【旦那様は魔王様 外伝】魔界でいちばん大嫌い~絶対に好きになんて、ならないんだから!~

狭山ひびき

文字の大きさ
24 / 44
目に見えない愛

4

しおりを挟む
 アスヴィルは、魔王の城の中に用意されている自分の部屋の中を、先ほどからうろうろと歩き回っていた。

 思い出すのは、久しぶりに見たミリアムの顔だ。

 彼女はここのところずっと部屋にこもっていて、まったく顔を出してくれなかった。おかげでアスヴィルは、愛する彼女の顔をずっと拝めていなかったのだ。

 しかし、せっかくミリアムの顔を見られたというのに、昨日のあの状況はまずかった。

 ガーネットはおよそ十一年前、アスヴィルが親に言われて見合いをした相手だった。

 この十一年、まったく音沙汰おとさたがなかったというのに、彼女は昨日、突然アスヴィルを訪れたのだ。

 アスヴィルは知らなかったのだが、どうやら、見合いこそ失敗したものの、ガーネットはまだ、アスヴィルの婚約候補者の一人であるらしい。

 ミリアムに振られた時の保険に、グノーがガーネットに断りをいれていなかったそうなのだ。

 昨日、それを聞かされたアスヴィルは衝撃を受け、ガーネットには丁重に結婚の意思がないことを伝えたが、アスヴィルがそう言うのは想定内だったようで、彼女はこう切り返した。

 ――あと五年くらい、待てますわ。

 つまり、あとおよそ五年のうちに、ミリアムを口説き落とせなかった場合、グノーとの約束により、アスヴィルはほかの誰かと結婚しなければいけない。その時誰と結婚するのかなんて考えたくもないが、確かに、父の中で彼女が有力候補であることは間違いないのだろう。

 五年後も結婚する意志はないと言えるほどの自信が、アスヴィルにはなかった。五年以内に、ミリアムが振り向いてくれるという自信が、どこにもないのだ。

 あるのは、ミリアムのことを諦めないという自信だけだ。だから、

 ――ミリアム様のことを諦めなくても、わたくし、かまいませんわ。

 そういう彼女を突っぱねることは、アスヴィルにはできなかったのである。

 なぜなら、たとえミリアムに振り向いてもらえず、五年後に別の女性と結婚する羽目になったとしても、アスヴィルはきっとミリアムを忘れられないからだ。それなら、諦めなくてもいいと言ってくれる女性を候補として置いておいた方が、将来的にいいのではないか――という打算的で後ろ向きな考えが頭の中をよぎってしまった。

「ミリアムに見られた……」

 アスヴィルはドクドクと嫌な音を立てながら早い鼓動を打つ心臓の上を抑え、部屋の中を右往左往する。

「最悪だ。ミリアムに……」

 アスヴィルの思い過ごしかもしれないが、一瞬見えたミリアムの顔は、アスヴィルのことを軽蔑けいべつしているように見えた。まるで、アスヴィルの臆病で汚い内面を見透かされたかのように思えたのだ。

「ミリアムに、嫌われる……」

 今でも充分すぎるほど嫌われている自覚はあるが、これ以上嫌われたら、どうしていいのかわからない。

 好きなのだ。

 どうしようもなく、大好きなのだ。

 それなのに、ミリアムとアスヴィルの間には深い溝があり、どれだけ頑張っても一向にその溝が埋まる気がしない。これ以上嫌われたら、それこそ溝が谷に変わって、その下に川まで流れはじめて、どれだけ土を落とそうと、絶対に埋まらなくなってしまう。

「そんなの、絶対に嫌だ……!」

 アスヴィルはいてもたってもいられなくなって、部屋を飛び出すと、シヴァのもとに飛んで行った。

 シヴァの部屋を訪れると、彼ははうんざりとしたような声を出した。

「今度はなんだ」

 青い顔をしてやってきた友人は、シヴァの顔を見るなり「ミリアムに嫌われます!」と叫んだが、もともと嫌われているくせにいまさら何を言うんだとシヴァはあきれた。

「ガーネットといるところ見られたんです!」

「ガーネット? モーリスの妹のガーネットか?」

「そうです!」

「で、ガーネットと一緒にいるところを見られたからと言ってなんだというんだ」

 シヴァが問えば、アスヴィルは頭を抱えながら部屋の中をうろうろしはじめた。

「ガーネットは、俺の婚約者候補らしいんです!」

「そうなのか?」

「そうです! 十一年前の見合いのあと、父上が答えを保留にしていたらしいんです!」

「ああ、十一年前の見合いの相手はガーネットだったのか」

 部屋の端から端までをうろうろと歩き回るアスヴィルに気が散って、シヴァは書類から顔を上げると、仕事を続けるのを諦めて友人の話を聞いてやることにした。

「それで、そのガーネットと一緒にいて、何が悪い?」

「大いに悪いです! ミリアムに浮気を疑われます!!」

「……浮気?」

 恋人関係でもないのに、なぜそこで浮気を疑われるのか、シヴァにはさっぱりわからなかったが、どうやら混乱していてまともな思考回路の状態ではなさそうなアスヴィルに、それを言ってもどうしようもないだろう。

 シヴァはその妙な単語を聞き流し、続きを促した。

「それで、疑われたらなんだ」

「ミリアムに軽蔑されます!!」

 アスヴィルはぴたりと足を止めると、すがるような目でシヴァを見た。

「弁解したいです」

「は?」

「俺にはミリアムだけだと、弁解したいんです!!」

「……」

 アスヴィルは小走りで執務机の前までやってくると、机の上に手をついて、身を乗り出した。

「お願いです。ミリアムに会わせてください。十五分、いいえ、十分でも五分でも構いません! ミリアムから十メートル以内の距離に近づく許可をください!」

 ミリアム接近禁止令が解けるまで、あと一週間である。だが、アスヴィルはその一週間も待てないようだった。

 しかしシヴァは、にべもなく告げた。

「それは無理だ」

「シヴァ様!」

 アスヴィルが悲痛な声を上げる。

 シヴァはアスヴィルの顔を見て、ため息交じりにこう告げた。

「ミリアムは今朝、城を出て行った。しばらく戻らないらしい。だから、無理なんだ」

 それを聞いたアスヴィルは、まるで、死刑宣告を聞いたかのように絶望した表情で立ち尽くしたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

完璧すぎると言われ婚約破棄された令嬢、冷徹公爵と白い結婚したら選ばれ続けました

鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎて、可愛げがない」  その理不尽な理由で、王都の名門令嬢エリーカは婚約を破棄された。  努力も実績も、すべてを否定された――はずだった。  だが彼女は、嘆かなかった。  なぜなら婚約破棄は、自由の始まりだったから。  行き場を失ったエリーカを迎え入れたのは、  “冷徹”と噂される隣国の公爵アンクレイブ。  条件はただ一つ――白い結婚。  感情を交えない、合理的な契約。  それが最善のはずだった。  しかし、エリーカの有能さは次第に国を変え、  彼女自身もまた「役割」ではなく「選択」で生きるようになる。  気づけば、冷徹だった公爵は彼女を誰よりも尊重し、  誰よりも守り、誰よりも――選び続けていた。  一方、彼女を捨てた元婚約者と王都は、  エリーカを失ったことで、静かに崩れていく。  婚約破棄ざまぁ×白い結婚×溺愛。  完璧すぎる令嬢が、“選ばれる側”から“選ぶ側”へ。  これは、復讐ではなく、  選ばれ続ける未来を手に入れた物語。 ---

婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました

ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!  フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!  ※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』  ……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。  彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。  しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!? ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています

白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、 ……つもりだった。 夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。 「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」 そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。 「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」 女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。 ※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。 ヘンリック(王太子)が主役となります。 また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

処理中です...