没落伯爵令嬢の玉の輿試練

狭山ひびき

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海賊が攫った姫の宝 6

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 翌朝、ダイニングで朝食を食べたのち、アリエルはジェラルドの書斎へ向かった。

「ル・フォール家が叙爵されたころの資料か。ええっと……これかな」

 書斎の棚の中から、ジェラルドが装飾が施されている長方形の箱を持ってくる。
 中には薄茶色に変色した紙の束と、海軍少将時代に賜った勲章だろうと思われる徽章が複数入っていた。

「先祖の少将様は、とても立派な方だったんですね」

 紙の一番上には、いつにどれだけの褒章を賜ったのかという記録があるが、かなりの数だ。

「そのようだな。海賊の討伐にも貢献したようだが……」

 ジェラルドが褒章一覧をローテーブルの上に広げる。
 執事とメアリも興味があるのだろう、それとなく近づいて来て一覧を覗き込んだ。

「最初は子爵からだったんですね」

 爵位を賜った際に「フォール子爵」とあったので、最初はフォール地方の小さな町と、それからその町の名を冠した爵位を賜ったようだ。
 その十年後にさらに陞爵し、領地が増え、名前をル・フォール伯爵と変更されたようである。

(子爵から伯爵に陞爵するのがたった十数年何て、一体どんな功績を……)

 海賊の討伐に貢献したと言ってもよほどのことだろうと思って褒章一覧を見ていたアリエルは、目をしばたたく。

「褒賞として、当時の国王陛下の姪である公爵家の姫君を妻として娶られたんですか?」

 当時のル・フォール伯爵は結婚が遅かったようだ。四十をすぎて、二十歳の公爵家の末姫を褒賞として受け取ったとある。

(なるほど、陞爵したのはこのためね。国王の姪を嫁がせるのに、子爵では決まりが悪かったんだわ)

 しかし、国王の姪を褒賞として与えられるなんてそうそうあることじゃない。

「先祖が国王陛下の姪を娶ったと言うのは家系図で知っていたが、褒章だったのは知らなかったな。……ああ、ここに当時の記録があるぞ」

 箱の中から新しい資料を取り出して、ジェラルドがローテーブルの上に並べる。
 その資料を読んだアリエルは瞠目した。

「これ!」
「ああ、なるほど。暗号はこれだったのか」

 ジェラルドも一つ頷く。
 資料には、当時、国王の姪である公爵家の末姫が海賊に攫われたと書かれていた。
 それを救出に向かい、海賊を討伐したのがジェラルドの先祖の少将だったのだ。

 いくら国王の姪とはいえ、海賊に攫われたとなれば傷物とみなされ、ろくな結婚が望めない。
 その結果、白羽の矢が立ったのが、ジェラルドの先祖だったのだろう。姫を救出した縁もあるのかもしれない。
 海賊を討伐した英雄への褒賞とすることで、姫の名誉も保たれたはずだ。

「どうやら先祖は、姫君に密かな恋心があったようだな。ほら、ここを見て見ろ」

 記録は手記のような形で書かれていたのだが、そこには「あのような美しく優しい女性を娶ることができて、この上ない幸せだ」と書かれていた。
 箱の中にはほかにも、姫君と少将との間でやりとりされた手紙も入っていて、その様子から仲睦まじい夫婦だったことが伺える。

「つまり、海賊に攫われた姫とは、ル・フォール伯爵家の先祖の将校様の奥方のことだったんですね」
「そうだな。しかし、ではその『宝』とはなんだろう。姫が嫁ぐときに持参したもののどれかだろうか」
「それなんですけど」

 アリエルはローテーブルの上に、ル・フォール伯爵邸の見取り図を広げる。

「魚の石をはめた地下通路がこのあたりですよね。そして魚の頭は上を向いていた。もしあれが矢印のようなものだとしたら、ちょうど真上あたりにコレクションルームがあるみたいなんです」
「なるほど、そこには我が家が所有している美術品や宝石類があるな。……ああ。そうか」

 ジェラルドは苦笑する。

「子供の頃、コレクションルームも遊び場だったんだ。それで、絵皿を一枚割ってしまったことがあって、あの時は兄ともども罰として夕食を抜かれて部屋に閉じ込められた」

 懐かしいな、とジェラルドが目を細める。

「コレクションルームなら、当時の姫が持ち込んだ品もありそうだな。ここに屋敷を新築する前に使っていた屋敷は、確か王都の道の整備の関係で取り壊すことになったと聞いているが、大切なものならその際に売り払わずにこちらに移しているはずだ」

 さっそく見に行ってみようとジェラルドが立ち上がる。
 執事がコレクションルームの鍵を取りに行った。

(資産家のコレクションルームって、すごそうね)

 緊張しつつも、アリエルもジェラルドのあとを追う。
 ジェラルドがやや早足になっているのが微笑ましかった。きっと気持ちがはやっているのだろう。鍵が到着しなければ部屋に入れないと言うのに、ちょっと可愛い。
 案の定鍵が到着する前にコレクションルームの前について、ジェラルドがそわそわと執事が戻って来るのを待つ。
 ややして、優雅な早足という器用なことをしながら、執事が鍵を手に戻って来た。
 金色の鍵でコレクションルームの扉が開く。

「わ……!」

 アリエルの口から、思わず感嘆のため息が漏れた。
 広い室内には、絵画や壺、絵皿、宝石類に、年代物のドレスや靴など、さすが歴史ある伯爵家だなと納得するほどに、様々なものが置かれていた。

 ロカンクール伯爵家も歴史のある伯爵家だが、祖父と父が借金を作った際に、売り払えるものは売り払ってしまったため、今ではあまりこの手の骨董価値のある芸術品は残っていない。

(って、ジェラルドってばよくこんな場所で遊べたわね……)

 アリエルなら、怖くて入ることも躊躇うだろう。子供の頃とは言え、この中で遊べたジェラルドの度胸がすごい。

「この部屋には久々に入ったな。ああ、アリエル、あれの金継している皿が子供のころに俺と兄が割った皿だ。綺麗に修復されているな」

(あ、あんな高そうなお皿を……)

 ジェラルドは懐かしそうに目を細めているが、アリエルならトラウマになっているだろう。
 並べられている壺や皿、ショーケースの中の宝石、壁にかけられている絵……。
 それらをゆっくりと眺めながら部屋の奥へ向かって歩いていたジェラルドは、ふと足を止めた。

「あの肖像画……。以前入ったときは、あんなところに飾られていなかったはずだ」

 ジェラルドの視線の先には、古びた肖像画があった。
 描かれているのは女性で、年のころは四十を過ぎたくらいだろうか。

「そうなんですか?」
「ああ。古い肖像画も収められているが、ほら、あのあたりにまとめて置かれていて飾られてはいなかったんだが……」
「じゃあ、あの肖像画が、もしかしたら海賊に攫われた姫……ご先祖様かもしれませんね」
「そうなのだろうか」

 アリエルはジェラルドとともに肖像画に近づいていく。
 ジェラルドが慎重に肖像画を壁から外し、裏を確認した。
 するとそこには、二百年前の日付と、「Juliette Le Fort」という名前が書かれていた。

「将校様に嫁がれた姫君は、ジュリエット様とおっしゃるんですか?」
「ああ、そうだ」

 ジェラルドが絵を元に戻して、改めて肖像画を見やる。
 アリエルも彼に習った。

 金色の髪を高く結い上げた、優しげな女性だった。結婚して二十年くらい経った頃の肖像画だろうか。表情から幸せであることが伝わって来る素敵な絵だった。
 ドレスはデコルテ部分が出るタイプで、袖の部分がふんわりと大きく広がっている昔のもの。

 ふと似たものを先ほど見たと思ってコレクションルームを見渡せば、奥に、トルソーにかけられて置かれていた古いドレスがこれと同じものだった。

(でも、宝がドレスってことはないでしょうね)

 ではほかに何かないだろうかと肖像画をよくよく観察してみると、彼女の手には金色の鍵のようなものが握られているのが見えた。

「ジェラルド、この絵の鍵が何かわかりますか?」
「鍵? さあ、なんだろうか。いや、ちょっと待て。似た形のものをどこかで……」

 ジェラルドが肖像画から離れ、コレクションルームのショーケースの中を確認しながら歩き回る。そして、アリエルを手招きした。

「これだと思う。形も、持ち手の部分に嵌められているルビーも同じだ。だが、これは普通の鍵ではないな」
「そうなんですか?」
「ああ。時計のゼンマイを巻くものだ。なんだってこんな鍵を持って肖像画を描いたのだろうか」
「次の暗号は『姫の宝を元の位置に戻したとき、止まった時間が動き出す』です。時間というくらいですから、時計が関係しているのかもしれません」
「確かにな。だが、この鍵が対応している時計は……見たところ、この中にはなさそうだな。それに、二百年前の肖像画に描かれているくらいだ、古い時計なのだと思うが、そんな古いもの、記憶にないぞ」
「うーん……、もう少し、当時の記録を探してみましょうか」
「そうしよう。これだけでは、『海賊が攫った姫の宝』がこの鍵なのかどうかもわからない」

 ジェラルドの言う通りだ。宝が鍵と言うのもおかしなものである。

 ひとまず「海賊が攫った姫の宝」がこの鍵かもしれないと仮定して、アリエルたちは再び二百年前の情報を調べようとジェラルドの書斎に戻ることにした。


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