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動きはじめた時間 2
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今は使われていない尖塔の扉を開けると、中は薄暗かった。
あとを追いかけてきた執事とメアリが、燭台を持って来てくれる。
尖塔はあくまで見張りのために建てられたようで、一階部分に人が寝泊まりできるような小さな部屋があるだけで他になく、壁沿いに作られている階段が螺旋を描きながら上へ上へと延びていた。
(結構高いわね)
これは、下を見ないようにして上らなくてはならない。そうでなければ、頭がくらくらしてきそうだ。
「アリエル、危ないから手を」
「は、はい」
自然と手を繋がれて、アリエルの心臓がまたざわめきだす。
片方をジェラルドと繋ぎ、もう片方で階段の手すりを持ちながら、アリエルはゆっくりと階段を上っていく。
体力にはそこそこ自信がある方だが、さすがに階段を上り続ければ息が上がって来る。
間で二回ほど休憩を挟み、ようやく尖塔のてっぺんの部屋に到着すると、その壁には古そうなゼンマイ時計が掛けられていた。
「……きっとこれだ」
ジェラルドがこくりと喉を鳴らす。
時計の針は止まっていた。長らく人が足を踏み入れていない塔の中なのだから当然だろう。
だが、止まっている時計の針が、十二時一分前なのが気になった。
ジェラルドが慎重に時計のゼンマイを回す。
歯車が回るカチコチという微かな音が鳴りはじめた。時計はまだ、壊れてはいなかったようだ。きっと誰かが定期的にメンテナンスしているのだろう。
「『姫の宝を元の位置に戻したとき、止まった時間が動き出す』ですよね、最後の暗号は」
「ああ。止まっていた時計は動きだした。これが最後なんだ。どこかに、金庫の鍵があるはずなんだが……」
「ジェラルドがお兄様とここで遊んだ時間はいつですか?」
「夜だ。兄上と肝試しをしようと、夜中にベッドを抜け出して塔に……。そう、夜中だ」
「では、この時計の十二時一分前の時間は、その頃の時間を表しているんでしょうね。でも、何で一分前なんでしょうか」
この時間にもきっと何か意味があるのだろう。
アリエルたちが見つめる先で、時計の針がかちりと動き十二時をさした。
「ああ、そっか」
止まっていた時間が「動き出す」。つまり、動いた針の先が重要なのだ。
「ジェラルド、時計の上を探ってくれませんか? ちょっと見にくいと思いますが」
「上?」
時計の上の部分は、ジェラルドがつま先立ちになっても覗き込むことはできない高さにある。
彼は腕を伸ばして、時計の上の部分を探り、すぐに「何かあるぞ!」と叫んだ。
「鍵だ。……金庫の、鍵だと思う」
「やっぱり、そうですか」
「どうしてわかった?」
鍵を手に半ば茫然とした顔でジェラルドが言う。
アリエルは時計の針を刺した。
「時計の針が動き出す、ということは、針が動いたあとの時間が関係あるのかなと。十二時は短針と長針が共に上を向いています。つまりその上にあるのかなって。これまでの暗号も解いてしまえば単純なものだったので、今回も難しく考える必要はない気がして」
シルヴァンは、ジェラルドが解けるように暗号を作っていた。
暗号にはひっかけてやろうといういやらしさはまったくなく、閃きさえすればすぐにでも解けるようになっている。
シルヴァンは暗号を解かせることで、ジェラルドに昔を思い出してほしかったのだろうと願っていたのだろうと思った。
そのための暗号で、彼に意地悪をするためでは決してない。
だからきっと――
「これはわたしの想像でしかありませんが、金庫の中に、お兄様からのメッセージが残っている気がします」
ジェラルドが弾かれたように顔を上げる。
「アリエル、すまないが……」
「はい、わたしはメアリたちとゆっくり降りるので、お先に」
「ああ!」
ジェラルドが鍵を握り締めて走り出す。、
階段を駆け下りていく彼の足音を聞きながら、アリエルはカチコチと音を立てる時計を見た。
(止まっていた時間が動き出す……)
最後のこの言葉も、シルヴァンのメッセージなのだろう。
シルヴァンとジェラルド。
幼いころに関係がこじれてしまった兄弟の時間は、この時計のように、再びゆっくりと動き出したのだ。
もう、シルヴァンはこの世にいないけれど、彼が残したメッセージのおかげで、ジェラルドは長年のわだかまりを昇華することができる。
もう長くないことを悟ったシルヴァンは、最後に、弟の心を解放することを選んだのだ。
アリエルはそっと目を閉じる。
子供の頃のシルヴァンとジェラルドが時計の前で仲良く笑いあっている、そんな姿が瞼の裏に見えた気がした。
あとを追いかけてきた執事とメアリが、燭台を持って来てくれる。
尖塔はあくまで見張りのために建てられたようで、一階部分に人が寝泊まりできるような小さな部屋があるだけで他になく、壁沿いに作られている階段が螺旋を描きながら上へ上へと延びていた。
(結構高いわね)
これは、下を見ないようにして上らなくてはならない。そうでなければ、頭がくらくらしてきそうだ。
「アリエル、危ないから手を」
「は、はい」
自然と手を繋がれて、アリエルの心臓がまたざわめきだす。
片方をジェラルドと繋ぎ、もう片方で階段の手すりを持ちながら、アリエルはゆっくりと階段を上っていく。
体力にはそこそこ自信がある方だが、さすがに階段を上り続ければ息が上がって来る。
間で二回ほど休憩を挟み、ようやく尖塔のてっぺんの部屋に到着すると、その壁には古そうなゼンマイ時計が掛けられていた。
「……きっとこれだ」
ジェラルドがこくりと喉を鳴らす。
時計の針は止まっていた。長らく人が足を踏み入れていない塔の中なのだから当然だろう。
だが、止まっている時計の針が、十二時一分前なのが気になった。
ジェラルドが慎重に時計のゼンマイを回す。
歯車が回るカチコチという微かな音が鳴りはじめた。時計はまだ、壊れてはいなかったようだ。きっと誰かが定期的にメンテナンスしているのだろう。
「『姫の宝を元の位置に戻したとき、止まった時間が動き出す』ですよね、最後の暗号は」
「ああ。止まっていた時計は動きだした。これが最後なんだ。どこかに、金庫の鍵があるはずなんだが……」
「ジェラルドがお兄様とここで遊んだ時間はいつですか?」
「夜だ。兄上と肝試しをしようと、夜中にベッドを抜け出して塔に……。そう、夜中だ」
「では、この時計の十二時一分前の時間は、その頃の時間を表しているんでしょうね。でも、何で一分前なんでしょうか」
この時間にもきっと何か意味があるのだろう。
アリエルたちが見つめる先で、時計の針がかちりと動き十二時をさした。
「ああ、そっか」
止まっていた時間が「動き出す」。つまり、動いた針の先が重要なのだ。
「ジェラルド、時計の上を探ってくれませんか? ちょっと見にくいと思いますが」
「上?」
時計の上の部分は、ジェラルドがつま先立ちになっても覗き込むことはできない高さにある。
彼は腕を伸ばして、時計の上の部分を探り、すぐに「何かあるぞ!」と叫んだ。
「鍵だ。……金庫の、鍵だと思う」
「やっぱり、そうですか」
「どうしてわかった?」
鍵を手に半ば茫然とした顔でジェラルドが言う。
アリエルは時計の針を刺した。
「時計の針が動き出す、ということは、針が動いたあとの時間が関係あるのかなと。十二時は短針と長針が共に上を向いています。つまりその上にあるのかなって。これまでの暗号も解いてしまえば単純なものだったので、今回も難しく考える必要はない気がして」
シルヴァンは、ジェラルドが解けるように暗号を作っていた。
暗号にはひっかけてやろうといういやらしさはまったくなく、閃きさえすればすぐにでも解けるようになっている。
シルヴァンは暗号を解かせることで、ジェラルドに昔を思い出してほしかったのだろうと願っていたのだろうと思った。
そのための暗号で、彼に意地悪をするためでは決してない。
だからきっと――
「これはわたしの想像でしかありませんが、金庫の中に、お兄様からのメッセージが残っている気がします」
ジェラルドが弾かれたように顔を上げる。
「アリエル、すまないが……」
「はい、わたしはメアリたちとゆっくり降りるので、お先に」
「ああ!」
ジェラルドが鍵を握り締めて走り出す。、
階段を駆け下りていく彼の足音を聞きながら、アリエルはカチコチと音を立てる時計を見た。
(止まっていた時間が動き出す……)
最後のこの言葉も、シルヴァンのメッセージなのだろう。
シルヴァンとジェラルド。
幼いころに関係がこじれてしまった兄弟の時間は、この時計のように、再びゆっくりと動き出したのだ。
もう、シルヴァンはこの世にいないけれど、彼が残したメッセージのおかげで、ジェラルドは長年のわだかまりを昇華することができる。
もう長くないことを悟ったシルヴァンは、最後に、弟の心を解放することを選んだのだ。
アリエルはそっと目を閉じる。
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