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アルゼースト・バーリー
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居間に行くと、真剣な表情でチェス盤を覗き込んでいる二人がいた。エリザベスにチェスのルールはわからなかったが、二人の表情から勝負が緊迫していることを予想するのは容易だった。
エリザベスはレオナードとオリバーの勝負を邪魔しないように二人から少し離れたところにあるソファに腰を下ろした。
「オリバー、今回は君の負けだ。あと三手でキングが落ちる」
レオナードがほんのり余裕をのぞかせて言えば、オリバーは悔しそうに眉を寄せた。
「まだ決定打じゃない。ひっくり返せる」
「残念だが、ここで君が打ってくるだろう手に予想はついている。どの手で来ようと、君の負けは覆らないよ」
「くそっ」
オリバーは毒づいて天井を仰いだ。
「あの時クイーンを動かしたのが間違いだった」
「そうだろうな。君にしては珍しい失策だった」
「これで勝負は――、通算七十八対七十七、君が一勝リードか。負けたまま終わるのは悔しいな。もう一勝負だ」
オリバーの父であるモードミッシェル公爵はチェス好きだが、それは息子のオリバーにも遺伝していた。彼は近衛隊時代からレオナードとチェスに興じていて、引き分けや中断を含めると今回で通算百六十一回目。力量はいつも拮抗していて、勝ち負けに二勝以上の差がついたことはない。
レオナードもオリバーとチェスをするのは楽しみの一つであったが、今回は「やめておく」とオリバーの誘いを断った。
「俺の可愛いお姫様が呼びに来たからね、今日はここまでだ」
そう言ってレオナードが振り返ると、エリザベスは少し驚いた。邪魔をしないように、静かにソファに座っていたのに、どうして気がついたのだろう。
エリザベスは立ち上がって、二人のそばに寄った。
「邪魔をしてごめんなさい。わたしはたいした用事じゃないから、続けてもらってもいいのに」
レオナードの隣に腰を下ろすと、オリバーは駒を片付けながら微笑んだ。
「かまわないよ。ちょっと夢中になりすぎた」
「オリバーが夢中になるのはいつものことだろう?」
「そのセリフは、そっくりそのままお返しするよ」
仲のよさそうな二人に、エリザベスは小さく笑った。
レオナードはエリザベスが持っていた額縁に目を止めた。
「リジー、それは何?」
「ああ、うん。図書室にあったの。なんだか気になったから、見てもらおうと思って持ってきちゃった」
エリザベスは額縁の面面を上にしてテーブルの上においた。
額縁の中の絵を覗き込んだオリバーは、「なかなかいい男だね」と言った。
「気になったって言っていたけど、ミス・エリザベスは彼のような男性が好みなのかな?」
オリバーが茶目っ気たっぷりに言うと、レオナードが不機嫌になった。
「そうなのか? 君はこんな男が好きだと?」
「な、何を言っているのよ! そんなんじゃないわよ!」
「では、君の好みはどんな男なんだ? この絵のような男でないなら、オリバーのような優男か? それとも俺みたいな男か? もちろん君は、俺のような男だと答えてくれるって信じているけどね」
「もう、馬鹿っ」
エリザベスは目の前にオリバーがいるのも忘れて、顔を真っ赤にして怒った。
そして、くすくすとオリバーの笑い声が聞こえてきてハッとした。
(もう! 信じられない! 笑われちゃったじゃない!)
エリザベスは穴があったら入りたい気持ちで、両手で頬をおさえた。
しかしレオナードはまったく悪気のない様子で、エリザベスの持って来た額縁をくるりとひっくり返した。
「アルゼースト? これを書かれた日付は……、百年近く前みたいだね」
するとオリバーが、「ああ!」と思い出したように声をあげた。
「その名前は聞いたことがあるよ。おそらく、この邸の前の持ち主じゃないかな」
アルゼースト・バーリー。それは七十年ほど前に没した、この邸の前の持ち主の名前だった。
エリザベスはレオナードとオリバーの勝負を邪魔しないように二人から少し離れたところにあるソファに腰を下ろした。
「オリバー、今回は君の負けだ。あと三手でキングが落ちる」
レオナードがほんのり余裕をのぞかせて言えば、オリバーは悔しそうに眉を寄せた。
「まだ決定打じゃない。ひっくり返せる」
「残念だが、ここで君が打ってくるだろう手に予想はついている。どの手で来ようと、君の負けは覆らないよ」
「くそっ」
オリバーは毒づいて天井を仰いだ。
「あの時クイーンを動かしたのが間違いだった」
「そうだろうな。君にしては珍しい失策だった」
「これで勝負は――、通算七十八対七十七、君が一勝リードか。負けたまま終わるのは悔しいな。もう一勝負だ」
オリバーの父であるモードミッシェル公爵はチェス好きだが、それは息子のオリバーにも遺伝していた。彼は近衛隊時代からレオナードとチェスに興じていて、引き分けや中断を含めると今回で通算百六十一回目。力量はいつも拮抗していて、勝ち負けに二勝以上の差がついたことはない。
レオナードもオリバーとチェスをするのは楽しみの一つであったが、今回は「やめておく」とオリバーの誘いを断った。
「俺の可愛いお姫様が呼びに来たからね、今日はここまでだ」
そう言ってレオナードが振り返ると、エリザベスは少し驚いた。邪魔をしないように、静かにソファに座っていたのに、どうして気がついたのだろう。
エリザベスは立ち上がって、二人のそばに寄った。
「邪魔をしてごめんなさい。わたしはたいした用事じゃないから、続けてもらってもいいのに」
レオナードの隣に腰を下ろすと、オリバーは駒を片付けながら微笑んだ。
「かまわないよ。ちょっと夢中になりすぎた」
「オリバーが夢中になるのはいつものことだろう?」
「そのセリフは、そっくりそのままお返しするよ」
仲のよさそうな二人に、エリザベスは小さく笑った。
レオナードはエリザベスが持っていた額縁に目を止めた。
「リジー、それは何?」
「ああ、うん。図書室にあったの。なんだか気になったから、見てもらおうと思って持ってきちゃった」
エリザベスは額縁の面面を上にしてテーブルの上においた。
額縁の中の絵を覗き込んだオリバーは、「なかなかいい男だね」と言った。
「気になったって言っていたけど、ミス・エリザベスは彼のような男性が好みなのかな?」
オリバーが茶目っ気たっぷりに言うと、レオナードが不機嫌になった。
「そうなのか? 君はこんな男が好きだと?」
「な、何を言っているのよ! そんなんじゃないわよ!」
「では、君の好みはどんな男なんだ? この絵のような男でないなら、オリバーのような優男か? それとも俺みたいな男か? もちろん君は、俺のような男だと答えてくれるって信じているけどね」
「もう、馬鹿っ」
エリザベスは目の前にオリバーがいるのも忘れて、顔を真っ赤にして怒った。
そして、くすくすとオリバーの笑い声が聞こえてきてハッとした。
(もう! 信じられない! 笑われちゃったじゃない!)
エリザベスは穴があったら入りたい気持ちで、両手で頬をおさえた。
しかしレオナードはまったく悪気のない様子で、エリザベスの持って来た額縁をくるりとひっくり返した。
「アルゼースト? これを書かれた日付は……、百年近く前みたいだね」
するとオリバーが、「ああ!」と思い出したように声をあげた。
「その名前は聞いたことがあるよ。おそらく、この邸の前の持ち主じゃないかな」
アルゼースト・バーリー。それは七十年ほど前に没した、この邸の前の持ち主の名前だった。
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