王子にゴミのように捨てられて失意のあまり命を絶とうとしたら、月の神様に助けられて溺愛されました

狭山ひびき

文字の大きさ
102 / 129
籠の鳥

1

しおりを挟む
 サーシャロッドは苛々と爪先でテーブルを叩いていた。

 サーシャロッドが泉の妖精の城の聖堂へ駆けつけたとき、カモミールの姫がわんわん泣いていた。

 その場にいた泉の王子をはじめ、尾が黒く変色した妖精を捕えて、祭壇の奥に見つけた空間の亀裂を消して黒い水晶を浄化したあとで、カモミールの姫を助け起こすと、しゃくりあげながらエレノアが消えたという。

 どういうことかとカモミールの姫を問いただせば、彼女を助けようとして、エレノアが空間の亀裂に飲み込まれてしまったらしい。

 空間の亀裂は、どこにつながっているのかわからない。同じ亀裂を通っても、毎回同じ場所にたどり着くわけではない。だが、おそらく人間かいとつながっているはずだと判断したサーシャロッドが、泉の妖精の女王にあとを任せて人間界に降りようとしたところで――、邪魔が入った。

 フレイディーベルグだ。

 神は安易に人の世に降りてはいけない。降りることができるのは、特別な結界が張られている祝福の聖堂のみ。理由は、強すぎる神の力は人間界に良くも悪くも強い影響を及ぼしてしまうからだ。

 遥か昔からの決まり事で――、フレイディーベルグが止めに入ったのも、わかるけれど。

(いつもごろごろしているだけのくせして、こういうときだけ敏感になる――)

 神が二人いるのは、それぞれを監視するためだ。

 もちろん、ほかにも理由があるが、主に、どちらかの神が暴走した時の抑止力として存在する。

 サーシャロッドは別に暴走しているわけではないが――、理を無視して強引に人間界に降りようとするのが問題なのはわかっている。

 わかってはいるが――、妻がいなくなって何もせずにいられる夫がいるはずないだろう!?

 だが、フレイディーベルグが出てきたのならば、どうすることもできない。強引に向かおうとすれば、太陽の神は力ずくでも押さえつけようとするだろう。自分の世界で神二人の力がぶつかるなど――想像するだけでゾッとする。おそらく、この月の宮の大半が破壊されるはずだ。

 サーシャロッドは苛々しなが地上のポールを連れに行き、青水晶を粉末にして飲ませるという方法で変質した妖精たちを元に戻した。

 正気に返った泉の王子は、真っ青な顔でカモミールの姫に謝っていたが、理由が理由なので仕方がないと、カモミールの姫は最終的に彼を許した。

 魚の姿から人に近い姿に、泉の王子が姿を変えたところを見ると、いつ代替わりを行ってもおかしくないだろう。

 泉の妖精の姿は半魚人や魚人など様々だが、昔から、泉の妖精の長となるべく妖精は、魚人の姿で生まれてから人に近い姿へ変質する。

 女王は腰から下が魚の尾の姿をしているが、妖精の王子が腰から下も人と同じように二本の足が生えているのは、彼の父親が野原の妖精だからだろう。

 泉の王子は今回のことの責任を取って、しばらく自主謹慎するとのことだが、謹慎を解いたころに代替わりを行うのではなかろうか。

 そして、サーシャロッドは月の宮殿に戻って来たのだが、監視するようにフレイディーベルグがついてきて、イライラしているのだ。

「君のことだから、何か小癪な手を使いそうだからねー」

「小癪とはなんだ、小癪とは!」

「とにかく、エレノアを追いかけるのは禁止だよ」

 サーシャロッドの額に青筋が浮く。

 一秒でも早くエレノアを探しに行きたいのに、目の前のフレイディーベルグが邪魔で仕方がない。

「大丈夫、そろそろ――」

 フレイディーベルグは、ラーファオの煎れた茶に口をつけた。

 エレノアがいなくなったなどリーファに知らせて、ショックで腹の子に何かがあったら大変なので、リーファと、必然的にそばにいるユアンには知らせていない。

 だが、このまま隠し通し続けることも難しいので、妻と子の安全のため、ラーファオとしても早くエレノアを探しに行きたいところだ。

 サーシャロッドの苛立ちも理解できて、ラーファオも自然とフレイディーベルグに向ける視線がきつくなる。

 サーシャロッドが動けないのならば、自分が人間界に降りて探してもいい――、ラーファオがそう言いかけたときだった。

「お待たせいたしましたわ!」

 波打つ金髪に、ルビーのような赤い瞳。豊満な胸を強調するようにざっくりと胸元のあいたドレスを着た妖艶な美女が微笑みながら入ってきた。彼女はなぜかその首には飼い猫や飼い犬につけるような真っ赤な首輪がつけて、そこから垂れる短い鎖と、胸の谷間に挟むように下ろしている。フレイディーベルグの妻――龍族の、リリアローズだ。

 サーシャロッドは怪訝そうな顔をしたが、リリアローズは笑顔を崩さない。

「エレノアちゃんの居場所がわかりましたわ!」

「なに!?」

 サーシャロッドがガタンと椅子を鳴らして立ち上がる。

 フレイディーベルグは隣に座った妻の頭を撫でた。

「よしよし、いい子だねリリー」

 まるでペットのような扱いに、サーシャロッドは顔を微かにしかめたが、フレイディーベルグの異様な趣味と言うか性癖と言うか変態性はよくわかっているので何も言わない。

 リリアローズは夫に褒められてポッと頬を染め、口を開いた。

「人間界にいる眷属たちに調べていただきましたの」

 龍族は妖精と違って人間界に降りることはないが、人間界で眷属が暮らしている。まあ――姿から想像はできるだろうが、トカゲとか蛇とかの爬虫類だ。彼らはときとして太陽の宮で暮らす龍族のかわりにそのあたりを歩き回り、必要な情報を届けてくれるらしい。

 サーシャロッドはリリアローズに詰め寄った。

「それで、エレノアはどこだ!」

 リリアローズはにっこりと微笑んで、こう言った。

「ご安心くださいませ! エレノアちゃんは、元婚約者様のところにいらっしゃいますわ」

 ――ご安心できる要素は、どこにもなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪女役らしく離婚を迫ろうとしたのに、夫の反応がおかしい

廻り
恋愛
第18回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました。応援してくださりありがとうございました!  王太子妃シャルロット20歳は、前世の記憶が蘇る。  ここは小説の世界で、シャルロットは王太子とヒロインの恋路を邪魔する『悪女役』。 『断罪される運命』から逃れたいが、夫は離婚に応じる気がない。  ならばと、シャルロットは別居を始める。 『夫が離婚に応じたくなる計画』を思いついたシャルロットは、それを実行することに。  夫がヒロインと出会うまで、タイムリミットは一年。  それまでに離婚に応じさせたいシャルロットと、なぜか様子がおかしい夫の話。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...