俺様公爵様は平民上がりの男爵令嬢にご執心

狭山ひびき

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二回目の失敗、そして…… 3

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「さて……セレア、いるんだろう?」

 しばらくして、ジルベールのセレアを呼ぶ声が聞こえてきた。
 木箱の中でじっとしていたセレアは、わずかに逡巡して、けれどもジルベールはすでにセレアがここにいることを把握しているのだとあきらめて、木箱の蓋を開けて顔を出す。

 さっき声が聞こえた男たちが暴れたのだろう、倉庫の中は製粉前の小麦の袋が破れて中身が飛び散っていた。

 バジルは……と思って探すと、倉庫の壁に背中を預けて座っていて、そのそばには、レマディエ公爵家の執事のモルガンがしゃがみこんでいる。バジルの頬は赤く腫れあがっていた。

「バジル、怪我をしたの?」

 目の前で腕を組んで立っているジルベールよりも、バジルの方が気になって、セレアが木箱から出ながら訊ねれば、バジルではなくジルベールが答えた。

「殴られた時に右の足首をひねったらしい。後は少し口の中を切ったみたいだな。うちが懇意にしている医者の一人が貴族街の入り口のあたりに住んでいるから、モルガンの応急処置が終われば運ばせるつもりだ」

 見れば、モルガンはバジルの足首の腫れを確かめていたようだった。

「大丈夫……?」
「ああ、大丈夫だ」

 バジルはセレアを安心させるようにニカッと笑った。そのときに口の中の傷を刺激したのか、「いてて」とうめき声をあげる。
 セレアはホッと息を吐き出して、ジルベールに視線を向けた。

(う……怒ってる……)

 じっとこちらを見つめる菫色の瞳が、いつになく冷ややかだった。
 セレアはじりりと背後に下がろうとしたが、踵が木箱に当たって背後に逃げ場はないと悟る。

「まったく君は、年頃の女性がこんなところに寝泊まりするなんて何を考えているんだ!」

 てっきり逃げたことを責められると思ったセレアは、ジルベールの言葉に首をひねった。
 その言い方では、セレアが逃げたことではなく倉庫で寝起きしていたことが問題のように聞こえる。

(そういえば、なんでジル様がここにいるわけ?)

 それに、箱の中で聞こえたが「その少年は知人だ」と言わなかっただろうか。どう考えてもそれはバジルを指していたように思うのだが、ジルベールとバジルは一体どこで知り合ったのだろう。
 わからないことだらけで首をひねっていると、ジルベールが大股で近づいてきて、むんずと手首をつかんだ。

「行くぞ。さっきの男たちはデュフール男爵家の使用人たちだったらしい。あいつらは『レマディエ公爵家の人間』を傷つけたことにして騎士団に連行させたが、のんびりしていたら新手が来るかもしれないからな」
「は? ちょ、ちょっと待ってよ!」
「待てん。モルガン、あとは頼む。ここの損害の補償とその少年の治療費はすべて家で出すように。それからそれなりの見舞金も渡しておけ」

 バジルの治療費や損害、見舞金はとてもありがたいが、さすがにこのまま連行されるのは納得いかない。

「ちょ、バジル……!」
「じゃあな、セレア。公爵様から聞いたが痴話げんかだったんだって? ったく、喧嘩したくらいで逃げたいなんて、大袈裟なんだよお前は」
「ちがっ」
「行くぞセレア」
「だから――」
「……いつまでもここにいたら、またあの少年に迷惑がかかるかもしれないぞ」

 セレアは抵抗しようとしたが、ジルベールに耳打ちされて、彼の手を振り払おうとするのを止めた。

(……そう言い方されたら…………)

 逃げたいのに、逃げられない。

 ジルベールの言う通り、今回はバジルは捻挫とそれから頬を殴られただけですんだけれど、ジルベールが来ていなかったらどうなっていたかわからなかった。

「安心しろ。再びあいつらが来ないように、しばらくの間公爵家であの少年の周りは見張らせておく」
「…………うん」

 セレアは唇を噛んで、小さく頷いた。
 せっかくあと少しで自由が手に入ったかもしれないのに、ジルベールに連れられて帰るのは嫌だった。でも――仕方がない。
 セレアが抵抗をやめたとわかると、ジルベールはホッと息を吐いてから、モルガンを振り返った。

「忘れるところだった。その奥の木箱二つは、あとでいいから邸へ運んでくれ」

 驚いてセレアが目を見開くと、ジルベールは小さく笑った。

「あの少年に聞いた。あれは、大切なものなんだろう?」

 セレアは、何も言えなかった。



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