 ミリアムは泣きたくなった。

 やっぱり部屋に戻ろうと、ミリアムがリザに声をかけようとしたときだった。

「アスヴィル様ぁ」

 遠くからミリアムの天敵を呼ぶ声が聞こえて、ミリアムは反射的に振り向いていた。

 庭の迷路の少し先のあたりに、シルバーグレーの背の高い男と、その隣にブルネットの髪の女の姿が見える。

 ミリアムのいる薔薇園からは距離があるため、二人はミリアムには気づいていないようだった。

 ブルネットの髪の女は、アスヴィルの腕にまとわりついていた。

(あの人……)

 ミリアムはブルネットの女に見覚えがあった。七侯の一人のモーリスの妹だ。祝賀パーティーで見たことがある。確か名前を……。思い出そうとして思い出せず、ミリアムはリザを見た。

「あの女、誰だっけ? なんか宝石っぽい名前だった気がする」

 リザは迷路のあたりを見やって、ああ、と頷いた。

「モーリス様の妹君の、ガーネット様ですよ」

「そうそう、そんな名前だったわ」

 ミリアムは再びアスヴィルに視線を戻した。アスヴィルは、そのガーネットと、いったい何をしているのだろう。

(それにしても、何なのよあの女、べたべたしすぎじゃない!?)

 アスヴィルもアスヴィルだ。腕に手をまわされて、なぜ振りほどかないのだろうか。されるがままになっているのが腹が立つ。

 ミリアムは無自覚なまま鋭い視線で二人を睨みつけていた。

 すると、あまりにミリアムが凝視しすぎていたせいだろうか、ガーネットの視線がふとミリアムの方を向いた。

 ガーネットはミリアムの姿を見つけ、驚いたように目を丸くし――そのあと、手に持っていた扇を口元に当てて、ふっと笑った。

「―――!」

 ガーネットのその微笑みが、ミリアムのことを馬鹿にしているようなものに見えて、ミリアムはきゅっと唇をかむ。

 ガーネットはミリアムが見ている前で、そっとアスヴィルの胸にしなだれかかった。

 急に寄りかかられたアスヴィルが、慌てたようにガーネットを抱き留めるのを見て、ミリアムは息を呑む。

「ミリアム様……」

 リザがおろおろとしながら心配そうな声でミリアムを呼ぶのが、どうしようもなくみじめに感じた。

「……部屋に戻りましょう」

 ミリアムがそう言って踵を返そうとしたとき、アスヴィルの顔がこちらを向いた。

「ミリアム!」

 ミリアムを見つけたアスヴィルが、何やら焦ったような声を上げて、ガーネットを引きはがすのが見えたが、ミリアムは止まらなかった。

「帰るわよ」

 ミリアムは一秒だってこの場所にいたくなかった。

 リザを連れて、ミリアムは魔法を使い、庭から一瞬で、自分の部屋へ飛んで帰ったのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

完璧すぎると言われ婚約破棄された令嬢、冷徹公爵と白い結婚したら選ばれ続けました

鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎて、可愛げがない」  その理不尽な理由で、王都の名門令嬢エリーカは婚約を破棄された。  努力も実績も、すべてを否定された――はずだった。  だが彼女は、嘆かなかった。  なぜなら婚約破棄は、自由の始まりだったから。  行き場を失ったエリーカを迎え入れたのは、  “冷徹”と噂される隣国の公爵アンクレイブ。  条件はただ一つ――白い結婚。  感情を交えない、合理的な契約。  それが最善のはずだった。  しかし、エリーカの有能さは次第に国を変え、  彼女自身もまた「役割」ではなく「選択」で生きるようになる。  気づけば、冷徹だった公爵は彼女を誰よりも尊重し、  誰よりも守り、誰よりも――選び続けていた。  一方、彼女を捨てた元婚約者と王都は、  エリーカを失ったことで、静かに崩れていく。  婚約破棄ざまぁ×白い結婚×溺愛。  完璧すぎる令嬢が、“選ばれる側”から“選ぶ側”へ。  これは、復讐ではなく、  選ばれ続ける未来を手に入れた物語。 ---

白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、 ……つもりだった。 夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。 「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」 そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。 「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」 女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。 ※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。 ヘンリック(王太子)が主役となります。 また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

処理中です...