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現世の鬼 2
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青葉様が駆けていってしばらくして、難しい顔をした千早様が戻って来た。
宮司様からいただいたのだろう、軒先につるす華やかな薬玉を無言で牡丹様に押し付けて、千早様がわたしの肩を抱く。
「ユキ、話がある」
千早様と共に戻って来た青葉様も千早様と同じように難しい顔をしていて、これは、あまりよくないことが起きたのだろうと予感した。
千早様のお部屋に向かうと、お茶を用意しようとする下女の方を下がらせて、千早様が口を開く。
「ユキ、道間と鬼の間で、大きな争いが起こるかもしれない」
わたしはひゅっと息を呑んだ。
「どういう、ことですか……?」
道間と鬼との間の争いということは、千早様や青葉さんたちも巻き込まれるのだろうか。
血の気の引いたわたしの手を握って、千早様が軽く首を横に振った。
「正確には、道間と、現世に残った鬼たちとの争いだ」
「現世の、鬼……」
以前、千早様から教えていただいたことがある。
千早様はお父様を道間に殺されて、鬼たちを引きつれてこの隠れ里に移り住んだ。
けれども、千早様のその決断に同意しなかった一部の鬼たちは、千早様と袂を分かち、いまだに現世で暮らしている。
「ユキ、以前お前を襲った男たちだが、青葉が調べたところ、現世の鬼たちだった。現世とこちらの行き来は、それなりに力を持った鬼でなければ難しいが、どうやら、俺たちが移り住んで百年、あちらにも強い鬼が育ったらしい」
「その鬼の方たちと、道間家が争うのですか……?」
「正確には、鬼たちが道間に乗り込む手はずを整えているようだ」
道間に、乗り込む……。
わたしが知る限り、わたしが生まれてから、道間家は一度も鬼と事を構えていない。
それは、千早様たちが隠れ里に移り住み、現世の鬼たちも表に出て来なくなったからだと思われるけれど、今になって、鬼たちが道間家を襲うのは何故だろう。
「道間の力は、年々弱くなっている。破魔の力を継いだものが、今の当主と、それから幼い娘だけだと知った鬼たちが、今ならば潰せると踏んだのだろう。正直、俺も、今の道間家なら容易くひねりつぶせるとそう思っている。他の『破魔家』が出て来なければの話だが……」
「百年前、先代のお館様が亡くなられた時、共に亡くなった鬼がたくさんいた。現世に残っているのは、親や夫、妻、子を殺された鬼たちばかりだ。隠れ里に住む鬼よりも、道間に対する恨みは深い。お館様が選んだ平穏を受け入れず、復讐を誓った鬼たちだからな」
千早様に続き、青葉さんが教えてくれた。
千早様が、そこでそっと息を吐き出す。
「俺としては、放置すべきかどうか悩んでいる。もしかしたら里の鬼たちの中にも、現世の鬼に賛同し、道間を襲えと言い出すものも出るかもしれない。そうなったとき、お前に矛先が向かない保証もない。俺の妻であるお前に危害を加える馬鹿はいないと思いたいが、どのような反動が出るか予測ができない」
「……道間家が滅ぶだけなら放置してもいいのですけどね。現世の鬼は、以前ユキを害そうとしました。あちらの道間を滅ぼしたあと、ユキを再び狙ってこちらにやって来る可能性も皆無ではありません。かといって、道間に味方して現世の鬼を滅ぼすのは論外ですし」
「そうだな。ユキは俺の妻だが、道間に肩入れするつもりはさらさらない」
それは当然だろう。千早様のお父様は道間に殺されたのだ。千早様が道間に味方するなんてあり得ないし、わたしのためにもしそのような決断をされようとしたなら、わたしも全力で止める。千早様にそのような苦しみは味わってほしくない。
わたしは、道間家に生まれながらも、道間の一員である認識がない。
道間家の父も、療養中の母も、異母妹も、家族という認識がない。妹に至っては顔も見たことがないし、父の顔も覚えていない。
親子の情を期待したこともない。
道間家ですごしたのは、ただ、処分を待つだけの十五年だった。
だから、鬼たちが道間家を押そうと聞いても、驚きはあれど、動揺はなかった。
道間家は鬼を殺した。
ならば、鬼に殺されるのも、また、道理だろう。
そのように考えてしまうわたしは、冷たいのだろうか。
けれどわたしはもう選んでいて――わたしが優先するのは、千早様であり、青葉さんであり牡丹様だ。
千早様の妻として、この里で暮らす鬼を優先する。
ならばおのずと、答えは出ると言うものだった。
「わたしのことは構いません。千早様や青葉さんに、道間の争いに関わってほしくないです。道間に昔ほどの力がなくとも、危険であることには変わりありません」
道間家以外の『破魔家』の実力はわたしにはわからない。
道間家は弱体化したのだろうが、他がそうである保証はどこにもないのだ。
万が一、千早様や青葉さんが危険にさらされるようなことになれば……。わたしは、自分自身の生まれを、この身に流れる血を、許せなくなる。
そして、生きていけなくなるだろう。
わたしは、わたしの大切な方々が傷つくのは見たくない。
たとえその結果――道間が、滅びることになろうとも。
千早様はしばらく押し黙っていたけれど、そっと息を吐くと、青葉さんに命じた。
「わかった。道間の問題には手を出さない。だが、無視もしない。俺はお前を守ると言ったはずだ。……青葉、動向だけ探っておいてくれ。ただし、決して手を出すな。……あちらの鬼の行動によっては、俺が出る」
「千早様……!」
「もしも、あちらの鬼が再びお前に危害を加えようとしたならば、だ。そうでなければ放置する。それでいいだろう?」
でも、一度わたしは命を狙われている。
あちらの鬼が、道間を深く恨んでいるのならば、道間家を滅ぼした後で再びわたしが狙われる可能性はそこそこ高い。
……もし、千早様とあちらの鬼の争いになったら?
千早様は頭領様だ。
だから、大丈夫だと思いたいけれど、あちらの鬼がどのような方々なのかわたしにはわからない。
わたしは膝の上できゅっと拳を握りしめ、小さく頷いた。
「……わかり、ました」
本当はわかりたくなんてなかったけれど、ここは頷かなければ、千早様が困る。
……わたしは、もしものことが起こった時、千早様の妻として何ができるだろう?
宮司様からいただいたのだろう、軒先につるす華やかな薬玉を無言で牡丹様に押し付けて、千早様がわたしの肩を抱く。
「ユキ、話がある」
千早様と共に戻って来た青葉様も千早様と同じように難しい顔をしていて、これは、あまりよくないことが起きたのだろうと予感した。
千早様のお部屋に向かうと、お茶を用意しようとする下女の方を下がらせて、千早様が口を開く。
「ユキ、道間と鬼の間で、大きな争いが起こるかもしれない」
わたしはひゅっと息を呑んだ。
「どういう、ことですか……?」
道間と鬼との間の争いということは、千早様や青葉さんたちも巻き込まれるのだろうか。
血の気の引いたわたしの手を握って、千早様が軽く首を横に振った。
「正確には、道間と、現世に残った鬼たちとの争いだ」
「現世の、鬼……」
以前、千早様から教えていただいたことがある。
千早様はお父様を道間に殺されて、鬼たちを引きつれてこの隠れ里に移り住んだ。
けれども、千早様のその決断に同意しなかった一部の鬼たちは、千早様と袂を分かち、いまだに現世で暮らしている。
「ユキ、以前お前を襲った男たちだが、青葉が調べたところ、現世の鬼たちだった。現世とこちらの行き来は、それなりに力を持った鬼でなければ難しいが、どうやら、俺たちが移り住んで百年、あちらにも強い鬼が育ったらしい」
「その鬼の方たちと、道間家が争うのですか……?」
「正確には、鬼たちが道間に乗り込む手はずを整えているようだ」
道間に、乗り込む……。
わたしが知る限り、わたしが生まれてから、道間家は一度も鬼と事を構えていない。
それは、千早様たちが隠れ里に移り住み、現世の鬼たちも表に出て来なくなったからだと思われるけれど、今になって、鬼たちが道間家を襲うのは何故だろう。
「道間の力は、年々弱くなっている。破魔の力を継いだものが、今の当主と、それから幼い娘だけだと知った鬼たちが、今ならば潰せると踏んだのだろう。正直、俺も、今の道間家なら容易くひねりつぶせるとそう思っている。他の『破魔家』が出て来なければの話だが……」
「百年前、先代のお館様が亡くなられた時、共に亡くなった鬼がたくさんいた。現世に残っているのは、親や夫、妻、子を殺された鬼たちばかりだ。隠れ里に住む鬼よりも、道間に対する恨みは深い。お館様が選んだ平穏を受け入れず、復讐を誓った鬼たちだからな」
千早様に続き、青葉さんが教えてくれた。
千早様が、そこでそっと息を吐き出す。
「俺としては、放置すべきかどうか悩んでいる。もしかしたら里の鬼たちの中にも、現世の鬼に賛同し、道間を襲えと言い出すものも出るかもしれない。そうなったとき、お前に矛先が向かない保証もない。俺の妻であるお前に危害を加える馬鹿はいないと思いたいが、どのような反動が出るか予測ができない」
「……道間家が滅ぶだけなら放置してもいいのですけどね。現世の鬼は、以前ユキを害そうとしました。あちらの道間を滅ぼしたあと、ユキを再び狙ってこちらにやって来る可能性も皆無ではありません。かといって、道間に味方して現世の鬼を滅ぼすのは論外ですし」
「そうだな。ユキは俺の妻だが、道間に肩入れするつもりはさらさらない」
それは当然だろう。千早様のお父様は道間に殺されたのだ。千早様が道間に味方するなんてあり得ないし、わたしのためにもしそのような決断をされようとしたなら、わたしも全力で止める。千早様にそのような苦しみは味わってほしくない。
わたしは、道間家に生まれながらも、道間の一員である認識がない。
道間家の父も、療養中の母も、異母妹も、家族という認識がない。妹に至っては顔も見たことがないし、父の顔も覚えていない。
親子の情を期待したこともない。
道間家ですごしたのは、ただ、処分を待つだけの十五年だった。
だから、鬼たちが道間家を押そうと聞いても、驚きはあれど、動揺はなかった。
道間家は鬼を殺した。
ならば、鬼に殺されるのも、また、道理だろう。
そのように考えてしまうわたしは、冷たいのだろうか。
けれどわたしはもう選んでいて――わたしが優先するのは、千早様であり、青葉さんであり牡丹様だ。
千早様の妻として、この里で暮らす鬼を優先する。
ならばおのずと、答えは出ると言うものだった。
「わたしのことは構いません。千早様や青葉さんに、道間の争いに関わってほしくないです。道間に昔ほどの力がなくとも、危険であることには変わりありません」
道間家以外の『破魔家』の実力はわたしにはわからない。
道間家は弱体化したのだろうが、他がそうである保証はどこにもないのだ。
万が一、千早様や青葉さんが危険にさらされるようなことになれば……。わたしは、自分自身の生まれを、この身に流れる血を、許せなくなる。
そして、生きていけなくなるだろう。
わたしは、わたしの大切な方々が傷つくのは見たくない。
たとえその結果――道間が、滅びることになろうとも。
千早様はしばらく押し黙っていたけれど、そっと息を吐くと、青葉さんに命じた。
「わかった。道間の問題には手を出さない。だが、無視もしない。俺はお前を守ると言ったはずだ。……青葉、動向だけ探っておいてくれ。ただし、決して手を出すな。……あちらの鬼の行動によっては、俺が出る」
「千早様……!」
「もしも、あちらの鬼が再びお前に危害を加えようとしたならば、だ。そうでなければ放置する。それでいいだろう?」
でも、一度わたしは命を狙われている。
あちらの鬼が、道間を深く恨んでいるのならば、道間家を滅ぼした後で再びわたしが狙われる可能性はそこそこ高い。
……もし、千早様とあちらの鬼の争いになったら?
千早様は頭領様だ。
だから、大丈夫だと思いたいけれど、あちらの鬼がどのような方々なのかわたしにはわからない。
わたしは膝の上できゅっと拳を握りしめ、小さく頷いた。
「……わかり、ました」
本当はわかりたくなんてなかったけれど、ここは頷かなければ、千早様が困る。
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