俺様公爵様は平民上がりの男爵令嬢にご執心

狭山ひびき

文字の大きさ
26 / 44

だから夫婦じゃありませんから! 2

しおりを挟む
(って、前言撤回)

 セレアは、日が暮れる前にたどり着いた町の宿の部屋で、腕を組んでむむむっと考え込んでいた。
 目の前では、椅子に座ったジルベールが優雅にお茶を飲んでいる。

 ここは公道沿いにあって、大勢の旅人が立ち寄るため、宿の多い大きな町だ。
 その中で一番高そうな宿の、さらに一番高い部屋をジルベールが取ったので、この部屋は大きなベッドルームに、続きのバスルーム、それから主人の身の回りの世話をする使用人部屋まで完備している。
 続きの使用人部屋は、ニナと、ついてきたもう一人のメイドが使うことになっているが、まあそれはいい。
 問題は、この豪華な部屋を使うのが、ジルベールだけではなくてセレアもだということだ。

「なんでわたしがあんたと同じ部屋なの?」

 ニナたちが続き部屋に下がると、セレアは待っていましたとばかりにジルベールに文句を言った。
 しかしジルベールは、からっぽになったティーカップに自らポットからお茶を注ぎ足しつつ、当たり前のような顔をして答える。

「なんでって、俺と君は夫婦なんだから当然じゃないか。夫婦が別々に部屋を取ったら逆に怪しまれる」
「だから夫婦じゃないってば!」
「残念ながら宿の人間はそう思っていない」
「それはあんたのせいでしょ!」

 宿に入ったときに、宿の女将がにこにこと「新婚ですか?」と訊いてきた。セレアは即座に否定しようとしたのだが、その前にジルベールが肯定してしまったからややこしいことになったのだ。
 ジルベールはティーカップに砂糖を一つ落としながら、聞き分けのない子供に諭すような口調で続ける。

「セレア。男女が二人で旅行している場合、たいてい想像されるのは三つだ。一、夫婦。二、恋人もしくは婚約者。三、兄弟。三の兄弟に関しては君と俺の顔立ちが似ていないから信用されない。残るは二つだが、二の場合、結婚前の男女が同じ部屋を使うと言うと、昔の考え方を持った人の中には眉を顰めるものもいるだろう。だから夫婦と言うことにした。わかったか?」
「わかるか!」

 その言い方だと、あくまで「同じ部屋を使う」という前提のもとに動いていることになる。セレアは別々の部屋がよかったのだ。

「それに、二人きりじゃないわよ! ニナたちもいるじゃない!」
「使用人や護衛は数にカウントされない。そんなことより、いつまでも立ち尽くしていないで座ったらどうだ? 紅茶がぬるくなるし、あと、この焼き菓子はなかなか美味しいよ」

 セレアはジルベールの前に置かれたクッキーやマドレーヌを見やった。これらは宿について早々、小腹がすいたと言ってジルベールが頼んだものだ。……香ばしいバターの香りがして、確かに美味しそうである。
 セレアは葛藤したが、食欲に負けてジルベールの前の椅子に座った。
 ジルベールはクッキーを一つ口に入れた。

「というか、いまさら何を恥じらっているんだろう。邸でも同じ部屋で寝ていたじゃないか」
「人聞きの悪い言い方しないで! あれはあんたがわたしのベッドに勝手にもぐりこんだんじゃない! それから恥ずかしいんじゃなくて、嫌なの!」
「そんな言い方、傷つくじゃないか」
「傷ついた顔をしてから言いなさいよ!」

 セレアが怒れば怒るほど、ジルベールは楽しそうな顔になっている。
 とうとうクツクツと喉の奥で笑いはじめたジルベールを、セレアはじっとり睨みつけた。

「セレア、俺はね、欲しいものは手に入れる主義だ。そして俺は君を手に入れると決めた。何と言おうと逃がすつもりはないし――逃げられないよ」

 すっと菫色の瞳を細めて、最後に低い声で囁くように言ったジルベールに、セレアは思わずぞくりとした。

「それにね、俺はこれでも譲歩している方なんだ。なんなら実力行使に出たっていいんだよ? 君はなかなか勇ましいが、俺が本気になればいつだって君を手籠めにできる。でも、そんなのは嫌だろう?」
「当たり前でしょう!」
「だから、君が俺と結婚する気になるまで待っているんだ。優しいだろう?」

 結局のところ逃がすつもりがないのなら、それは優しいとは言わない気がするが、セレアは余計なことを言うのはやめておこうと思った。ジルベールの言う通り、女であるセレアは、どうしたって男であるジルベールに力ではかなわない。ある程度抵抗はできても、アルマンの時のように気絶させられたら一巻の終わりだ。これ以上この話題でジルベールを刺激しない方がいい。

「ほら、甘いものでも食べて機嫌を直して」

 セレアの機嫌が悪くなったのはジルベールのせいなのに、まるで他人事のように彼は言う。
 ジルベールにクッキーを差し出されて、セレアは渋々それを一つ手に取った。
 サクッと軽い食感のクッキーは、砕いたアーモンドが入っているようで、噛めば噛むほど味わいが出る。

(美味しいけど……なんかムカつく)

 ジルベールは、甘いものでセレアの機嫌が直ると思っているのだろうか。

(ふん、こんなもので釣られるものですか)

 そう思いつつも、セレアの手は、二枚、三枚とクッキーに伸びた。

「マドレーヌもどう?」
「……いただくわ」

 クッキーを五枚食べたところで、次はマドレーヌを口に入れる。こちらもバターがたっぷりと使ってあってとても美味しい。

「食事はルームサービスにするが、メニューから好きなものを選ぶといい」

 いつの間に入手したのか、ジルベールがディナーのメニュー表を差し出してきた。
 ディナーはメインとデザートが選べるようだ。

(って、なんの料理なんだかさっぱりだわ)

 メニューに書かれている料理名は、まるで呪文か異国の言葉のどちらかのようだ。
 メニューを睨んだまま何も言わないセレアに、ジルベールが訝しがる。

「どれも気に入らなかった?」
「……あんたはどれにするの?」
「俺は一番上のにするが……ははあ、なるほど、何の料理かがわからないのか!」

 図星をつかれて、セレアは真っ赤になった。
 メニュー表を叩きつけるようにしてジルベールに返すと、彼は肩を揺らして笑い出した。

「仕方ないでしょ! 外食なんてしたことないのよ‼」
「ああ、わかった、わかったからそう怒るなよ。ちゃんと説明してやるから」

 ジルベールがメニュー表を持って隣に移動してくる。

「一番上が鴨料理だ。これは季節の野菜とともにローストした鴨にフルーツソースがかけられている。二番目が子牛のステーキ。焼き方は選べるようになっていて、付け合わせにマッシュポテトがつく。三番目は鯛を焼いたものとキノコをソテーしたものにレモンソースがかかっている。デザートは、ショコラムースと、チョコレートのケーキ、それから季節のフルーツタルト、カスタードパイだ。さて、どれにする?」
「三つ目と、チョコレートのケーキ」
「わかった。俺は鴨とフルーツタルトにしよう。もちろんデザートは君に進呈するよ」

 揶揄うように片目をつむって言われて、セレアは悔しくなる。きっと、チョコレートケーキとフルーツタルトで迷っていたことに気づかれたのだ。けれどそこでいらないと突っぱねられないのがセレアである。だって両方食べたい。

「ドリンクはどうする? 酒でないものも選べるが……」
「お酒で結構よ!」

 もうこうなればたらふく食べて飲んで憂さ晴らしするしかない。
 セレアは二つ目のマドレーヌを口の中に押し込んで、憤然と答えたのだった。






しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

王宮メイドは今日も夫を「観察」する

kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」 王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。 ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。 だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……? ※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

面倒くさがりやの異世界人〜微妙な美醜逆転世界で〜

蝋梅
恋愛
 仕事帰り電車で寝ていた雅は、目が覚めたら満天の夜空が広がる場所にいた。目の前には、やたら美形な青年が騒いでいる。どうしたもんか。面倒くさいが口癖の主人公の異世界生活。 短編ではありませんが短めです。 別視点あり

冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件

水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。 以後、 寝室は強制統合 常時抱っこ移動 一秒ごとに更新される溺愛 妻を傷つける者には容赦なし宣言 甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。 さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――? 自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。 溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ

婚約辞退いたします。だってこの国、沈みますもの

鍛高譚
恋愛
「婚約はお断りいたします――この国は近い将来、崩壊しますので」 そう言い放ったのは、社交界でも目立たない子爵令嬢、マリン・アクアリウム。 ある日、とある舞踏会に突如現れた王太子ガイア殿下。 誰もが驚く中、なんと彼はマリンに婚約を申し出る。 周囲は騒然。「子爵令嬢が王太子妃!?」「断る理由などないはず!」 ――だが、彼女は断った。「この国は、もうすぐ滅びます」――と。 そんな不吉な言葉を口にしたことで、彼女は“狂言癖のある嘘つき令嬢”と噂され、 家族にさえ見放され、ついには国外追放の身に。 だが、彼女の予言は本物だった―― 数年後、王国に未曾有の大災厄が迫る。 国土が崩れ、海に沈む都市。人々が絶望する中、思い出されるのは、 あの舞踏会でただひとり“滅び”を告げた少女の名。 「彼女なら、この国を救えるかもしれない……」 皮肉にも“追放令嬢”マリンは、再び王都に呼び戻され、 滅びゆく国で最後の希望として担ぎ上げられる。 信じてもらえなかった過去。 それでも人々の命を守ろうと奔走するマリン。 そして、王子ガイアが差し伸べた、あの日と変わらぬ手。 ――たとえ国が滅んでも、あなたとともに歩んでいきたい。

処理中です...