【旦那様は魔王様 外伝】魔界でいちばん大嫌い~絶対に好きになんて、ならないんだから!~

狭山ひびき

文字の大きさ
34 / 44
好きと言えなくて

3

しおりを挟む
「今日のそのクリーム色のドレス、とてもよく似合ってるよ」

「当然でしょ!」

 テーブルをはさんで真向かいに座っているアスヴィルが、幸せそうに微笑みながらミリアムのドレスを褒めると、彼女はツンと顎をそらせてそう答えた。

 アスヴィルにお茶に誘われたミリアムは、今、彼と温室で午後のひと時をすごしている。

 アスヴィルのことを好きだと自覚したミリアムであるが、だからと言って手のひらを返したように素直になれるほど、簡単な性格をしていない。

 アスヴィルに微笑みかけられて頬に熱がたまるのを自覚するが、必死に表情を引き締めて不機嫌な顔を作っていた。

「お茶に付きあってくれてありがとう。忙しかっただろう?」

「当然よ! わたしは忙しいのよ!」

 嘘だ。本当は大抵暇を持て余していて、部屋で本を読んでいるかリザ相手におしゃべりをしてすごしている。

 ミリアムはアスヴィルが焼いて持ってきてくれたマドレーヌを口に入れながら、ちらちらと横目でアスヴィルの顔を見上げた。自分の気持ちを自覚してから、どうしてかまっすぐ彼の顔を見ることができない。

 頬杖をついている彼の大きな手を見ながら、頭を撫でてほしいなと思ったり、抱きしめられて眠ったときのことを思い出して、その腕の中に甘えたいなと思ったりするが、そんなこと口に出せるはずもなく、ちびちびと紅茶を口に運んだ。

(なによ……、鈍いのよ、ばか)

 愛していると言うくせに、アスヴィルはミリアムの気持ちや態度の変化にはこれっぽっちも気がついていないようだ。

 少しくらい強引に来られたら、ミリアムも素直になりやすいのに、アスヴィルは相変わらず言葉で「好きだ」とか「愛している」とかいうだけで、ちっとも行動に移さない。

 離宮でほとんど二人きりでいたときは、ドキドキしすぎて心臓が持たないと思ったものだが、城に戻ってきたら、今度は会う時間がぐっと減って、淋しいなと思ってしまう。

(ちょっとくらい……、せめて手を握るとか、してもいいと思うのに……)

 アスヴィルは朴念仁だった。彼はまだミリアムに嫌われていると思っているらしく、自分からミリアムに触れてこようとはしない。

(嫌いだったら、お茶なんか付き合わないわよ、ばぁか)

 ミリアムはもやもやしながら二個目のマドレーヌに手を伸ばした。焦がしバターの風味がきいていてとても美味しいマドレーヌのはずなのだが、緊張しているせいか、あんまり味がわからない。

「美味しいか?」

 もぐもぐとリスのように頬を膨らませながらマドレーヌを食べるミリアムに、アスヴィルは優しく訊ねた。

「ん」

 ミリアムは短く返事をして、こくんと頷く。

 アスヴィルはにこにこ笑いながら、口元を指さした。

「ミリアム、そこ、ついてる」

 アスヴィルに指摘されて、ミリアムは頬を赤く染めて口元をぬぐった。

「そこじゃないよ」

 アスヴィルがくすくすと笑って手を伸ばす。長い指がミリアムの口元をかすめて行って、ミリアムはますます顔を赤く染めた。

 アスヴィルが触れていったところが、火傷をしたみたいに熱い。

 ミリアムはうつむくと、アスヴィルが触れた口の横を、そっと手で押さえた。

「もう取れてるぞ?」

 鈍いアスヴィルはミリアムの気持ちには全く気が付かず、頓珍漢なことを言う。

 ミリアムは上目遣いでアスヴィルを軽く睨んだ。

「わかってるわよ」

「そうか?」

 アスヴィルは不思議そうに首を傾げる。

 ミリアムは悔しくなって、テーブルの下でアスヴィルの足を軽く蹴飛ばした。

「いてっ」

 蹴飛ばされたアスヴィルが顔をしかめるが、ミリアムはツンと顔をそらす。

 ミリアムは横を向いたまま、紅茶をぐびぐびと飲み干した。

(なによ! 鈍すぎるのよ!)

 あれだけ好きだと言いながら、どうしてミリアムの気持ちには気づいてくれないのだろう。

 素直に好きだと言えないミリアムは、心の中でアスヴィルをさんざん罵倒しながら、意地っ張りな自分の性格を呪った。

「愛してるよ、ミリアム」

 アスヴィルがそうささやいてくれるが、ミリアムは頬を染めてただ押し黙った。

(……わたしも、あなたが大好きよ)

 今のミリアムには、心の中で答えるだけで、精いっぱいだったのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

完璧すぎると言われ婚約破棄された令嬢、冷徹公爵と白い結婚したら選ばれ続けました

鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎて、可愛げがない」  その理不尽な理由で、王都の名門令嬢エリーカは婚約を破棄された。  努力も実績も、すべてを否定された――はずだった。  だが彼女は、嘆かなかった。  なぜなら婚約破棄は、自由の始まりだったから。  行き場を失ったエリーカを迎え入れたのは、  “冷徹”と噂される隣国の公爵アンクレイブ。  条件はただ一つ――白い結婚。  感情を交えない、合理的な契約。  それが最善のはずだった。  しかし、エリーカの有能さは次第に国を変え、  彼女自身もまた「役割」ではなく「選択」で生きるようになる。  気づけば、冷徹だった公爵は彼女を誰よりも尊重し、  誰よりも守り、誰よりも――選び続けていた。  一方、彼女を捨てた元婚約者と王都は、  エリーカを失ったことで、静かに崩れていく。  婚約破棄ざまぁ×白い結婚×溺愛。  完璧すぎる令嬢が、“選ばれる側”から“選ぶ側”へ。  これは、復讐ではなく、  選ばれ続ける未来を手に入れた物語。 ---

婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました

ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!  フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!  ※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』  ……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。  彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。  しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!? ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています

白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、 ……つもりだった。 夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。 「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」 そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。 「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」 女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。 ※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。 ヘンリック(王太子)が主役となります。 また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

処理中です...