すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く

狭山ひびき

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第二部 すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く

サーラの決意 1

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 何が何だかわからないまま、サーラはシャルとともにサヴァール伯爵家へ向かった。
 城の中は混乱しているようで、ブノアとベレニスと城の玄関で合流して伯爵家へ向かうサーラ達に注目するものは誰もいない。

(これだけ混乱しているのなら、突然降ってわいた嫌疑ってこと?)

 アルフレッドのあの慌てようを見るに、何の情報も掴んでいなかったのは間違いないだろう。城のほとんどの人間に情報が伏せられたまま捜査されていた可能性が高い。いや、そもそも、捜査はされていたのだろうか。
 なんだか、嫌な予感がする。
 まるで昔――プランタット公爵家に嫌疑がかかった時のようだと思った。
 馬車に揺られながら、膝の上でぎゅっと拳を握り締めていると、ベレニスの手がそっと重ねられた。

「大丈夫ですよ、マリア。何かの間違いに決まっています。ラコルデール公爵家に嫌疑なんて……」

 そういうベレニスの声も震えている。
 何が何だかわからないのは、それだけで恐怖だ。
 ブノアの顔色も悪い。

「何があってもあなたのことは逃がすようにと殿下に言われています。マリア、安心してください。あなたやあなたの家族は、絶対に守って見せますから」

 ブノアがサーラを元気づけるように笑うが、いつものような綺麗な笑顔ではなかった。
 サヴァール伯爵家は、ラコルデール公爵家と縁のある伯爵家だ。今回の件の影響の広がり具合によっては、サヴァール伯爵家とてただではすまないかもしれない。

(婚約式が中止になるほどの嫌疑ならば、かなり大きな問題のはず……)

 プランタット公爵家が国家反逆罪にかけられて取りつぶしになったときは、その影響は親族の貴族にまで及んだ。だからアドルフも子爵の地位を剥奪され、平民に落とされたのだ。
 プランタット公爵家はディエリア国の貴族だったが、ヴォワトール国であっても、罪の大きさによっては親族まで処罰される可能性が高い。
 ラコルデール公爵家は王妃の実家で、ウォレスの外戚だ。王妃やウォレスにも影響が出る。

(ウォレス様……)

 何かの間違いであってほしい。
 しかし、ただの推測で婚約式が中止されることはないだろう。
 それなりの証拠があると見ていい。
 馬車がサヴァール伯爵家に到着すると、すでに伝令が飛んでいたのか、アドルフとグレースが玄関ホールで待っていた。

「シャル、サーラ! ああっ、無事でよかったっ」

 何が起こっているのかわからないまま待つのは不安だったのだろう。
 グレースが蒼白な顔でサーラに抱き着いて、はあっと長い息を吐く。
 アルフレッドが新しい情報を入手すればすぐに知らせてくれると言っていたので、ひとまずダイニングで続報を待つことにした。
 一秒が永遠にも感じられるような重たい空気の中、何回か伝令が飛んできては、ブノアに何かの報告をしては、また去って行くのが視界の端に移った。
 アルフレッドたちはまだこちらへ戻って来ない。

(ウォレス様は、大丈夫かしら……)

 婚約式が中止ということは、ジュディット・ラコルデール公爵令嬢と正式に婚約する前だと思う。まだ、婚約誓約書にサインはしていないと思いたい。
 渦中の公爵家の令嬢と正式に婚約を交わしているかいないかでも、ウォレスへ降りかかる火の粉の大きさが変わる。
 もっとも、母方の外戚である以上、無影響とは言わないだろうが、少しでもウォレスへの影響が少なければいい。

 バタン、と玄関の扉が開く音がダイニングまで響く。
 また伝令かと思ったら、ダイニングに飛び込んできたのはオーディロンだった。
 サーラは思わず腰を浮かす。

「オーディロン、どうなっている」

 ブノアが固い声で訊ねると、オーディロンはいつになく険しい表情で首を横に振った。

「詳しいことはまだなにも。アル兄上が探っているけど、こちらに対処されないようにしているのか、情報がなかなか入ってこない。ただ……」

 オーディロンはぐしゃりと片手で髪を乱した。

「ラコルデール公爵夫妻が、どこにもいないっていう情報が入った。……本当かどうかは、わからないけど」

 この状況で、渦中の公爵夫妻が姿をくらましたとなると――状況はかなり悪くなる。

「殿下、は……」

 カラカラに乾いた口で何とか声を絞り出すと、オーディロンがぎゅっと眉を寄せた。

「ラコルデール公爵令嬢とともに、殿下の身柄は拘束されている。解放されるにしても、もうしばらくはかかるだろう。今、アル兄上が必死に掛け合っているが……、今年に入って大きく入れ替わった人事が裏目に出ているよ」
(つまり、ラコルデール公爵家の嫌疑を上げたのは、第一王子派閥ってことね……)

 ラコルデール公爵家は、第二王子派閥の筆頭。
 そして、ウォレスの最大の後見。
 かけられた嫌疑が本当なのか間違いなのかはわからない。
 けれども、第一王子派閥はここぞとばかりに叩くだろう。
 この嫌疑で王位争いに決着をつけに来るはずだ。

(どうしたらいいの……)

 嫌疑が本当か間違いかを探ろうにも情報がなさすぎる。
 そもそも何の嫌疑がかけられているのかも、わかっていない。
 サーラは椅子に座りなおし、机の上でぎゅっと両手を握る。

(何か、何か手はないの――?)

 まるで昔を見ているみたいだ。

 指先から、血が、凍る――



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