王子にゴミのように捨てられて失意のあまり命を絶とうとしたら、月の神様に助けられて溺愛されました

狭山ひびき

文字の大きさ
31 / 129
花嫁修行は大変です

5

しおりを挟む
「それで、明日からお前も花嫁修業をすることになったのか」

 あきれたようなサーシャロッドの声はエレノアの頭上から響いていた。

 エレノアは頷こうとしたが、まだ目が回っていてうまく頷けない。

 こうなったのもすべて、サーシャロッドのせいだった。

 ばあやの家で着替えた異国風の服をまとってエレノアが戻ると、それを見つけたサーシャロッドは、エレノアを寝室に押し込めて、リーファが綺麗に結んでくれた帯に手をかけた。そして、どういうわけか帯の端をグイと引っ張って、帯が引っ張られるままにその場でぐるぐると回る羽目になったエレノアは、目を回してしまったというわけだ。

 目を回して、すっかり服がはだけてしまったエレノアは、ベッドでうつぶせに寝そべっている。

 さすがに悪かったと思っているのか、サーシャロッドが頭を撫でてくれていた。

「悪かった。かわいらしかったから脱がしたくなったんだが、やりすぎたな」

 どうして「かわいらしかった」ら「脱がしたく」なるのかがわからないが、下手に突っ込むと全裸に剥かれそうな予感を覚えたので、黙っておく。

「やれやれ、そんなもの断ればいいだろうに」

 さらさらとエレノアの赤みがかった金髪が撫でられる。

 リーファのおかげで、痛んでごわごわしていた髪の毛は見違えるほどきれいになった。毎日丁寧にくしけずってくれるから、さらさらと音さえ聞こえてきそうなほど滑らかだ。

 エレノアはうつぶせのままゆっくりと頭を横に傾けてサーシャロッドを仰ぎ見た。まだ起き上がるのはしんどいが、ぐるぐると焦点の定まらなかった瞳は落ち着いてきた。

「でも、ばあやさんが明日から来なさいって」

「あれは若い娘に嫁ぐということは何たるかを説くことを生きがいにしているからな。私の嫁とわかれば格好の餌食だ。だからリーファにも黙っておけと言っていたんだがな」

 カモミールの姫があっさりとばらした。

 エレノアも妖精から花嫁修業を受けることになるとは思わなかったが、人間界で少しとはいえ城で花嫁修業を行っていたのだ。その延長だと思えばいい。

「お勉強とか、音楽とかでしょうか?」

 妖精の基準と、人間界の基準は違うかもしれないが、学ぶことは嫌いじゃない。

 公爵邸では、学ぶ機会が与えられなかったからだ。

 十七歳から十八歳の誕生日の日まで一年間城へ花嫁修業に向かったが、最初は何も知らないエレノアに城の教師たちはあきれ返ったほどだ。でも、呆れながらも丁寧に教えてくれた。教師たちはときに厳しかったが、公爵邸にいるときよりもずっと心が休まったし、何より一人の人として扱ってもらえたことが嬉しくて、新しいことを知るのはすごく楽しかった。

 妖精の基準が人と違うのならば、たくさん新しいことを知れるはずだ。

 だが、サーシャロッドはエレノアの頭を撫でるのをやめて、微苦笑を浮かべた。

「あれが教えるのは勉学などではないぞ」

「そうなんですか?」

 エレノアははだけた服の胸元をおさえながら上体を起こすと、ベッドの上に正座する。

 薄ピンクの愛らしい帯は、床の上に投げられていた。あとで拾って、服と一緒に皺にならないように畳んでおこう。

 ベッドの淵に腰かけていたサーシャロッドがベッドに乗り上げて、エレノアの肩を引き寄せた。

「あれが教えるのは作法だ。お前がやりたいのならば止はしないが、つらくなったら言えよ」

「はい」

 エレノアが素直に頷くと、サーシャロッドがそっと唇を重ねてくる。

 キスをするときは目を閉じるものだと教えられたので、エレノアがぎゅうっと目を閉じれば、重ねた唇越しに小さな笑い声が聞こえた。

「もう少し肩の力を抜いてほしいのだがな」

 そんなことを言われても、緊張してそれどころではない。

 サーシャロッドはエレノアを膝の上に抱え上げると、角度を変えては何度も唇を啄む。

「花嫁修業もいいが、私はこちらの練習の方がしたいんだがな」

 そう言いながら、サーシャロッドがいつもより長いキスをするので、ようやく唇を離してもらえたころには、エレノアは酸欠状態になってしまったいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました!  王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...