マッドハッターの気ままな事件簿~ドSな帽子屋は一人の少女を溺愛する~

狭山ひびき

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お猫様はどこに消えた!?

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「ヴィ―、帰っていたの?」

 朝目覚めたスノウは、どうやら夜明け前のことを覚えていない様子だった。

 スノウよりも早く目覚めて、朝食の支度をしていたヴィクトールは苦笑して、フライパンをおいてベッドまで歩いていく。

「おはよう、スノウ」

 額に口づければ、スノウはくすぐったそうに微笑んだ。

「いつ帰ってきたの?」

「夜だよ。スノウはよく眠っていたね」

「起こしてくれてもよかったのに」

 起こそうとは思っていなかったが、結果実は起こしてしまったのだと言うことは、スノウが忘れているようなので黙っておく。

 スノウはベッドから降りると、隣の部屋に行って服を着替えて戻って来た。

 淡いクリーム色のワンピースは先日ヴィクトールが買い与えたものだが、よく似合っている。

 スノウはくんくんと鼻を鳴らして、キッチンを覗き込んだ。

「朝ごはん、なぁに?」

 食事の支度は、基本ヴィクトールが行う。スノウが「自分もできる」というから一度キッチンに立たせたことがあるのだが、その手つきがあまりにも危なっかしくて見ていられなかったため、ヴィクトールはスノウに、包丁と火を使ったらダメだと言い聞かせた。

「ウインナー入りのスープと卵焼き、昨日の昼に管理人のビビアンさんからクロワッサンをもらったから、それも食べよう」

 このアパルトマンの管理人である中年の女性は、管理人であると同時に、近くでパン屋を経営している。そこでの売れ残りをよく差し入れてくれるのだ。

 ビビアンの作るパンが好物のスノウは、途端にぱあっと顔を輝かせた。パンをもらうたびにこうして全身で喜びを表現するから、おそらくビビアンも頻繁ひんぱんに差し入れを持ってきてくれるのだろうが、きっとスノウは気がついていないだろう。

 ビビアンはスノウのことをいたく気に入っていて、顔を合わせるたびに「あんたたち、いつになったら結婚するんだい」と心配そうに訊ねてくるのだが、ヴィクトールは曖昧あいまいな笑顔でかわすのが精いっぱいだった。

 スノウのことは愛しているが、ヴィクトールの仕事は危険が伴う。スノウと結婚すれば、何かあったとき彼女も当然巻き込まれることになるだろう。いつでも手放せるよう、ヴィクトールは彼女と結婚するつもりはなかった。

「ヴィ―、お湯、お湯沸いてるっ」

「え、あ、本当だ」

 ヴィクトールは慌てて切った根菜を湯に入れると、塩コショウで味をつけていく。出汁はウインナーからも野菜からもしっかり出るので必要ない。

 スノウがバスケットに入れた、温めなおしたクロワッサンをテーブルまで運んでいく。

 レモンを絞った水を用意して、スープと卵が出来上がると、二人は向かい合わせに座って簡単に祈りを捧げる。

「ヴィ―、スープ美味しい」

 ふーふーと息を吹きかけながらスープを口に運び、スノウがにこにこと微笑む。

「スノウは野菜スープが好きだよね」

「うん、野菜がゴロゴロしているの好き。贅沢ぜいたくだね」

 簡単な野菜スープを「贅沢」だという彼女は、いったいどんな生活をしていたのだろうかと心が痛むことがあるが、ヴィクトールは深く聞きださないことにしている。

 ただ、スノウが笑ってくれるならそれでいい。

 スノウは小さな口に大き目の野菜をいれて、もぐもぐと咀嚼していたが、ふと思い出したように顔をあげた。

「そういえば、シロが来なくなったね」

「シロ? ああ、よく下の道で丸くなって寝ていた白猫のことかな」

 ルドン川の付近は野良猫が多い。その中でも、アパルトマンのすぐ下の道に来ていた白猫は、野良猫の中でも少し珍しい毛並みをしていて、スノウが可愛がっていることをヴィクトールは知っていた。

 ご飯の残りを猫に与えているのを見たときは、懐いて大変なことになるからやめなさいと叱ったが、スノウがあまりにしょんぼりしてしまったので、ご飯をあげないのなら遊んでいいと許可を出していた。

 そのため、ヴィクトールが仕事でアパルトマンをあけているときは、スノウは白猫と遊んで時間をつぶしているようだった。

「うん、ここ数日来ていないの……」

 淋しそうなスノウの顔を見ると、無性に抱きしめて甘やかしたくなる。

 そういう時は、ヴィクトールはその衝動のまま行動することにしていたので、席を立つと、スノウを抱き上げて膝の上に乗せて座りなおした。

「ヴィ―、ご飯中だから、お行儀が悪いのよ」

 そうは言うものの、スノウはヴィクトールの膝の上から逃げようとはしない。

 抱きしめて頭を撫でていると、スノウはヴィクトールにすり寄りながら、ポツンと言った。

「シロ、どこに行ったのかな……。誰かが拾って、大切に飼ってくれているのならいいなぁ」

 ひどい目にあっていないといいな――、そう言って表情を曇らせるスノウの目元にキスをして、ヴィクトールは白い朝日が照らす窓の外に目を向けた。
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