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目に見えない愛
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アスヴィルがミリアム接近禁止令を言い渡されて、もうすぐ一年がたとうかという頃のことであった。
ミリアムは窓際の揺り椅子に座って、可愛らしいピンクの花を咲かせているダリアの鉢植えを見やった。
およそ半年前、当時、まだ芽吹いてもいなかったこの鉢植えは、一枚のカードとともにミリアムの部屋の前においてあった。
――ダリアの花言葉は華麗というらしい。ミリアムにぴったりだから、もらってほしい。背丈の低い種類のものだから窓際にでも置いてくれるとうれしく思う。愛をこめて。 アスヴィル
つき返そうかとも思ったのだが、花には罪はないと思いなおし、窓際において世話を続けていると、ついこの前、花を咲かせたのだ。
「ふふ、かわいい……」
ミリアムは手を伸ばし、指先でダリアの花に触れる。
今では、部屋の中にこもりがちになったミリアムの心を慰めてくれる、数少ないものの一つだった。
アスヴィルは相変わらず日課のようにミリアムへの愛を叫んでいるが、「愛している」と言われるたびにミリアムの心が沈んでいくことに、おそらく彼は気づいていないだろう。
飽きもせず、おおよそ一年も叫び続けたその根性は認めるが、ミリアムは彼のその叫びを、一度として信じられたことはなった。
愛していると言われるたびに、その愛が薄っぺらくて軽いものに感じてしまう。
「ミリアム様、気分転換にお庭に行きませんか?」
ダリアを見つめていると、いつの間にか近くにやってきたメイドのリザがそんなことを言った。
彼女の顔を見ると、微笑んではいるものの、瞳が心配そうに陰っている。
(リザにも心配かけちゃってるのよね……)
ミリアムの元気がないことで、リザは、ミリアムの気を紛らわせようと、いろいろなことを提案してくれるのだが、いつも気がのらないと断ってばかりだった。
しかし、さすがに申し訳ない気持ちになって、ミリアムは小さく笑うと、揺り椅子から立ち上がった。
「そうね。たまには、庭に降りるのもいいわね」
リザはパッと顔を輝かせた。
「はい! 今、薔薇園の薔薇がきれいに咲いているんですよ!」
「そうなの? じゃあ、薔薇園へ行きましょうか」
リザの提案を受け入れて薔薇園に向かうと、確かにリザの言う通り、色とりどりの薔薇が咲き誇っており、あたりはむせ返るほどの薔薇の香りに満ちていた。
薔薇がきれいに咲くころは、いつもミリアムは薔薇園の前でティータイムを楽しんだりするのだが、今年はそんなことにも気がつかないくらい部屋に閉じこもっていたらしい。
(わたしらしくないわよね……)
ミリアム自身でも自分らしくないとわかってるのだが、どうしても気持ちが沈んでしまうのだ。
大好きなお菓子も喉を通らないし、毎日のように読んでいた恋愛小説も読めない。庭の花を見ることが大好きだったはずなのに、咲いていることにすら気づいていなかった。本当に、どうかしていると思う。
ミリアムは薔薇の花に顔を近づけて香りをかぎながら、そっと目を閉じた。――途端。
――ミリアム!
脳裏にパッと浮かび上がったシルバーグレーの髪の男の顔に、ミリアムはハッとして目を開く。
アスヴィルのことを考えないようにしているのに、眠る前や、ぼーっとしているときなど、ふとした瞬間にアスヴィルの顔が浮かんでくるのだ。
(もういや……)
ミリアムは泣きたくなった。
やっぱり部屋に戻ろうと、ミリアムがリザに声をかけようとしたときだった。
「アスヴィル様ぁ」
遠くからミリアムの天敵を呼ぶ声が聞こえて、ミリアムは反射的に振り向いていた。
庭の迷路の少し先のあたりに、シルバーグレーの背の高い男と、その隣にブルネットの髪の女の姿が見える。
ミリアムのいる薔薇園からは距離があるため、二人はミリアムには気づいていないようだった。
ブルネットの髪の女は、アスヴィルの腕にまとわりついていた。
(あの人……)
ミリアムはブルネットの女に見覚えがあった。七侯の一人のモーリスの妹だ。祝賀パーティーで見たことがある。確か名前を……。思い出そうとして思い出せず、ミリアムはリザを見た。
「あの女、誰だっけ? なんか宝石っぽい名前だった気がする」
リザは迷路のあたりを見やって、ああ、と頷いた。
「モーリス様の妹君の、ガーネット様ですよ」
「そうそう、そんな名前だったわ」
ミリアムは再びアスヴィルに視線を戻した。アスヴィルは、そのガーネットと、いったい何をしているのだろう。
(それにしても、何なのよあの女、べたべたしすぎじゃない!?)
アスヴィルもアスヴィルだ。腕に手をまわされて、なぜ振りほどかないのだろうか。されるがままになっているのが腹が立つ。
ミリアムは無自覚なまま鋭い視線で二人を睨みつけていた。
すると、あまりにミリアムが凝視しすぎていたせいだろうか、ガーネットの視線がふとミリアムの方を向いた。
ガーネットはミリアムの姿を見つけ、驚いたように目を丸くし――そのあと、手に持っていた扇を口元に当てて、ふっと笑った。
「―――!」
ガーネットのその微笑みが、ミリアムのことを馬鹿にしているようなものに見えて、ミリアムはきゅっと唇をかむ。
ガーネットはミリアムが見ている前で、そっとアスヴィルの胸にしなだれかかった。
急に寄りかかられたアスヴィルが、慌てたようにガーネットを抱き留めるのを見て、ミリアムは息を呑む。
「ミリアム様……」
リザがおろおろとしながら心配そうな声でミリアムを呼ぶのが、どうしようもなくみじめに感じた。
「……部屋に戻りましょう」
ミリアムがそう言って踵を返そうとしたとき、アスヴィルの顔がこちらを向いた。
「ミリアム!」
ミリアムを見つけたアスヴィルが、何やら焦ったような声を上げて、ガーネットを引きはがすのが見えたが、ミリアムは止まらなかった。
「帰るわよ」
ミリアムは一秒だってこの場所にいたくなかった。
リザを連れて、ミリアムは魔法を使い、庭から一瞬で、自分の部屋へ飛んで帰ったのだった。
ミリアムは窓際の揺り椅子に座って、可愛らしいピンクの花を咲かせているダリアの鉢植えを見やった。
およそ半年前、当時、まだ芽吹いてもいなかったこの鉢植えは、一枚のカードとともにミリアムの部屋の前においてあった。
――ダリアの花言葉は華麗というらしい。ミリアムにぴったりだから、もらってほしい。背丈の低い種類のものだから窓際にでも置いてくれるとうれしく思う。愛をこめて。 アスヴィル
つき返そうかとも思ったのだが、花には罪はないと思いなおし、窓際において世話を続けていると、ついこの前、花を咲かせたのだ。
「ふふ、かわいい……」
ミリアムは手を伸ばし、指先でダリアの花に触れる。
今では、部屋の中にこもりがちになったミリアムの心を慰めてくれる、数少ないものの一つだった。
アスヴィルは相変わらず日課のようにミリアムへの愛を叫んでいるが、「愛している」と言われるたびにミリアムの心が沈んでいくことに、おそらく彼は気づいていないだろう。
飽きもせず、おおよそ一年も叫び続けたその根性は認めるが、ミリアムは彼のその叫びを、一度として信じられたことはなった。
愛していると言われるたびに、その愛が薄っぺらくて軽いものに感じてしまう。
「ミリアム様、気分転換にお庭に行きませんか?」
ダリアを見つめていると、いつの間にか近くにやってきたメイドのリザがそんなことを言った。
彼女の顔を見ると、微笑んではいるものの、瞳が心配そうに陰っている。
(リザにも心配かけちゃってるのよね……)
ミリアムの元気がないことで、リザは、ミリアムの気を紛らわせようと、いろいろなことを提案してくれるのだが、いつも気がのらないと断ってばかりだった。
しかし、さすがに申し訳ない気持ちになって、ミリアムは小さく笑うと、揺り椅子から立ち上がった。
「そうね。たまには、庭に降りるのもいいわね」
リザはパッと顔を輝かせた。
「はい! 今、薔薇園の薔薇がきれいに咲いているんですよ!」
「そうなの? じゃあ、薔薇園へ行きましょうか」
リザの提案を受け入れて薔薇園に向かうと、確かにリザの言う通り、色とりどりの薔薇が咲き誇っており、あたりはむせ返るほどの薔薇の香りに満ちていた。
薔薇がきれいに咲くころは、いつもミリアムは薔薇園の前でティータイムを楽しんだりするのだが、今年はそんなことにも気がつかないくらい部屋に閉じこもっていたらしい。
(わたしらしくないわよね……)
ミリアム自身でも自分らしくないとわかってるのだが、どうしても気持ちが沈んでしまうのだ。
大好きなお菓子も喉を通らないし、毎日のように読んでいた恋愛小説も読めない。庭の花を見ることが大好きだったはずなのに、咲いていることにすら気づいていなかった。本当に、どうかしていると思う。
ミリアムは薔薇の花に顔を近づけて香りをかぎながら、そっと目を閉じた。――途端。
――ミリアム!
脳裏にパッと浮かび上がったシルバーグレーの髪の男の顔に、ミリアムはハッとして目を開く。
アスヴィルのことを考えないようにしているのに、眠る前や、ぼーっとしているときなど、ふとした瞬間にアスヴィルの顔が浮かんでくるのだ。
(もういや……)
ミリアムは泣きたくなった。
やっぱり部屋に戻ろうと、ミリアムがリザに声をかけようとしたときだった。
「アスヴィル様ぁ」
遠くからミリアムの天敵を呼ぶ声が聞こえて、ミリアムは反射的に振り向いていた。
庭の迷路の少し先のあたりに、シルバーグレーの背の高い男と、その隣にブルネットの髪の女の姿が見える。
ミリアムのいる薔薇園からは距離があるため、二人はミリアムには気づいていないようだった。
ブルネットの髪の女は、アスヴィルの腕にまとわりついていた。
(あの人……)
ミリアムはブルネットの女に見覚えがあった。七侯の一人のモーリスの妹だ。祝賀パーティーで見たことがある。確か名前を……。思い出そうとして思い出せず、ミリアムはリザを見た。
「あの女、誰だっけ? なんか宝石っぽい名前だった気がする」
リザは迷路のあたりを見やって、ああ、と頷いた。
「モーリス様の妹君の、ガーネット様ですよ」
「そうそう、そんな名前だったわ」
ミリアムは再びアスヴィルに視線を戻した。アスヴィルは、そのガーネットと、いったい何をしているのだろう。
(それにしても、何なのよあの女、べたべたしすぎじゃない!?)
アスヴィルもアスヴィルだ。腕に手をまわされて、なぜ振りほどかないのだろうか。されるがままになっているのが腹が立つ。
ミリアムは無自覚なまま鋭い視線で二人を睨みつけていた。
すると、あまりにミリアムが凝視しすぎていたせいだろうか、ガーネットの視線がふとミリアムの方を向いた。
ガーネットはミリアムの姿を見つけ、驚いたように目を丸くし――そのあと、手に持っていた扇を口元に当てて、ふっと笑った。
「―――!」
ガーネットのその微笑みが、ミリアムのことを馬鹿にしているようなものに見えて、ミリアムはきゅっと唇をかむ。
ガーネットはミリアムが見ている前で、そっとアスヴィルの胸にしなだれかかった。
急に寄りかかられたアスヴィルが、慌てたようにガーネットを抱き留めるのを見て、ミリアムは息を呑む。
「ミリアム様……」
リザがおろおろとしながら心配そうな声でミリアムを呼ぶのが、どうしようもなくみじめに感じた。
「……部屋に戻りましょう」
ミリアムがそう言って踵を返そうとしたとき、アスヴィルの顔がこちらを向いた。
「ミリアム!」
ミリアムを見つけたアスヴィルが、何やら焦ったような声を上げて、ガーネットを引きはがすのが見えたが、ミリアムは止まらなかった。
「帰るわよ」
ミリアムは一秒だってこの場所にいたくなかった。
リザを連れて、ミリアムは魔法を使い、庭から一瞬で、自分の部屋へ飛んで帰ったのだった。
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